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三十話

 凍えた指先を握りしめ『狐』を睨みつける。

 そうでもしないと、泣きだすか腰を抜かすかしてしまいそうだったからだ。


「ひ、光を返して!」


「お前は……見捨てたんだな」


 その声はあの電話の声と違った。

 顔を上げて、花霞の向こうの暗闇に目を凝らす。

 『狐』は無表情なのに、怒っているのが肌に刺すほどの空気を発していた。

 ううん。怒りなんてもんじゃない、これは……殺意だ。

 一歩桜の向こうから歩み寄る。

 それは、聞き覚えのある声。


「光君はここには来ないよ。今頃、十字路で君を探しているはずさ」


 にじり寄る『狐』のその声は纏う殺気とは裏腹に、フラットで何の抑揚もない。

 私はすくみかける足を、一歩退けた。

 どうして?

 どういう事?

 何故……


「大谷先生」


 『狐』は歩みを止めると、じっとこちらを見つめた。

 混乱し始める世界に、その白塗りの狐の面だけは強固たるものであるかのように、ピクリとも動かない。


「子どもは、知らない事が多すぎる」


 その声は闇の向こうからの暗い声。這うような殺意がどこからか漂い鳥肌が立った。


「そして、知らないでいた方が、幸せなんだ。そうだろ? 大人になるって苦しいと、思った事はないかい?」


 いつもの優しい声なのに、それはまるで温かみを帯びていない。

 まるで死者への餞の言葉を僧侶が口にするような……


「どうして? 梓や、ハヤテをどうして?」


「あれは私じゃない。北斗君……いや、南の仕業だよ」


「?」


 また世界が歪んだ。

 死んだ南君が? どういうこと?

 強い風が吹いて、舞姫桜が大きく揺れる。

 『狐』はその顔を覆うように手を当て、僅かに俯いた。


「どのみち、君には関係のない話だ。ここで……」


 桜色の砂利が跳ねた。

 対応できない私の目の前に『狐』の顔が寄せられる。

 『狐』が何の前触れもなしにぐんと距離をつめたのだ。


「死ぬんだから」


 大きな手が延ばされる。


「っ!」


 恐怖で声をあげる事も、逃げる事もできなかった。


「ううっ」


 喉が締めあげられる。

 荒々しい力が喉に食い込んだのだ。

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