こくはくしっぱい
なんだよ、それってまるで人身売買してるみたいじゃないか。
不満はあったけど、俺は荒木鉄斎の話をちゃんと聞いた。絵里子のことについて。
彼は時折、まるで自分の肉を切られてるかのような表情を浮かべていた。それを見て、自分が何か悪い奴なのかと疑い始める。
そんな俺の気持ちを見透かしたかのように、彼は言った。
「娘を武道家に嫁がせたくないんだ。俺の失敗を繰り返してほしくないからな。」
俺は首をかしげた。
「どういう意味だ?」
彼は手を振ってため息をついた。胸の内に言いたいことが山ほどあるようだったが、もう口にしようとはしなかった。
そこには明らかに妻との話が絡んでいる。
そんなことを考えていると、意識より身体が先に反応して隣に避けたら、パンチが鼻先をかすめた。
卑怯なやつめ!
「爺さん、話したくないなら話さなくていいけど、なんで人を殴るんだ?」
「師匠の心意気を誤解するな。これは常に警戒心を鍛えるための訓練だ。宮本武蔵と柳生又兵衛の話、聞いたことないのか?」
「ふん、師匠の言い訳は年々下手になってるな。そもそもその二人の剣聖の話はどこで知ったんだ? それにしても年寄りが若い者を不意打ちするなんて卑怯だ。」
荒木鉄斎は顔を真っ赤にした。
「かかってこい、拳と脚で真価を見せろ。」
俺はこういう一手一手の分解で黒牙流の本質を掴んでいく訓練には慣れていた。
「爺さん、俺は年長者を敬わないわけじゃないぜ!」
「ふん!」
ガキが、苦労するのはどっちだか分かったもんじゃない!
彼は黒牙流の構えをとり、一歩一歩近づいてきた。
そして――
「これが俺の掃堂腿だ!」
俺は一蹴りで彼の足を払った。大きな体が一瞬で地面に倒れた。
「お前は武道の道をわきまえんのか。おっと!」
床が少し割れ、彼は腰を押さえながら震えながら起き上がった。
「老人は転ぶと怪我しやすいって聞くけど、師匠もそんな年齢か?」
俺は慌てて彼の腕を取って支えた。
「お前は年長者を敬えない。そんなやつに娘を任せられるわけがない。」
またいつもの説教だ。
しかも重い、まるで全体重を俺に預けてるみたいだ。図に乗るなよ!
「師匠、安心してください……ふう……娘さんを任せられるのは俺だけです。」
もし師匠が豚だったら、食ったらこの闘技場の人間みんなで一日分の飯になるんじゃね?
そう思ったら一人で笑いをこらえきれなかった。
宿に戻ると筋肉痛で動けず、訓練はお休みだ。
ベッドに豪快に倒れ込み、すぐに均一な寝息を立てた。
翌朝早く、俺は起きた。
起こしてしまった師匠はそれでも満足げに言った。
「悠人よ、今日は早いな。訓練に行くのか?」
「いや、義父さん。今日は娘さんに会いに行く。」
「さっさと死ね! お前なんか弟子じゃねぇ!」
彼の怒声を無視して、俺は投げられた下駄を軽々かわし、訓練場へ走った。
道すがら、荒木絵里子の家を聞いた。
彼女はここでちょっとした有名人だ。多くの人が彼女のことを聞きに来ている。誰も驚かない。
そんな中、一人の年配者が我慢できずに忠告してくれた。
「坊や、荒木さんの求婚者はこの街から王都まで並ぶほどだ。断った男は王都の人口より多い。お前みたいなのは門すら開けないぞ。」
……先輩、ありがとう。死にたくなった。
いや、恋には引けない!
