三十三話
「あぁそうだよ。僕は南。天沢南だよ」
『狐』はそういうと、北斗君とそっくりの仕草で腕を組んで、少し首を傾げた。仮面の下の表情は分からないけど、きっとその顔もそっくりだ。
「え? どういう事? 南っ、確か病気の弟じゃ?」
「そうよ。弟よ。双子の、ね」
私は確認するように『狐』を見ながらそう言った。『狐』は頷きも首を横に振りもしない。じっと、彫刻の像になったように動かない。
「弟って聞いてたから、てっきり小さな子を想像してた。去年は一度も見なかったし」
でも、そうじゃなかった。彼らは双子だった。だから、生まれた時の話をした時におばあちゃんはどちらもここで生まれたのを『当然』って言ったんだ。
でも……じゃ……。
私は掌の花びらを見つめる。
聴きたくない事実。知りたくない真実。
でも
向き合わないといけない現実。
「亡くなったのは……北斗君の方なのね」
突風が吹きぬけた。舞姫桜が泣き咽ぶようにざわめき、花吹雪が私達の間に吹き荒れる。
「そうだよ」
それは消え入りそうな声だった。泣いているのかもしれない。
『狐』は硬く拳を握り締めている。
「お前のせいだ……上地希。お前がこんな約束をするから」
まるで呪詛のような地を這う低い声。
「どういう……事?」
一歩踏み出そうとした私を、光は片手で制した。彼はまだ『狐』に警戒を解いてはいない。
「兄さんは、ここに来て変わったよ。それまでは……僕だけの兄さんだったのに」
「意味わかんねぇ? お前。病気じゃなかったのかよ? なんで北斗は……その……」
「死ななきゃならなかったか?」
光が詰まらせた台詞を、自嘲のように呟くと『狐』は一歩一歩、歩み寄って来た。砂利を踏む音がやけに耳障りだ。
「そうさ。僕は病気だった。引き籠りって言うね。父親から受けた虐待がもとで、人と接するのが怖くなったんだ。唯一、心許せたのが、兄さんだった」
『狐』が語るのは遠い過去なのか、つい最近の事なのか。物語でも口にするように無感情だった。