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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
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アリーナの美女

 競技場は珍しく静寂に包まれていた。もし最初にこの蠕虫を食べたのが能力を得るためだったなら、続けて食べる理由は単純にその柔らかくて滑らかな食感と、爽やかで甘みのある味のためだった。


「……」


「選手!選手!行動を止めてください!」


 司会者がようやくショックから立ち直り、大声で私に叫んだ。


 言われて、私は仕方なくやめた。


 この蠕虫の肉は柔らかくて糯っこく、土の香りがほんのりする。言ったら笑われるかもしれないが、異世界で食べた中でこれが一番美味しい食事だった。


 第一試合が終わり、私が退場すると、競技場は停滞したように見えた。しかし、それは次の出場者がいないという意味ではない。血に飢えた観客たちがいる限り、この肉と血の臼は止まらない。


「なんだ!あれは俺の大事な弟子じゃないか!」


 競技場の裏手に入ると、突然、巨大な影が遠くから駆けてきた。視力に自信がなければ、暴走した戦車かと思うほどだった。


 彼は突然私を抱きしめ、私は死にかけた。


 彼の致命的な抱擁で息が苦しく、周囲の人に向かってこう紹介していた。「こいつは俺の弟子、渡辺悠人だ。」


 私は無理やり笑顔を作ったが、誰も私のことを知らなかった。


 顔が熱くなった。酸欠のせいか、久しく誰かに誇らしげに見られていなかったから、恥ずかしさを忘れていたのかもしれない。


「……もういい、師匠。」


 私は必死に解放されようとしながら、お世辞を言った。「名師は高徒を生むって言うけど、功績は全部俺のものじゃないよ。」


 それを聞いて、目の前の筋骨隆々の大男の目に涙が浮かんだ。


「まさか、師匠、そっちのメンタルも弱いのかよ!」


「弟子がそうなら、師は何も望まん。」


「師匠!」


「追加練習だ!今日こそ満足させてやる!」


 師匠の熱意に押されて、私は断る余地がほとんどなかった。


 本当に、余計なことを言わなければよかった。


 今回はいつもと違い、室内で型や動作を覚えるのではなく、重りを背負って長距離走だった。


 競技場は複合施設で、居住区や訓練施設、広い敷地もある。


 今、私は師匠を背負って走っていた。


「呼吸のリズムを意識しろ。」


 言うのは簡単だな。まず俺を降ろしてくれよ。


「試合前は技術の向上が急務だったが、今は基礎体力の強化が目的だ。」


「武道家として、師匠みたいにムキムキじゃなくても、少なくともたくましくあるべきだろ?」


 私は師匠のベッドを壊すほどの巨体を思い出し、頭をその上に押し付けて冷や汗をかいた。


「心配するな、今の均整の取れた体型には満足している。」


 何周か走り続けて疲れたが、この過負荷トレーニングは確かに効果的で、身体の潜在能力を最大限に引き出せている気がした。


 黒牙流呼吸法も効いているのかもしれない。


 最も分かりやすい変化は、師匠を背負うのから大木を担ぐのに変わり、息切れがなくなり余裕が出たことだ。


「まさに驚異的だ。お前は化け物か!」


 師匠だけでなく、周囲の者も私の変化に驚いていた。たった午後だけの成果だというのに。


「さあ、下ろせ。薬湯を用意してある。」


 そう言われて、大木を地面に放り投げると、長時間握っていた場所は皮が剥けて二つの手形がついていた。


 大木は転がってほこりを舞い上げた。


 汗で服がびしょ濡れだったので、素早く脱いで、師匠の作った薬湯に飛び込んだ。リラックスすると思いきや、じわじわと刺すような痛みが襲ってきた。


「師匠、これって家の掃除をするつもりですか!?」


 そう思うのも無理はない。これは刀や剣による痛みではなく、虫が毛穴から身体の中に這い入るような痛みで心底痛むのだ。


「我慢しろ、これは秘伝の薬だ。皮膚の強さが増す。貴重な薬草だから途中で投げ出すな。」


 言いながら、この老いぼれは浴槽から出ようとする私を押し戻した。


「師匠、あなたも入ってみませんか?」


 師匠の言葉は半分しか信じていなかった。秘伝の薬は本当だが効果は怪しい。私は強靭さは感じないのに、全身がだるくて筋肉がむくんでいた。


