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一話

 今日は特別な日だった。

 私は朝から……ううん、昨日? いや本当は約束したあの日からずっとこの日を待ちわびていた。

 1年前の今日、あの舞姫桜の下で約束した彼との再会。

 高鳴る胸が、もう苦しいくらいで……私はあの日の日記を手にその鼓動を沈めるように深呼吸した。

 今日、ようやく会える。彼、天沢北斗くん。

 私は目を閉じて何度も何度も頭の中でリピートした彼の顔を、声を思い出す。

 一つ上の、背の高い優しい彼。

 春休みになったらまたこの街に来るって、東京に戻って行ってしまった彼。

 そして……。

 思いだして胸のあたりがキュッと痛くなり、私は思わず彼が約束の時に触れた、唇のすぐ隣の頬に触れた。

 途端に収まりかけた鼓動が騒ぎだす。

 1年ぶり。ずっと連絡取ってなかったけど、覚えててくれてるよね?

 約束信じて、あの桜の下で待ってていいんだよね?

 自然のこぼれる笑みに、窓からそよぐ春風がくすぐったい。

 時計を見上げて、もういっそ桜のある神社まで行ってしまおうかな。


「希!光君が遊びに来たわよ~」


 そんな私の幸せを台無しにするようなお母さんの声が飛んできた。

 私はその幼馴染で悪ガキの名前に眉を寄せて立ち上がる。

 どうして? こんな日に限ってアイツが?

 私はせっかくの日を台無しにされたくなくて


「いないっていってー!」


 そう答えた。

 その瞬間、頭に何かが当たる。


「ばーか。ここにいるっての」


「光!」


 私の頭を叩いた新聞を手にいつの間にか勝手に部屋に入って来た光を、振り返って睨みあげた。


「何人の部屋にはいてきてんのよ!」


「別に良いだろ。減るもんじゃないし。お前、最近よそよそしいぞ」


 当たり前じゃない。私達、4月から中学生なのよ? 子どもじゃないんだから。


「もう~。お母さん!どうして入れたのよ~」


 私は光を無視して一階の母親にクレームを付けた。母親は笑いながら


「良いじゃない。減るもんじゃないし」


 光と同じ事を言う。この人たちの方が親子なんじゃないかしら。

 私は時計を見ながら


「で、何? 忙しいんですけど?」


「どっかでかけんのか? 入学式みたいな恰好して」


「ばっ!」


 私は立ち上がると光を睨みつけた。自分の顔が赤くなるのがわかり、光の向こうにある姿見の鏡に映る自分を見た。

 確かに……北斗君に会うから、今日は気合入れたけど。入学式みたいな恰好? そんなに変かな? じゃ、都会の子からみたらもっと変?


「それよりさ。ほら! これ見てみ!」


 ショックを受ける乙女心のわからない馬鹿男は、人の机に持ってきた新聞を広げた。


「何よ」


 どうせしょうもない事だ。大抵こいつが喜ぶ記事なんて……


「ほら! 首なし地蔵の呪い! 八百屋の玄さんが転んで腰を打ったって」


 やっぱりしょーもない記事。しかも、町内新聞だし。光は昔からこの手の話は大好きだ。もう、中学生になるんだから卒業しようよ。


「俺は、この美空町の七不思議の親玉は、あの幽霊桜だと思うんだ、どうだ、今から調査に……」


「いかない」


 私はそっけなく返すと、鞄を手に取った。


「それに、あの桜は幽霊桜じゃなくて、舞姫桜よ」


 そう、北斗君との約束の場所を、そんな妙な名前で呼ばないでほしい。


「なんだよ~。ちょっと前まで、不思議探偵局の一員だったじゃんか~」


 光は口を尖らせる。もう、今はその名前さえ聞くのが恥ずかしい。確かに、子どもだったころはこの街の七不思議を探るのが楽しくて、そんな遊びもしたけど。


「子どもにつきあってらんないの!私、出るから。じゃあね!」


「え? ちょ……待てよ!」


 お前はキムタクの真似する出川か。私は一度振り返って思いっきりアッカンベーすると、まだまだガキの光をおいて、階段を駆け降りた。

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