おやじのせなか
秋風が、錆びたトタン屋根を撫でていた。
町工場の煙突からは、細く白い煙が立ち昇り、空に消えていく。
ラジオから流れる緊急放送は、誰もがもう聞き飽きていた。地球接近中の巨大隕石、衝突の確率は限りなく100%に近い。あと17時間。人類の終焉が、静かに告げられていた。
「なあ親父、こんなときにまで……まだやるのかよ」
工場の片隅で、溶接面を外した息子・涼が呆れたように言った。
父・誠一は、旋盤の前で黙々と金属を削っている。腕には油が染み込み、シャツはすでにボロボロだ。
「終わるんだぞ、人類が。おれたちもだ。誰もこの部品なんて使わねえのに」
「……誰も使わないから、手を抜いていいってわけじゃねえさ」
誠一の声は小さかったが、機械の唸りよりも重く響いた。
涼は黙った。
工場の壁には、昭和の頃から貼られたカレンダーや、職人仲間との古びた集合写真が飾られている。まだ自分がガキの頃、父の背中を追いかけてこの場所を走り回っていたことを思い出す。
「……俺さ、子供の頃、親父が嫌いだったよ」
誠一は旋盤の手を止めずに言った。
「知ってるよ」
「だろうな。家にいないし、飯も一緒に食わねえし。運動会も来ないし」
「それでも、お前が走ってる写真は、全部見てるぞ。お母さんがビデオに撮ってくれてた」
涼は少しだけ、目を細めた。
「じゃあ、なんで今日までやるんだよ。人類最後の日に、こんなボルト作って、誰が喜ぶんだ」
誠一は一つ、完成した部品を手に取って、じっと見つめた。まるでそれが宝石ででもあるかのように。
「誰も使わなくたっていいんだ。俺はな、“きちんと作る”ってことを、生きてる証にしてきたんだ。世界が終わるってんなら、その最後の瞬間まで、自分のやり方で終わらせたいんだよ」
静けさが降りた。
古びた機械の音、遠くで鳴るサイレン、そして風の音が交互に混ざり合って、まるで何十年も前に戻ったかのようだった。
「親父……それ、もっと早く言えよな」
「そんなの、言わなくても伝わると思ってたんだがな」
「全然だよ。バカみたいだ、俺」
「俺もだ」
笑った。二人とも、ぎこちなく、だけど嬉しそうに。
やがて、機械のスイッチを切る音がした。世界の音が、ひとつ消えた。
「涼、お前、ビールあるか?」
「冷蔵庫にあと二本」
「じゃあ、一本ずつだな」
最後の夜。
親子は鉄くずの山を背にして、缶ビールを開けた。
泡がこぼれ、秋の夜風に消えていく。
「親父……ありがとな」
「こっちこそだ。お前と飲めて、よかった」
次の日、空が赤く染まっていた。
その色が、旋盤で火花を散らしていたときの色とよく似ていた。




