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三話

 この月詠神社は昼までも周りに生い茂る木々のせいで薄暗い。

 小さい頃は本当に怖くて、一人じゃ絶対来れない場所だった。


 もういないけど、ひぃおばあちゃんから聞かされた不思議な話にもよくここが出て来た。

 月詠はもともと月を読む……暦を読む、ひいては占うという意味があったらしい。太陽信仰の傾向が強い日本では珍しく月を信仰するこの神社は、死の再生を信じた人たちの信仰もあったらしい。詳しくは知らないがお水取りなんかはその一環だそうだ。ここの神社の『詠み』は『黄泉』はそこから来てるって説もある。


 って皆、小学校の頃に光や近所の皆で面白おかしく調べたことなんだけど。

 私はやっぱり今だにちょっと怖いのか、こんな事をいろいろ考えながら石段を登った。そうでもしてないと、誰もいない木々の影や石段の隙間のちょっとした闇に何かが潜んでいるような気がして、ぞくっとしてしまう。


 小学校の頃は、ここの石段を上り下りする時は何があっても絶対振り返っちゃいけない、振り返ったら【連れて行かれる】って噂があった。

 誰にどこに連れて行かれるのかはわからなかったけど、それが余計に怖くて……。迷信に決まってるんだけど、実は私は一度も振り返った事はない。


「見えて来た」


 私は頭上に見えた舞姫桜の枝端を見上げ息をつく。

 そのチラリとのぞく薄紅色の春の衣は微かに風にそよいでいたが、まだその吐息を散らす時ではないらしく、私の元に花弁は舞い降りてはこなかった。


『来年またここにくるよ。だから、来年の今日、この時間、ここで待ち合わせしよう。その時に約束を果たすから』


 あの時、北斗君はそういって……。

 私はまた、唇の隣の頬を触った。

 あれは、単なる一時の別れへの挨拶だったの? それとも北斗君も私と同じ気持ちだったの?

 この春は……ちゃんと聞きたい。ううん。伝えたい。だって、この1年、伝えなかったのをずっと後悔してきたんだもの。

 北斗君はこの街の子じゃない。いつでも会えるわけじゃない。会えるのはそう……。

 私は最後の石段に足をかけると、天を振り仰いだ。

 そこにはその天を覆わんばかりに手を広げ、私を包むように咲き誇るむせかえるようなほどの、薄紅色。

 会えるのは、この桜が咲いている間くらいの短い時間だけ。

 また風が吹きすぎた。桜の花たちは囁く。

 その声はまるで春の幻の中へ誘う誘惑の歌声。


「ひさしぶり」


 桜の囁きとともに耳に届いたその声に、私は息を飲む。

 鼓動が別の生き物のように跳ねあがって、苦しいほどだ。

 私はゆっくりと舞姫桜の根元に視線を降ろした。

 そこには……


「北斗君…」


 柔らかい茶色の髪

 優しい目

 そして頭の中で何度も繰り返した、あの声……


「上地希さん」


 北斗君は舞姫桜の見せる春の幻のようだった。

 背を預けていた幹から体を離すと、瞬きすれば消えてしまいそうなほど幽幻的な微笑みで私を見つめた。


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