終わりのキャッチボール
『人類は、滅亡します』
そうニュースが流れたのは、半年前の朝のことだった。誰も混乱しなかった。泣く者も暴れる者も、驚くほど少なかった。
みんな、どこかでわかっていたのかもしれない。隕石が落ちて人類が滅亡をすることも、余命半年となった命に関しても。
でも、今、この瞬間。
北海道・北広島市。巨大なドームに陽が差し込む。
電光掲示板もライトも点灯していない。
夕暮れの陽がただ差し込む。
静寂のエスコンフィールド。誰もいないスタンド。人工芝が風にゆれる。
広大な野球場に2人だけ。
マウンドに立つのは――このチームの監督。
キャッチャーミットを構えるのは――このチームのブルペン捕手 坂部龍一。
「絶好のキャッチボール日和ばい」
監督が笑った。ユニフォームは昔のまま。背番号1。髪は茶色く光り、サングラスは今日も外さない。
坂部はキャッチャーマスクをかぶっている。顔は見えない。でも、声は震えていなかった。
「最後に、もう一度プロの球を受けてみたかったんです」
「何を言っとるん。坂部さんもプロの選手ばい」
坂部は少し笑う。
坂部は監督が現役時代にも同じチームにいた。ただ、彼と監督は同じフィールドで試合をしたことはない。
ドラフト指名されて入団したものの、怪我に泣き、長期の二軍生活。現役時代は、わずか八試合のみ一軍出場。
引退から十数年間、ブルペン捕手を勤めていた。
「僕は……プロなんかじゃありませんよ」
「そんなことは無いよ。坂部さんは、チームに欠ちゃいけん人。プルペンでたくさんのエースや守護神たちの球を受けてきたプロの選手ばい」
監督は、片膝をついて、軽く一球を投げた。球はミットにパンッと吸い込まれた。
「……あ、ちょっと、高いです」
「ごめんごめん!久しぶりやし」
監督が立ち上がって、帽子を取る。ドームに笑い声が響く。
坂部は立ち上がり、マスクを外した。普通の顔。泣いてもないし、笑ってもない。
「どうして、こんなとこに?」
「どうしてって聞きたいのはこっちやわ。なんで最後の日にエスコンに?」
「野球が好きだからですよ」
「仕事人間やね」
「今までありがとうございます。監督」
「ええよ。そんな人類最後の日じゃあるまいし」
2人は笑った。空は高い。ドームの屋根は開け放たれていた。
「世界が終わるってのに、最後の時間、キャッチボールか」
「でも、楽しいです」
「なあ」
監督はボールを指で回しながら言った。
「人間って、すげーよね。終わるってわかってても、こんなふうにキャッチボールできるんやもんね」
「……そうですね」
しばらく無言のまま、二人は投げ合った。一球、また一球。ゆっくりと。世界の終わりに向かって、ただ黙々と。
陽が沈むころ、監督が言った。
「今日、地球で一番まともな球投げてたの、たぶん俺やな」
「そして、受けてたの、僕ですね」
笑って、2人は最後のハイタッチをした。
夜、星が降るように輝く空の下、誰もいないフィールドにボールが一つ、静かに転がっていた。