「そんなことない!」
「ん?」
「俺は必ず家に入る。見ててくれ!」
彼はため息をついて、絵里子の住所を教えてくれた。
……
一軒の屋敷。
凛と座る少女がいた。杏色の目は冷たくも、圧迫感はなく、むしろ静かな優しさを感じさせる。
傍らには黒衣の女が立ち、仮面で顔を隠し、目だけを見せて敬礼している。
この上下関係から、この闘技場の少女がただ者ではないことが分かる。
彼女は手紙をめくりながら冷静に言った。
「ヘルモン子爵と魔族の結託は確認されたのか?」
「はい、大小姐。」
「王都から騎士団が派遣されている件も事実か?」
「はい、境界の不穏な領主を警戒してのことのようです。」
絵里子は軽く頷き、指先で机を叩いた。
「……分かった。第二案の準備を進めて。」
「かしこまりました。」
その時、ノックがあり、声が聞こえた。
「大小姐、訪問者がおります。」
絵里子は動こうとしなかった。
「面倒な追っかけなら伝えなくていい。追い返せ。」
「しかし、彼は……父上の弟子だと申しております。名前は――渡辺悠人、大小姐を知っております。」
「……」
彼女のまつ毛がわずかに震えた。
なんでこんなに早く来たんだ? 父の弟子が誰か見に来ただけだ。
まさか父が仲介を頼んだのか? それにしては自分で来ればいいのに。父娘の会話に第三者が必要だなんて。
少女はしばらく考え込み、ため息をついた。
「入れさせない。私が出る。」
絵里子の家の庭は広い。
池、巨石、常緑樹。
従者が門を開け、彼女は階段を下りた。
黒い長髪が朝の風にそよぎ、どこか非現実的な美しさを醸し出していた。
まるで絵のような光景が目の前に広がる。
「私に何の用?」
彼女の声は冷たく、はっきりしていて感情がこもっていなかった。
強い気迫だ。見つめられるだけで尻込みしそうだ。なるほど、これでは追っかけもすぐに諦めるわけだ。
「俺は……」
頭の中では言葉を組み立てていたのに、目の前にすると喉に詰まる。家にこもりすぎて女性に弱くなったのか?
そんな俺を見て、彼女は眉をひそめた。
見た目だけで尻込みする奴らと同じだと思われたのか、時間の無駄だと判断されたのか。
「用がなければ帰れ。」
「あ――」
俺は呆然とした。まだ何も話していないのに。
好感度を上げようと思ったのに!
「待ってくれ!」
「用があるなら言え。」
焦りと混乱の中、俺はすべての思考を一言に絞った。まるでウルトラマンが初登場でスペシウム光線を放つように。
「結婚してください。」
言い終わると空気が奇妙に静まった。
絵里子の穏やかな顔に驚きの色が浮かんだ。
俺は唾を飲み込み、手のひらに汗を握りしめた。
やべえ!こんな直球でいいのか? 失礼すぎて嫌われたらどうしよう?
「えっと――」
頭の回転はスーパーコンピューター並みだが、どうやって失礼を取り繕い、形勢を挽回しようか?
くそ、もっと勉強しておけばよかった。こんな時に役立つのに。
「ふっ――」
嘲笑のような、疑いのこもった笑い声。
「初対面の女にこんなこと言うなんて、最低だわ。」
終わった。嫌われた。
どうしよう?
ふと良い方法を思いつき、考えずに言った。
「荒木鉄斎が!」
「父上がどうした?」
雷原の上に立っているような緊張感。言葉を間違えたら即死だ。
「父上が言ったんだ!必ずお前と結婚しろって!」
ごめんなさい、師匠。弟子の幸せのために名誉を犠牲にしてください!
絵里子は指先を白く握りしめ、声を冷たくした。
「なるほど、父まで私の結婚を心配し始めたのね?」
違う、違う、そういう意味じゃない!
「実は俺にも理由がある。お前に会ってからずっと好きだった……」
「やっぱりね。」
彼女はため息をついた。予想通りの落ち着きだった。
「あなたはただ見た目だけが目当て。そんな男は何度も見てきたわ。」
見た目だけか。確かにそうだ。でもそんなに浅はかじゃないんだ。
「あなたたち男は、綺麗な女を見つけるとすぐに飛びついて、運命だの真心だの言いながら手に入れたら好き勝手に扱い、飽きたら蹴り飛ばす。
実はあなたも同じよ?」
言葉に詰まった。
そんなにひどく見えてたのか?
俺は真剣に二秒間だけ反省した。
いや、女の子に告白するだけで、結果は成功か失敗の二つしかない。失敗は受け入れるけど、人格否定は許せない。
「ちょっと待てよ、君の言葉は強いけど、俺はそんなに顔だけ見てるクズじゃないぞ?」
「え?」
「まあ見た目に惹かれたのは認める。でも女性を傷つける奴じゃない!」
「知らないわよ。」
「君は知らないけど、俺は君のことは分かってる。美貌だけが取り柄で、性格は悪くて男嫌い。孤独に死ぬだけだな!」
言い終えて、俺は大きく息を吐いて少しスッキリした。
だが彼女の顔にあった冷たさは消え、恥ずかしそうな赤みが差した。
やばい、言い過ぎたか……
説明しようとしたが、彼女は許してくれなかった。
バタン——
戸が閉まった。
俺は風の中、呆然と立ち尽くした。