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第10話:ママはお料理中だから。庭に入ってくる「悪い虫」は、僕たちが駆除します

アリスの家庭菜園が「神話級の野菜」を産出するようになってから、数日。


アリスは新たな課題ミッションに直面していた。


「……野菜スティック、飽きた」


朝食の席で、タツヤ(元古龍・5歳)がボソリと呟いたのだ。


無理もない。いくらステータスが上がる神野菜とはいえ、毎日そのまま齧っていれば飽きも来る。

肉食のドラゴンなら尚更だ。


「そうね……。素材の味もいいけれど、子供たちには『味変』が必要だわ」


アリスの料理人魂に火がついた。

彼女はエプロンの紐をキリリと締め直し、子供たちに宣言した。


「ママ、工房キッチンに籠もります。最高に美味しい『究極のマヨネーズ』を開発するわ!」


材料は揃っている。

昨日、行商人から手に入れた「コカトリスの金の卵(濃厚)」。

世界樹の果実から精製した「聖なるビネガー」。

これらを、『万象錬金』による分子レベルの乳化エマルジョンで完璧に融合させるのだ。


「いい? 調合は繊細な作業なの。絶対に邪魔しちゃダメよ」

「「「はーい!」」」


「あと、お庭を見ていてくれる? 美味しい野菜の匂いに釣られて、**『悪い虫』**が寄ってくるかもしれないから」


アリスはそう言い残し、キッチンの扉を閉めた。

残された子供たち――タツヤ、ミカ、リラ、そしてレンは、顔を見合わせた。


「……なぁレン。『悪い虫』って、なんだ?」

 タツヤが首を傾げる。


「ママの聖域を汚す、不浄な存在のことね」

 ミカが冷ややかに呟く。


「むし! ぱーんする!」

 リラが拳を握る。


唯一の常識人であるレン(7歳)だけが、窓の外に広がる森の異変――数多くの「殺気」が結界の周囲を取り囲んでいること――に気づき、冷や汗を流していた。


(ママの言う『虫』は害虫のことだけど……現実に迫っているのは、武装した盗賊団だ……!)


レンは覚悟を決めた。


ママの料理を邪魔させるわけにはいかない。


そして、お兄ちゃんやお姉ちゃんが暴走して、庭を更地にするのも防がなければならない。


「みんな、聞いて。ママからのクエストだよ」

レンは、震える声を必死に抑えて、司令官の顔をした。


「お庭に入ってくる『害虫』を駆除しよう。ただし、ママに心配かけないように――『静かに』『綺麗に』『跡形もなく』だよ!」


 * * *


アリスの家に忍び寄っていたのは、『黒牙くろきばの盗賊団』。


近隣の街で「万能薬になる野菜」の噂を聞きつけ、その栽培方法と現物を奪いに来た、総勢三十名の荒くれ者たちだ。


「へへッ、ちょろいもんだぜ。結界は張ってあるが、警備はいねぇ」

「女とガキだけの世帯らしいからな。野菜を奪って、ついでに女も売り飛ばして……」


リーダーの男が下卑た笑いを浮かべ、庭に足を踏み入れた、その時だった。


「そこまでだよ」


目の前に、四人の子供たちが立ちはだかった。

先頭に立つのは、魔力を持たない人間の少年、レン。


「ここは私有地です。帰ってください」

「あぁ? なんだこのクソガキは。どけッ!」


リーダーが威圧しようと剣に手をかけた瞬間、レンが小さく溜息をつき、背後の「猛獣たち」に合図を送った。


「交渉決裂。……タツヤお兄ちゃん、ミカお姉ちゃん。『掃除』開始」


ドォォン!


