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ナインストーリー 〜終末世界を迎える人々の短編集〜  作者: サウナが好きな人


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1/8

終わりのキャッチボール

『人類は、滅亡します』



 そうニュースが流れたのは、半年前の朝のことだった。誰も混乱しなかった。泣く者も暴れる者も、驚くほど少なかった。

 みんな、どこかでわかっていたのかもしれない。隕石が落ちて人類が滅亡をすることも、余命半年となった命に関しても。

 


 でも、今、この瞬間。

 北海道・北広島市。巨大なドームに陽が差し込む。

 電光掲示板もライトも点灯していない。

 夕暮れの陽がただ差し込む。


 静寂のエスコンフィールド。誰もいないスタンド。人工芝が風にゆれる。

 

 広大な野球場に2人だけ。

 マウンドに立つのは――このチームの監督。

 キャッチャーミットを構えるのは――このチームのブルペン捕手 坂部龍一。


「絶好のキャッチボール日和ばい」


 監督が笑った。ユニフォームは昔のまま。背番号1。髪は茶色く光り、サングラスは今日も外さない。

 坂部はキャッチャーマスクをかぶっている。顔は見えない。でも、声は震えていなかった。


「最後に、もう一度プロの球を受けてみたかったんです」

「何を言っとるん。坂部さんもプロの選手ばい」


 坂部は少し笑う。

 坂部は監督が現役時代にも同じチームにいた。ただ、彼と監督は同じフィールドで試合をしたことはない。

 ドラフト指名されて入団したものの、怪我に泣き、長期の二軍生活。現役時代は、わずか八試合のみ一軍出場。

 引退から十数年間、ブルペン捕手を勤めていた。


「僕は……プロなんかじゃありませんよ」

「そんなことは無いよ。坂部さんは、チームに欠ちゃいけん人。プルペンでたくさんのエースや守護神たちの球を受けてきたプロの選手ばい」


 監督は、片膝をついて、軽く一球を投げた。球はミットにパンッと吸い込まれた。


「……あ、ちょっと、高いです」

「ごめんごめん!久しぶりやし」


 監督が立ち上がって、帽子を取る。ドームに笑い声が響く。

 坂部は立ち上がり、マスクを外した。普通の顔。泣いてもないし、笑ってもない。


「どうして、こんなとこに?」

「どうしてって聞きたいのはこっちやわ。なんで最後の日にエスコンに?」

「野球が好きだからですよ」

「仕事人間やね」

「今までありがとうございます。監督」

「ええよ。そんな人類最後の日じゃあるまいし」


 2人は笑った。空は高い。ドームの屋根は開け放たれていた。


「世界が終わるってのに、最後の時間、キャッチボールか」

「でも、楽しいです」

「なあ」


 監督はボールを指で回しながら言った。


「人間って、すげーよね。終わるってわかってても、こんなふうにキャッチボールできるんやもんね」

「……そうですね」


 しばらく無言のまま、二人は投げ合った。一球、また一球。ゆっくりと。世界の終わりに向かって、ただ黙々と。

 陽が沈むころ、監督が言った。


「今日、地球で一番まともな球投げてたの、たぶん俺やな」

「そして、受けてたの、僕ですね」


 笑って、2人は最後のハイタッチをした。




 夜、星が降るように輝く空の下、誰もいないフィールドにボールが一つ、静かに転がっていた。

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