戦友
夕焼けに照らされた国会議事堂の白い壁が、まるで古い写真のように色褪せて見えた。
議事堂前の噴水はすでに止まり、衛視の姿もなく、群衆もいない。
そこに佇んでいたのは、二人の老議員だけだった。
一人は保守派の重鎮・吉田弘。
もう一人は革新派の論客・片山欣一。
何十年も、真逆の立場から言葉をぶつけ合ってきた政敵だ。
「……ずいぶん静かだな」
「あれだけいた国会議員が二人だけになっただけで、こうも違うもんか」
片山が肩をすくめて笑う。
吉田は議事堂の階段にゆっくり腰を下ろし、ポケットから缶ビールを二本取り出した。
「一本、いるか?」
「珍しいな。あなたから酒の誘いとは」
「どうせ、これが最後だ。人類が消えるんだ。もう遠慮なんていらん」
片山は小さく笑って、缶を受け取った。
プシュ、と二人同時に開ける音が響く。
空は、じわじわと赤から紫へと染まりはじめていた。
「なんでだろうな。敵だと思ってたが、今こうして並んで酒を飲んでると……似たようなもんに思えてくる」
「お互い、意地張ってただけかもな。言ってることは違ったけど、目指してたものは案外近かったのかもしれん」
片山がビールを口に運び、目を細める。
「……未来だよ」
「は?」
「目指してたのは“未来”。俺たちは、それを護ろうとしてた。ただ、護り方が違っただけだ」
吉田は黙って頷いた。
議事堂の廊下では、幾度も激しい討論が繰り広げられた。
机を叩き、怒鳴り合い、信念と信念をぶつけた。
でも今、すべてが過去のことになろうとしている。
「俺はな、吉田さん、もう一回、統一地方選をやってみたかったよ」
「勝てるつもりか?」
「そりゃもちろん。次は有権者の心を掴む公約があるんだ」
「ふん、どんなもんだ?」
「……子供たちの給食費を無料にして、放課後に無償の送迎バスを運用する。親も子も楽になる」
吉田は、ふと笑った。
「……それ、うちの幹事長が言ってた奴だ。お前のじゃないだろう」
「バレたか」
二人は声を出して笑った。
議事堂の階段に、老議員たちの笑い声が響いたのは、これが初めてだったかもしれない。
「俺は、もう一度だけ、子供たちが元気に学校へ行っているところを見たかったよ」
「……俺もだ」
しばらく、二人は無言で空を眺めた。
遠くの空が、わずかに揺れているように見える。
巨大隕石が、地球へ向かっているのだと、どこかでわかっていた。
「なあ、吉田さん。もし、世界がもう一日だけ続くなら、あんた何をする?」
「そうだな……国会を開いて、お前と朝まで討論する」
「また言い負かされに来るのか?」
「いや、今度こそ勝つ。ビール抜きでな」
「それは卑怯だな」
笑い声がまた重なった。
やがて、空が閃いた。
光がすべてを包むその直前、片山がふとつぶやいた。
「なあ、ヒロちゃん。お前と戦友でよかったよ」
吉田は、答えずに小さく頷いた。
そして——
世界は、音もなく、静かに終わった。
そこには、国を背負い続けた2人の男が残した、空き缶と、語られなかった夢だけがあった。




