写真嫌い
部屋の奥のラジオが、砂嵐混じりの声でニュースを繰り返している。
「……衝突まで、あと24時間を切りました。各地で——」
陽が傾いてきた。
赤く染まる障子の向こうで、風がざわりと庭の木を揺らしている。
その音に耳を澄ませながら、キヨはちゃぶ台の上に古びたインスタントカメラを置いた。
「ねぇ、あなた。今日、写真撮りましょうよ」
老いた声だったが、言い方はどこか投げやりで、ぶっきらぼうだ。
だがその奥に、優しい響きが混じっていることを、タツオは知っていた。
「またそれか。俺は、写真は嫌いなんだよ」
椅子に腰かけたタツオが、腕を組んでそっぽを向く。
皺だらけの顔に、頑固さがにじみ出ていた。
「知ってますよ。54年も一緒にいれば嫌でもわかります」
キヨは少しだけ笑った。
台所の窓辺には、昔の写真が何枚か飾ってある。子供たちがまだ小さかった頃の白黒写真。運動会、旅行、七五三——そこにはいつもキヨの姿がある。
でも、タツオはいつもフレームの外だった。
「なあ、今さら撮ったってしょうがないだろう」
「しょうがなくないですよ。今しかないんですよ。明日になれば、もう何も残らない」
「記憶が残っとりゃ、それでええ」
「私は残したいんですよ。私たちが、ここで生きとった証を」
部屋に沈黙が落ちた。
夕日が畳を朱に染めていく。キヨはそっとカメラを手に取った。
「あなたは、ほんまに頑固でした。でも、毎朝みそ汁を作ってくれたし、誕生日にはこっそり団子を買ってきてくれた。写真は嫌いですけど、私の皿だけ洗ってくれるとき、あなた、照れとるんでしょ」
タツオは口をつぐんだ。
照れ臭い、を通り越して、言葉が詰まってしまう。
いつもそうだった。感謝も、愛情も、口にするのが苦手だった。
キヨが、カメラをそっと渡した。
「私がシャッター押すから、隣座ってください」
「……だから、俺は……」
「いいから」
その語気に、とうとうタツオは観念したように立ち上がり、キヨの隣に腰を下ろす。
不器用に肩が触れる。小さな体が、そっともたれかかってくる。
「もう、これが最後の写真になるんやろね」
「……かもしれんな」
カメラのレンズが、カチッと音を立てた。
続いて、小さなシャッター音が鳴る。
——カシャ。
それだけの音が、永遠を閉じ込める。
タツオが、不意に呟いた。
「……俺も、撮れてよかったわ」
「最初からそう言えばいいのに」
「照れくさいだけだ」
「知ってますよ」
日が沈み、部屋が青く染まり始めた頃、二人は昔のアルバムを開いていた。
白黒のページの中には、若い頃のキヨと、子供たちと、そして時々、ぶれた背中だけのタツオが写っていた。
最後のページに、新しい写真が挟まれた。
ぼやけた光の中、寄り添う老夫婦の姿がある。
キヨが微笑む。
「幸せでしたよ。あなたといれて」
タツオがそっと言う。
「俺もじゃ……ありがとうな」
風が、障子を揺らした。
シャッターの音が、今も耳に残っていた




