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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
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清楚系の女の子

 ここ十日ほど、まるで出勤のように、俺は毎日決まった時間に荒木絵里子の家の前に立ち、大声で叫んでいた。


「荒木絵里子さん!オレと結婚してくださいーー!!」


 彼女に届いているかどうかは分からない。


 それでも、俺は半月もの間、風雨にかかわらず毎日叫び続けた。喉が枯れても、扉は一向に開かない。


 閉ざされたカーテンは一度も動いた様子がなく、もしかしてこの努力は全部無駄なんじゃないかと、ふと思ってしまう。


 でも、その時。


 琥珀色の瞳が、ひっそりとこちらを見つめていた。


 甘い笑顔を浮かべた少女が、後ろを振り返りながら言う。


「今日も来てるよー」


「彼のことはもう言わないでって言ったでしょ?」

 絵里子は顔を上げず、手元の書類にペンを走らせていた。


 少しの沈黙の後、彼女は尋ねた。


「……今日で何日目?」


「たしか……16日目だったかな?」

 カーテンのそばの少女は、あごに指を添えて答える。


「そう……」


 絵里子の声には、感情がこもっていない。


「彼に伝えて。もう無駄な努力はやめるようにって」


「えっ?」


「分かってるでしょ、私、男には興味ないから」


「でも、彼イケメンだよ?」


 その頃、門前では——


 また荒木鉄斎が来ていた。俺は内心「またかよ」と顔をしかめる。


「ウチの娘を口説こうなんて、百年早ぇよ」


 その言葉に、俺の怒りが爆発した。思わず睨みつけて怒鳴る。


「頼むから、俺の傷に塩を塗るのはやめてくれ!!」


 額に青筋が浮かび、拳を握る。


 弓のようにしなり、鋭く突き出したその一撃には、失恋の悲しみと怒りが詰まっていた。


 ——ドン!


 風が舞い、落ち葉が渦を巻く。


 拳が彼の腹にめり込んだ瞬間、まるで水の上を打ったかのように、腹筋がぷるんと波打った。


 風が止むと、俺は拳を引いた。


 口元にはわずかな笑みが浮かぶ。師匠、甘いですね。そんな手で俺の拳を受け流せるとでも?


「……いいパンチだったな……」


 鉄斎は顔を歪めて腹を押さえる。だが目は驚いていた。


 こいつ……素質はある。だが女に目がないのが難点だ。


 師匠は溜息混じりに言った。


「武道家が女のことでクヨクヨしてどうする」


「武道の真髄は、美少女のためにあるんだろ?」


 鉄斎は絶句した。


「……それが貴様の信念か」


「そうだけど?」


 俺は堂々と答える。


「正義のため?守るため?冗談じゃない。そんな台詞、俺の辞書にはない」


「……お前という男は……教育を見直さねば……」


 師匠が頭を抱える中——


「カチャッ」


 ついに、待ちに待った扉が開いた。


 俺は顔を輝かせる。


「やった!ついに成功だ!」


 だが、扉の向こうにいたのは、見知らぬ少女だった。


「……なんだよ」


 まるで空気が抜けたフグみたいに、俺の心もしぼんでいく。


 一方、少女は俺を見るなり可愛らしく笑った。


 彼女は絵里子とは正反対で、華奢で素朴な魅力を持つ少女だった。


「何がおかしいんだよ?」


 俺は不機嫌に言った。


「怖っ!あたし、絵里子さんの伝言を伝えに来たんだけどな〜」


 早く言ってくれよ。


「すみません、美しいお嬢さん」


 すかさず頭を下げると、彼女はまたくすっと笑った。


「教えてくれる?」


「お嬢様は……もう、無駄な努力はやめてほしいって」


 ブフッ!


 師匠の口から笑いが漏れた。俺はすかさず拳でぶん殴った。


 鉄斎が倒れても、俺の心は晴れなかった。


 ……やっぱり俺って、女運ないのかな。


 異世界でも、21世紀でも、ダメなのか。


 このまま孤独に朽ち果てるのかな……


 はあ、とため息をついて帰ろうとしたその時。


 少女が、ためらいがちに言った。


「でもね……お嬢様、別にあなたのこと嫌いってわけじゃないと思う」


 もじもじしながら、彼女は拳をギュッと握って応援のポーズをとる。


「むしろ……すごいと思う!」


「それに……」


「私、あなたのこと……ちょっと尊敬してるんだ」


「え?」


「だって、女の子のために毎日ここまで来て、十何日もずっと待ってるなんて……普通できないよ。私だったら、初日で諦めてたかも」


 彼女は少し照れたように笑った。


「だから……渡辺悠人さん。あなたって、普通じゃないよね」


 これ……褒められてる?


 俺は服の裾を握りしめ、手のひらに汗がにじんでいた。


 冷静になれ、俺。


 ここはクールに、男らしく返せ!


 そう思って口を開いた俺の第一声は——


「ありがとう……君、名前は?」


 どこまでも凡庸だった。


 でも仕方ない。退学してから、他人との会話はめっきり減っていたし、異性なんてなおさら。


 彼女に変な印象を与えていませんように……そう願いながら、こっそり視線を向けると——


 たぶん、彼女も少し緊張していた。


「わ、私、桧森奈緒って言います」


「奈緒……か。いい名前だね」


 その一言に、彼女は息をのんだ。


 風が頬を撫で、彼女の顔がほんのり赤く染まった。


 照れてる女の子って、なんでこんなに可愛いんだろう。


 まるで時間が止まったかのような一瞬。


 師匠が後ろから肩をポンと叩いてきた。


「見惚れてんじゃねぇよ」


「お前、あの子に気があるんじゃねぇの?乗り換えるってのもアリだぞ?」


 まるで悪魔の囁き。


 一瞬、揺れた俺の心。


 でもすぐに打ち消した。


「俺の心は、絵里子さん一筋だ」


 そう言って帰路につこうとした、その時だった。


 口笛の音が響いた。


「おーい、毎日ここで失恋コントやってるアイツじゃん?」


 顔を上げると、派手な格好の青年が、取り巻きを連れてこちらに歩いてくる。


「お前は……?」


「フィード・ハルト。昔、絵里子さんにアタックしてた者さ」


 師匠が耳元で囁く。


「こいつ、闘技場の拳王の弟だ」


 要は、手を出すなってことだろうけど——


 今の俺は、そんな理屈が通じる状態じゃなかった。


 俺は即座に言い返す。


「つまり振られたってことか?」


 フィードの表情が引きつるが、すぐに嘲笑を浮かべた。


「オレは賢明だったのさ。あんな冷たい女、早く見切りをつけた方が身のためだ」


 彼は一歩近づき、耳元で囁いた。


「最近、闘技場で連勝してるらしいな。だが、やめておけ。あの女に時間を割く価値なんてない」


 拳が震える。


「今、なんて言った?」


「文字通りさ。お前みたいな顔なら、他の女を狙えば多少はモテるかもな。でも、あの氷女に執着するのは、マジでバカの極みだ」


 深く息を吸い、怒りを飲み込む。


「お前、自分が振られたからって、彼女を悪く言うのか?」


「闘技場の女なら、強い男に嫁ぐのが当然だろうが?」


 ——は?


 俺の中の現代的な男女平等精神が、今、完全にキレた。

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