二十六話
それは、ほんの一瞬のことだった
「ごめんなさいっ!」
唇が触れる、その瞬間、思わず私は思いっきり北斗君を突き飛ばしていた。
やっぱり、こんな事できない。
違う。こんなの違う!
目をギュッと瞑ると、ぽろぽろと外の雨の様な涙が頬を滑り落ちて行った。
北斗君の事、大好きだし、ずっと会いたかった。告白するつもりだったし、本当は……初めてのキスだって決めてた。
でも違う。何が違うかわからないけど……
「のぞ……」
「ごめんなさいっ!」
北斗君の顔が見れなかった。
どんな顔をすればいいかわからなかった。
ただ怖くて
ただ哀しくて
どうしていいかわからなくて……
私は部屋を飛び出すと一気に廊下を走りぬけ、靴を引っ掛けると外に飛び出した。
雨が私を責め立てるように降り注ぐ。
目の前が見えないのは、雨のせいなのか溢れて来て止まらない涙のせいなのかわからなかった。
車が一台、雨を切って横切っていく。
ライトに照らされた雨が浮かび上がり、すれ違いざまに泥を盛大に跳ねて行った。
優しく笑ってくれた北斗君
照れ屋で物静かだった北斗君
躓いた拍子に振れた頬に何度も謝った北斗君
約束をして手を振った北斗君
私が好きなのは……去年の彼なんだ
今の北斗君は何かが違う。どうして、あんなに変わっちゃったの? それとも、変わらない子どものままの私がいけないの?
「希?!」
鋭い声に呼び止められて、私は声の方を振り返った。
降りしきる雨の向こうに白いレインコートの影、光だった。
途端に頭に血が上って、顔が赤くなった。まるで、とても悪くて恥ずかしい事をして、それを見られたような気分だ。
「お前……泣いてるのか?」
光が近寄って来る。
やだ。今は、どの男の子とも会いたく……
遠くの方で雷鳴がした。
「北斗と何かあったのか?」
その名前を聞くだけで雷に打たれたように痛みが駆け抜ける。
私は唇を痛みを感じるほど噛んだ。
「おいっ」
光が手を伸ばす。
――閃光
さっきの北斗君が重なって見えた。
嫌だ。こんなの、いや!!
「来ないで!」
私は雷の怖さも忘れて怒鳴ると背を向けて思いっきり走った。
背中であの嫌な音と一緒に光が呼ぶ声がしたけど、無理だ男の子に今は触れられたくない。
そうだ、光だって男の子なんだ。
いつまでも子どもじゃない。
それはいつも私自身が言ってたことなのに、それがこんなに悲しくて苦しいことなんて知らなかった。
追いかけてくる気配を、こみ上げる嫌悪感を、どうしようもない罪悪感を、身を切るような切なさを、全部振り切るように泥でぬかるんだ道を駆け抜ける。
走りながら今が雨で良かったと思った。雨じゃないと、きっと私……もっと泣いていた。