二十四話
「ついて来て」
北斗くんは言葉短くそう言うと、それ以上は口を噤んで振り向きもしなかった。
何かが、ずれてる。その何かが分からなくて、とても気持ちが悪い。
南くんが1年前に亡くなった? それで、南くんの望みを叶える為に北斗君はここに来て、それはバイオリンがないとできない事で……。
北斗君のバイオリン
梓のリボン
ハヤテの腕輪
狐は大切なものばかりを奪っていく
じゃ、もし私だったら狐は何を奪っていくのだろう?
考えを巡らせている間に、北斗君の家、正確には北斗君の親戚のお家に着いた。
北斗君のお婆ちゃんの弟にあたるおじいちゃんの家だ。この辺の地主さんで、昔は村長なんかもやってたみたい。とにかく名家って言っていいくらいのお家で、同じ町の人間でもここはちょっと敷居が高い。
北斗君は玄関の隣のガレージに行くと、ようやく手を放してくれた。
それでも、私が居なくなるのを警戒するようにこちらをちらちら見ながら自転車を止めると、すぐに駆け寄って来た。
「とにかく、本当にバイオリンがなくなってるか確かめてみる。これからの事はそれからだ。ね、希」
私より背の高い北斗君は、やや私を見下ろすように見つめた。
「僕の事、まだ疑ってる?」
私は素直に首を横に振った。もともと疑ってたわけじゃない。ただ、北斗君の変化に戸惑ってただけだ。その理由もわかった。それに実際、ずっと一緒にいて北斗君の携帯に電話がかかって来たのも見てる。
疑いようがない。
「よかった」
北斗君はようやく私の知ってる彼の笑顔になって、私の手をとった。
「希は……傍にいてくれるよね?」
改めてその瞳で、そんな事言われると……忘れかけていた鼓動がまた動き始める。
一瞬、光の事が頭をよぎった。ここで、北斗君に頷いても、光を裏切ったことにはならないよね?
光は、どうしてあんな風に北斗君を警戒してるんだろう? 余所者だから? 事件が続いてナーバスになってるだけ?
どちらにしろ……。
私は瞳をそらさないその緑色を見つめ返した。
信じないと、なんにも始まらない。
「うん」
私は頷くと、手を引かれるままに家に上がらせてもらった。
――
薄暗い玄関をくぐると、古い家特有の、木と少しばかりの黴臭い匂いがすぐに鼻孔に届いた。
背中でまた雷鳴が轟く。
「降るかもしれないね。八時に行けるだろうか」
北斗君はそう雲を振り仰いで呟くと、「ただいま」も言わずに家に上がった。
しんといて気配のない家の空気…誰もいないのかもしれない。
「お邪魔します」
私は一応小さな声でそう言うと、脱いだ靴を揃えてあがらせてもらった。
この町の皆はほとんど家族の様なもので、上がった事のない家何か珍しい方だ。この家はその珍しい部類に入っていた。
子どもがいない上に、農業もしていない。それに、おばあちゃんが言うに、おばあちゃんちゃんの親友……北斗君のおばあちゃんが亡くなった辺りからパッタリ近所付き合いも無くなったそうだ。
まだ午前中のはずなのに薄暗い廊下を行き、北斗君は一つの部屋の前で立ち止まった。
日本家屋の平屋のこの家に似つかわしくないそのドアは、後から作られたのか、そこだけ木の色が違っていて少し新しかった。
「ここ、使わせてもらってる部屋だから」
「うん」
男の子の部屋なんて入るのいつ振りだろう?
光はしょっちゅう人の部屋に入ってくるけど、私は高学年になってからは部屋には行ってない。
光を意識して、というより、正直……そうやって男子と区切りをつける事で背伸びしていたのかもしれない。
ちょっと緊張して、一歩下がる。
「っ!」
ドアを開けた北斗君の顔が固まった。
「くそっ」
舌打ちして、何かを睨みつける北斗君の肩越しから中を覗く。
そして、私も息を飲んだ。
部屋がめちゃめちゃに荒らされていたのだ。
そして、見せつけるように、ドアの正面には、空のバイオリンケースが口をこちらに向けて開けて放り出されていた。