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三十七話

「光!!!」


 自分の声かどうか分からなかった。

 光が痛みに顔を歪ませて蹲る。

 私はその身体が地面に着く前に抱え、顔を覗き込んだ。

 どこか、刺されたの?

 何が起こったの?

 ねぇ?今…一体。

 ぬるりと生暖かい感触が支えた手にして、血の匂いが鼻に突き出す。

 光が…どうして?

 混乱し始める頭に、声が響いた。


「往生際が悪いのは格好悪いよね」


 見上げると、真っ赤な凶刃を手にした狐の面をつけた少年がこちらを見下ろしていた。


「さぁ…これで、君の大切なものはすべて傷ついたね。どう?苦しい?哀しい?それとも…怖い?」


 おどけるような口調で嘲るその声で、顔を寄せる。


「希…逃げ…ろ」


 光が腕の中で呻いた。

 そんな…できないよ。光を置いてなんて。

 でも、抱えて逃げるには…。

 私は後ろを肩越しにチラリと見た。

 一歩後ろには、闇へと落ちて行く石段が続いている。そう、それはまさに崖と同じで…。


「観念しなよ。なんだったら、その男と一緒に送ってやろうか?さぞかし、兄さんも喜ぶ…」


 血塗られた手が、掲げられる。

 私は、あの名前を呼びながら、光をきつく抱き締めて目をぎゅっと瞑った。

 死ぬのは怖い。でも…。

 手の中の温もりを握りしめた。

 梓…ハヤテ…そして光。

 大切なものを失う方がもっと怖いよ。

 北斗君…もう一度会いたかったよ。もう一度…会って、ちゃんと…




「南」




 その時、誰かの声がした。


「?!」


 驚きに目を見開く。

 目の前に迫った真っ赤な手の向こうで、南も振り向いていた。

 そして驚きに目が見開かれたその刹那…南の身体が闇に奪われる。




「降りむいちゃ駄目じゃないか。この石段では…」




 私と光の傍を二つの身体が石段の底のない暗がりへと踊った。




それは

声を出す間もなく

瞬きする暇もなく

ましてや手を伸ばす事も許さない

一瞬の出来事だった




 鈍い音が何か冷たい石段に打ちつけられる音がして、ようやく何が起こったのか理解しようと思考が動きはじめる。




 縺れ合う人形のように落ちて行く二つの体…


「先生…」


 光の声が絞り出され唇を震わせた。

 そう…血まみれの先生が…南と一緒に飛んだのだ。




 その影はやがて闇の向こうで小さくなって止まった。





-静寂





 凪いでいた風が吹き始める

 地に落ちた桜の花びらを舞い上げ、その一陣の流れを夜の闇に昇華させていく

 薄紅色の幻想は舞姫桜の周囲を包みこみ、それはまるで伝説の…




 何かの音がした

 微かな風音の様なでも…意思を持つその音の流れは




「希…これ…」


「うん」


 舞姫桜が歌っていた。

 あのバイオリンの…北斗君の曲を奏でていた

 流れに逆らい、一片の花弁が私の目の前で揺れた




 北斗君




 本当に…もう…会えないんだね

 頬に一筋の涙がこぼれ

 それを拭うように優しい風が吹きすぎた




 さよなら




 声ならない声で呟くと

 その花弁は小さく揺れ舞い上がり

 闇に輝くように浮かぶ花吹雪の中へと消えて行った


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