表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナインストーリー 〜終末世界を迎える人々の短編集〜  作者: サウナが好きな人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

生きるために旅に出る

 エンジンの音だけが、灰色の町にこだましていた。

 ウインチの巻き上げ音、ジャリ、と舗装のはがれかけた路面をタイヤがこする音。

 看板はすでに風化し、コンビニのシャッターは下りたまま。


 人影は、どこにもない。


 レッカー車の運転席で、戸村俊夫とむら・としおは、煙草に火をつけることもなく、ただ口に咥えていた。


「この期に及んで、車を片付けてどうすんだか……」


 空は、ずっと曇っていた。

 太陽が昇ったか沈んだのかすらわからない。

 テレビも、ラジオも、何日も前から繰り返し同じ言葉だけを流していた。



——「地球接近中の天体との衝突は避けられない見込みです」

——「各自、最終避難を完了してください」

——「どうか、静かにその時を迎えてください」



 静かに、だと。

 そんなもん、最初からわかってる。

 戸村には、逃げる場所なんてなかった。

 親も兄弟もとうに疎遠。結婚は一度したが、もう十年以上も前に別れた。


「人生をレッカーしてやり直せたらね」


 そう言われた日を、ふと思い出す。

 今、彼が動かしているのは、もはや「誰かのため」じゃない。


 それでも、エンジンを止める理由もない。

 彼は今日も、避難区域に残された放置車両を、ひとつずつ片付けていた。


 それが、自分にできる「最後の仕事」だった。



***



 その日は、郊外の国道沿いだった。

 潰れたパチンコ屋の前、駐車スペースに置かれた古びたワゴン車。


 車体にビニールシートがかかり、窓には新聞紙が貼られていた。

 どう見ても、避難時に置いていったものではない。


 不穏な空気が、直感に触れる。

 戸村は車を降り、ワゴンのドアを開けた。


 途端に、血の匂いが鼻を突いた。

 後部座席。

 若い夫婦らしき2人が、寄り添うように座っていた。

 口元には、薬品の付いたタオル。

 その間には、小さな体が横たわっていた。

 戸村は息を呑み、手で少女の鼻先に触れた。


——息がある。


 脈は弱く、意識もないが、かすかに胸が上下している。 


「……おい、いきとるか?」


 返事はない。だが、生きている。

 戸村はとっさに、レッカー車の助手席に彼女を抱え込み、毛布をかけた。


 戸棚にしまっていたスポーツドリンクを口にあて、少しずつ流し込む。

 ふと、少女の首にぶら下がっていたキーホルダーが目に入った。

 青いクマのぬいぐるみ。タグには、小さく名前が書かれていた。

「ゆうな」



「……よし、ゆうな。生きるぞ」


 誰に向けてでもなく、戸村はそう呟いた。



***



 その夜、戸村はレッカー車を走らせていた。

 ゆうなはまだ目を覚まさない。

 だが、体温は戻りつつあった。

 行くあてもない。ただ、空へと向かって突っ切る国道を走り続けていた。


「滅びるんだとよ。明日の昼には全部終わるらしい」


助手席の少女はもちろん答えない。


「でもな……それでも、お前がまだ生きてるってんなら、行き先くらい探してやらんと。道がある限り、進むぞ。わかるか?」


 窓の外に、流れ星のような光がいくつも走った。

 それは、地球に迫る破滅のかけらだった。

 でも、戸村にはその光が、未来への道しるべのようにも見えた。



***




 夜明け前——

 少女が、かすかに目を開けた。



「……とうさん……?」

「ちがうよ。戸村ってんだ。よろしくな」


 少女の目から、一筋、涙が流れた。

 戸村もまた、知らず涙が落ちていた。



「おい、まだ終わりじゃねぇからな」



 そう言って、彼はアクセルを踏み込んだ。




***



 世界の終わりの、その瞬間。

 空が白く光り、全てが吹き飛ぶ寸前——

 一台のレッカー車が、走っていた。

 ひとりじゃなかった。

 そこには、確かに、誰かを救おうとする意志があった。

 ゆうなの手を握りながら、戸村は言った。


「この道の先に、奇跡があるって信じてみるか」


 答えはなかったが、少女の手が、少しだけ握り返してくれた。

 その瞬間、戸村は確かに——

 「生きている」と思えた。

 そして、光が、全てを包んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