「これは私の師匠から伝わったもので、当時は大金があっても売らなかった。」


「師匠、舌の調子はどうです?」


「どういう意味だ?」


「嘘つくと舌がもつれるって意味さ。」


 話そうとしたところで、周囲が騒がしくなった。


 好奇心は誰でもあるものだ。私も例外ではなく、人だかりの視線の先を見た。


 息を止めそうな光景が目に入った。


 それは美人だった。人間離れした美しさ。


 清潔で端正な薄紫のワンピース、漆黒の長髪、雪のような肌、冷ややかな目が群衆を見下ろすが、嫌味はなく、彼女だけの誇り高く冷淡な雰囲気を纏っていた。


 軽やかな足取りで歩いてきて、その優雅さは言葉にできなかった。


 だから皆がぽかんとした顔をしていたのか。私も例外ではなかった。


 現実に打ち砕かれたはずの心が、彼女を見て突然鼓動し始めた。


 これが恋というやつか?


 いや、冷静に。顔だけじゃなくて、魂や性格、価値観が重要だ――でも、やっぱり好きだ!


 ……違う、彼女は私に向かって歩いてきた。


 これが俺の魅力か?毎日女の子とイチャイチャする生活が始まるのか?


 そう思った矢先、彼女が言った。


「あなたが父が最近迎えた弟子?」


 清らかで心地よい声は春の最後の雨のようだった。


 私は目を見開いた。


 父?弟子?


 急いで荒木鉄斎を見ると、彼は娘の前で巨大な体をまるで丸く縮めているようだった。


 父親が娘に怖がられている?驚いたのはそれだけでなく――


 荒木鉄斎のような男がこんな美しい娘を持つなら、その妻は天女のような人だろう。


「はい、えっと、渡辺悠人です。あなたは?」


「荒木絵里子です。」


 この世界に来てしばらく経つが、ここの人の名前は欧米風か日本風ばかりで、本当に変だ。


 その時、荒木鉄斎が恥ずかしそうに近づいてきて、慎重に言った。


「絵里子、今日ご飯を作ったんだ、一緒に食べないか?」


 なんだって?これがあの厳しい師匠か?こんなに弱腰なのは初めて見た。


「いいえ、弟子に会いに来ただけです。」


 彼女は高原の雪蓮のように冷たく言い、振り返って去っていった。残るのは香りだけ。


 その迫力に周囲の人は道を空けた。


 私は呆然と彼女の背中を見つめ、関係を断つのは忍びなかった。


 荒木鉄斎はため息をつき、私に向き直って言った。


「薬湯が薄くなった。出てこい。」


 私は振り返り、


「ねえ、本当に娘さんなの?」


「何言ってるんだ?間違いないよ!」


「怪しいなあ~」服を着ながら隣に寄って言った。「でも娘さんのこと教えてよ!」


 私の好奇心は止まらず、師匠の困った顔からも多くを読み取ろうとした。


「俺のことは気にするな。」


 荒木鉄斎は悲しそうに私を見つめ、不安を与えまいとした。


「お前、自惚れるなよ。娘のことだ、好きなことや誕生日、サイズまで全部教えろ。」


「なに!」


 顔が真っ赤になり、何かを悟ったようだが、結果は明白だった。けどあえて聞いた。


「娘を口説きたいのか?」


「ダメか?」


 私は日本の若者で、百本以上のギャルゲーを攻略してきた。女の子を落とすのは朝飯前だ。


「もちろんダメだ!!」


 彼は叫び、つばが私の顔に飛んだ。そこまで熱くなるか?


「師匠、父娘仲直りしたくないの?家族団欒は?」


 私は囁くように誘惑した。


 その言葉に、荒木鉄斎は遠い目をし、良い夢を見ているようだった。


 私は慌てず、彼が我に返るのを待った。


 しかし彼は眉をひそめ、娘は触れてはならぬ逆鱗だと宣言した。どんな者でも、得意の弟子でも許されない!


「どうしたらいいんだ?頼む、父娘が仲良くなる方法を教えてくれ。」


 師匠はあまりに操りやすい。


 もし私が絵里子と結婚すれば、師匠は私の言いなりになるのだろうか?


 そんなことは口にできず、しぶしぶ言った。


「昔、仏陀が肉を切って鷹に与えたように、今の俺は色仕掛けだ。俺と娘さんが結婚すれば、師匠と絵里子さんの確執も解消できる。」


 それが方法か?


 荒木鉄斎は私を上から下までじっくり眺め、白すぎる肌、小柄な体、どこも娘に釣り合わないと言った。


 でも、それしか方法がないようだ。


「わかった。」


 荒木鉄斎は歯を食いしばり、嫌々ながら「娘の情報は全て教えてやる。」と言った。

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