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ナインストーリー 〜終末世界を迎える人々の短編集〜  作者: サウナが好きな人


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3/8

戦友

 夕焼けに照らされた国会議事堂の白い壁が、まるで古い写真のように色褪せて見えた。

 議事堂前の噴水はすでに止まり、衛視の姿もなく、群衆もいない。

 そこに佇んでいたのは、二人の老議員だけだった。


 一人は保守派の重鎮・吉田弘。

 もう一人は革新派の論客・片山欣一。

何十年も、真逆の立場から言葉をぶつけ合ってきた政敵だ。


「……ずいぶん静かだな」

「あれだけいた国会議員が二人だけになっただけで、こうも違うもんか」


 片山が肩をすくめて笑う。

 吉田は議事堂の階段にゆっくり腰を下ろし、ポケットから缶ビールを二本取り出した。


「一本、いるか?」

「珍しいな。あなたから酒の誘いとは」

「どうせ、これが最後だ。人類が消えるんだ。もう遠慮なんていらん」


 片山は小さく笑って、缶を受け取った。

 プシュ、と二人同時に開ける音が響く。

 空は、じわじわと赤から紫へと染まりはじめていた。


「なんでだろうな。敵だと思ってたが、今こうして並んで酒を飲んでると……似たようなもんに思えてくる」

「お互い、意地張ってただけかもな。言ってることは違ったけど、目指してたものは案外近かったのかもしれん」


 片山がビールを口に運び、目を細める。


「……未来だよ」

「は?」

「目指してたのは“未来”。俺たちは、それを護ろうとしてた。ただ、護り方が違っただけだ」


 吉田は黙って頷いた。

 議事堂の廊下では、幾度も激しい討論が繰り広げられた。

 机を叩き、怒鳴り合い、信念と信念をぶつけた。

 でも今、すべてが過去のことになろうとしている。


「俺はな、吉田さん、もう一回、統一地方選をやってみたかったよ」

「勝てるつもりか?」

「そりゃもちろん。次は有権者の心を掴む公約があるんだ」

「ふん、どんなもんだ?」

「……子供たちの給食費を無料にして、放課後に無償の送迎バスを運用する。親も子も楽になる」


吉田は、ふと笑った。


「……それ、うちの幹事長が言ってた奴だ。お前のじゃないだろう」

「バレたか」


二人は声を出して笑った。

議事堂の階段に、老議員たちの笑い声が響いたのは、これが初めてだったかもしれない。


「俺は、もう一度だけ、子供たちが元気に学校へ行っているところを見たかったよ」

「……俺もだ」


 しばらく、二人は無言で空を眺めた。

 遠くの空が、わずかに揺れているように見える。

 巨大隕石が、地球へ向かっているのだと、どこかでわかっていた。


「なあ、吉田さん。もし、世界がもう一日だけ続くなら、あんた何をする?」

「そうだな……国会を開いて、お前と朝まで討論する」

「また言い負かされに来るのか?」

「いや、今度こそ勝つ。ビール抜きでな」

「それは卑怯だな」


 笑い声がまた重なった。

 やがて、空が閃いた。

 光がすべてを包むその直前、片山がふとつぶやいた。


「なあ、ヒロちゃん。お前と戦友でよかったよ」


 吉田は、答えずに小さく頷いた。





 そして——

 世界は、音もなく、静かに終わった。

 そこには、国を背負い続けた2人の男が残した、空き缶と、語られなかった夢だけがあった。

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