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ナインストーリー 〜終末世界を迎える人々の短編集〜  作者: サウナが好きな人


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8/8

なにのための軍隊

 秋の空は高く、雲はなく、風だけが吹いていた。

 焼却炉の煙突から上がる黒い煙が、薄く空に溶けていく。

 ここは、東北の山間にある陸上自衛隊の小さな駐屯地。

 かつては数百人規模の部隊が駐留し、冬には雪をかき、夏には訓練に汗を流していた。


 しかし今、そこに残る人影は、わずか十数名。

 明日には、この部隊も正式に「解散」となる。

 三等陸曹は、焼却場の前に立ち、古びた89式小銃を手にしていた。


 「これも、燃やすんですか」


 背後から声がした。若い隊員、まだ二十代、入隊して間もない。

 三等陸曹はうなずいた。


「暴徒に渡れば、民間人が殺される。もはや国も機能していない。……最後の任務だ」


 若い兵士は唇を噛み、黙って銃を受け取った。

 整備され、刻印の入った銃身が、鉄の音を立ててコンベアに乗る。

 焚かれるのは、ただの金属ではなかった。

 弾薬、対戦車ミサイル、通信装備、手榴弾。

 そして、歴史そのもの。

 「守るための力」として作られたものが、今、誰の手にも渡らぬよう焼かれていく。

 焼却炉の火の熱が頬に当たる。

 けれど、それよりも胸の奥が、痛くて仕方なかった。


「先輩……俺たち、何を守ってたんでしょうかね」


 若い兵士の言葉は、風に消え入りそうに小さかった。

 三等陸曹は答えなかった。

 いや、答えられなかった。

 ずっとそれを考えていた。

 国家か。国民か。家族か。

 あるいは、「秩序」や「正義」か。

 でもそれらは、すでに霧散していた。


 首都は機能を停止し、政府は沈黙した。

 外では、食料をめぐる争いが起き、放送局もやがてすべて沈黙した。

 人類が滅ぶ原因は、天災なのか、人災なのか。

 もはや誰にも分からない。

 三等陸曹は、静かに言った。


「……小学生のころ、災害時の避難訓練でさ、ヘリが校庭に降りてきたんだよ。あの時、自衛隊ってかっこいいなって思った」

「……はい?」

「で、大人になって、入隊して、現場にも出て、いろんなもの見てきて……正直、分からなくなった。

誰のためにやってるのか、何を守ってるのか、自分でもな」


 若い兵士はうつむいた。


「でもさ」


 三等陸曹は空を見上げた。燃える煙の向こうに、うすい陽があった。


「今ここで俺たちが武器を燃やしてるのって、たぶん誰にも褒められない。

ニュースにもならない。

けど、この銃が誰かの手に渡って、別の誰かが死ぬってことを、少しだけ防げる」


 若い兵士が顔を上げる。


「……それでいいんじゃないかって、思うんだよ」


 守るべきもの。

 それは「誰かの命」じゃなくて、たぶん——

「誰かの最期を、ちゃんと穏やかにすること」なのかもしれない。

 最後の焼却が終わるころ、陽は傾いていた。

 三等陸曹は、手帳に挟んでいた便箋を取り出した。 それは数日前、避難先のシェルターにいるはずの妻から届いたものだった。


「世界が終わるその時まで、あなたが誰かのために動いているなら、

私は、そんなあなたを誇りに思います」


読み返すたび、胸が熱くなった。


「……お前、明日どうする?」


 若い兵士は少し考えてから、照れくさそうに笑った。


「実家、帰ります。親に……ちゃんと、ありがとうって言って」


 三等陸曹はふっと笑った。


「そうか。……いいな、それ」


 夜が近づいてきた。風が冷たくなる。

 明日は、世界の終わり。

 けれど、今日という日には、意味があった。

 三等陸曹は最後に手を伸ばし、焼却炉のレバーを下ろした。


 燃え上がる火の向こうで、ひとの声が聞こえた気がした。


 ——ありがとう。

 ——さようなら。

 ——おかえり。


 そして静かに、夜が降りてきた。

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