地面を蹴る音と共に、赤い影が疾走した。


「おっそーい!」

タツヤだ。


彼は竜のブレスも、怪力も使わない。

ただ、盗賊たちの動体視力を遥かに超えるスピードで駆け抜けながら、すれ違いざまに一人一人の額に「デコピン」を食らわせていく。


「がッ!?」「ぐえッ!?」「な、何も見えねぇ……!」


バタバタと盗賊たちが倒れていく。

骨は折っていない。


ただ、脳を揺らして気絶させただけだ。


タツヤは無邪気に笑う。


「次は誰?鬼ごっこしようぜ!捕まえたら燃やしていい?」


「ひ、ひぃぃ!なんだこのガキは!?」


残った盗賊たちが魔法を放とうとする。

だが、詠唱よりも早く、鈴のような声が響いた。


「お口が汚いですわ。……『静粛に(サイレント)』」


ミカが翼を広げると、盗賊たちの喉が凍りついたように声が出なくなった。

彼女の背後には、神々しくも禍々しい後光が差している。


「ママのお庭で騒ぐなんて、マナー違反です。……懺悔なさい?」


ミカが放ったのは『精神浄化マインド・ウォッシュ』の波動。

それを浴びた盗賊たちは、次々と武器を取り落とし、地面に膝をついた。


「俺は……なぜ盗みなど……」「田舎の母ちゃん……ごめん……」

強制的な贖罪タイムの発動である。


「く、クソッ! 化け物どもが!」


リーダーの男だけが、精神耐性の魔道具で正気を保っていた。


彼は最後の足掻きとして、一番小さくて弱そうな幼児――リラに狙いを定めた。


「動くな! このガキを人質に……!」


男がリラに手を伸ばした、その時。


――ピタリ。

リラが、ニコリともせず、ただ男を見上げた。

その黒曜石の瞳が、縦に割れ、金色に輝く。


『跪け(ダウン)』


言葉ではない。魂の格付けを強制する、魔王の覇気。


リーダーの男は、恐怖を感じる暇すら与えられなかった。


生物としての本能が、「この存在に触れてはいけない」と警鐘を鳴らし、彼は白目を剥いて直立不動のまま失禁し、後ろに倒れた。


戦闘時間、わずか三分。

庭には、綺麗に整列して気絶した盗賊たちの山が出来上がっていた。


「……ふぅ。みんな、お疲れ様」


レンが冷や汗を拭いながら、事後処理に入る。

彼は気絶しているリーダーの胸倉を掴み(もちろんタツヤに運んでもらって)、森の外へと放り出した。


「二度と来ないでください。次は、堆肥にしますよ?」


 * * *


「できたわー! 究極のマヨネーズ!」


タイミングよく、キッチンからアリスが出てきた。

手には、黄金色に輝くクリームが入ったボウルを持っている。


「あら? みんな、お庭で遊んでいたの?」


アリスが見たのは、綺麗に片付いた庭と、汗をかいて満足そうにしている子供たちの姿。

そして、森の奥へと逃げ去っていく土煙(トラウマを植え付けられた盗賊たちの逃走)。


「うん! ママ、おそうじしたの!」

リラが駆け寄る。


「そう。偉いわねぇ」


アリスは、遠くの土煙を見て、のほほんと呟いた。


「大きな『虫』がいっぱいいたみたいね。逃げていったなら良かったわ」


彼女は気づいていない。


その「虫」たちが、近隣の国々で指名手配されている凶悪盗賊団であり、今日をもって解散・廃業し、全員が真面目な農夫に転職することになるという事実を。


「さあ、ご褒美よ。採れたて野菜に、特製マヨネーズをつけましょう!」

「「「やったー!!」」」


レンは、タツヤやミカと顔を見合わせて笑った。

魔力はなくても、僕にはこの「最強の家族」をまとめる司令塔の才能があるかもしれない。


新鮮なキュウリにマヨネーズをつけると、酸味とコクが口の中で爆発した。

それは、勝利の味であり、平和な家族の味だった。


こうして、アリスの領地(庭)の防衛レベルは、主人が知らない間に「要塞級」へと引き上げられたのであった。

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