十八話
「良く覚えてるわ。この村に外国の人が来たのは初めてだったしねぇ」
きっと、北斗君のお父さんの事だ。
「ご両親はお元気? 弟さんは?」
「両親は、今回はここには来てませんが、おかげさまで元気です。今は父は仕事でアメリカにいます。弟の病気の事もありますし母と僕たちはここに残ったんですよ」
そうなんだ。都会暮らしも、海外生活も、父親が不在の暮らしも私には想像もできない世界だ。
「弟さんは、そんなに悪いのかい? 大変だねぇ」
「いえ。回復には向かってるんです。あんまり外に出られないのが可哀そうですが」
去年も弟さんの話は聞いたけど、姿は見なかった。
一体、何の病気なんだろう?
そう言えば名前……なんだっけ。
「ね、名前はなんだっけ? 会いに行くのもダメかなぁ?」
「……」
北斗君は少し難しそうな顔をした。
そして、いつの間にか空になった茶碗を置くと、わざと間を置くように湯気が立ち上る湯呑をゆっくり両手で包む。
「弟は……南は長い間外に出てないせいか、人見知りなんだ。すごく。だから……ごめんね」
その口調は柔らかい。でも、何故かそれ以上この話題に触れさせない棘があった。
思い返したら、去年はあんなに弟君の話をよくしていたのに今年は全くと言っていいほど、北斗君の話題に弟君は上ってない。回復しつつあるって言ってるけど、もしかしたら事情があるのかも。
だったら、触れない方がいい。それより、一緒にいられる時間は限られてるし、梓の事も気になる。今日のプランを立てなくちゃ!
「ううん。それより、今日は……」
「希~! 起きてるか?」
玄関の方から馬鹿でかい声が飛んできて、そんな私の声を飲みこんだ。
私はちょっとムッとして立ち上がる。
「起きてるわよ~」
廊下の方から「おじゃまします」なんて形ばかりの挨拶と一緒に、我が家も同然に上がって来る足音が聞えた。
その足の主は勝手知ったる様子で台所に顔をのぞかせる。
「何だ。今日は早……」
「やぁ、おはよ」
光は北斗君の姿を確認するや否や、思いっきり顔をしかめた。
「なんでここにいるんだよ。しかも、飯食ってるし」
「希に会いに来たら、朝ごはんどうかって。それでいただいてたんだ」
「ずうずうしい奴」
光はあからさまに厭味を口にすると、テーブルの上の卵焼きをつまんだ。
どの口がそれを言うか。
私は呆れて光を見る。
「何? 朝っぱらから」
「ん……ヤブ医者の所に梓の事、詳しく訊きに行こうと思ってさ。兄貴が連絡受けてたから、もう診療所に戻ってるみたいなんだ。あ……無事みたいだぞ。入院にはなるらしいけど」
「そっかぁ」
『無事』という言葉にちょっとほっとした。
「よかったね」
「うん」
北斗君が微笑みかけてくれる。
「ハヤテも誘わないの?」
「ん? あいつ?」
光はもう一つ卵をつまもうとして、おばあちゃんに手を叩かれた。
「ケチケチばばぁ」なんて人のおばあちゃんに口を尖らせて、私たちを振り返る。
「電話したんだけど、まだ部屋から出てきてないから、起きてきたら向かわせるって。アイツも昨日ので疲れてるんじゃね?」
確かに、今度でまだ4年生。それでなくても男の子にしては華奢なハヤテだ。風邪でもひいてもおかしくない。
「じゃ、行ってみようか」
北斗君が湯呑を飲み干して食卓に置いた。
そうね。とにかく、ちゃんと状況を知りたい。
私は頷くと、おばあちゃんにご馳走様を行って食卓を立った。