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ナインストーリー 〜終末世界を迎える人々の短編集〜  作者: サウナが好きな人


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7/8

別れのフリースロー

 空が、妙に静かだった。

 雲一つない灰色の空は、まるで世界の終わりを告げるカーテンのように、街を包んでいた。

 風もない。音もない。

 まるで、この世界はもう、呼吸するのをやめてしまったみたいだった。



 加瀬悠真は、ゆっくりと校門をくぐった。

 見慣れたはずの中学校が、今日は別の星の風景みたいに思える。


「……来るの、半年ぶりか」


 つぶやいた声が、自分の耳にさえ遠く響いた。

 地球が、あと少しで終わると決まってから、人々は静かになった。

 暴動も、パニックも、一時はあったけれど、今はただ、どこもかしこも静かだった。

 時計の針が、止まりかけている世界で——

 彼は、たったひとつやり残したことのために、今日ここに来た。


 体育館の扉を開けると、埃の匂いが鼻を刺した。

 天井の照明はもう点いていない。

 窓から差し込む午後の光だけが、床に伸びたラインをぼんやり照らしていた。


「……やっぱ、誰もいないか」


そう思った瞬間だった。


「おーい!悠真!」


 聞き慣れた声。走る音。バスケットシューズの音。

 振り返ると、そこには懐かしい仲間たちがいた。

 西山、安藤、蓮、そしてキャプテンだった中谷も。

 半年ぶりなのに、まるで昨日会ったかのような顔で、笑っていた。


「……え? なんで、みんな……」

「なんでって、お前も来ると思ったからだよ」

「そりゃそうだろ。こんな時に、来ないわけがない」

「だって、最後の体育館だぜ? 最後のバスケ部だぜ?」


 悠真は、喉の奥が熱くなるのを感じた。

 ずっと、自分はあの日から距離を置かれてると思ってた。

 あの引退試合の、最後のパスミス——

 あれで勝利が逃げた、そう思い込んでいた。


「……俺のせいで、負けたのに」


 誰かが「は?」と声を上げる。


「まだ言ってんのかよ」

「悠真、あれは誰でもミスるタイミングだったよ」

「ていうかさ、別にあの試合、勝っても負けても、俺らの部活は終わってたし」


 中谷がにやりと笑って、ボールを悠真に投げた。 

「いいから、一本打ってみろよ。最後だし」

「……最後?」

「そう。地球が終わる前の、最後のフリースロー。いっちょ決めとけ」


 悠真はボールを受け取った。

 指先に馴染む感触。手汗と土埃の混じった匂い。

 ああ、これだ。これが、ずっと忘れられなかった。

 ゆっくりと、フリースローラインに立つ。

 みんなが黙って、リングの下でボールを見上げていた。


 騒がしい声も、怒鳴り声もない。ただ、柔らかい沈黙がそこにあった。

 深呼吸。

 ボールを2回突く。

 リングを見上げる。


 世界が終わるというのに、自分の心は、まるであの日の続きにいるようだった。

 放たれたボールは、まっすぐ空に向かって上がり、

ゆっくりと、ネットを揺らした。

 誰かが拍手した。誰かが「ナイスシュート」と笑った。

 悠真は、小さく笑って、ボールを拾った。 


「……もう一回、やっていい?」

「もちろんだろ」


 外では、太陽がゆっくりと傾いていく。

 たぶん、この日差しを見るのも、あと少しだ。

 でも、彼らの影はまだ、コートの上に伸びている。


 世界の終わりはすぐそこかもしれない。

 だけど、今この瞬間、彼らはリングの前で立っていた。

 未来がなくてもーー

 明日からの世界がなくてもーー




 この一投がある限り、彼らは何度でもやり直せる気がした。

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