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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
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相手は毒液を吐く巨大ナメクジでした

 ここ数日、闘技場の全員が噂していた。


 あの荒木鉄斎が十数年ぶりに弟子を取った――しかも、相手はやけに整った顔立ちの少年だった、と。


「まさか老いぼれたか?」「あんなヒョロガリに惚れるなんてな…」

 そんな声も聞こえてくるが、当の本人である“ラッキーボーイ”は、自分がすでに周囲の注目と妬みの的になっていることすら知らず、今日も汗だくで拳を振るっていた。


 額から頬へ、滴る汗が白い肌を濡らし、地面には水たまりを作っていた。周囲と違い、彼の足元だけやけに色が濃い――どう見ても、汗で床が染みていた。


 拳を木柱に叩き込む。ひとつ、またひとつ。

 痛み? そんなのもうとっくに麻痺した。

 心の中ではこう叫んでいた。


(くそっ、なんで俺が武道なんかやってんだよ!? 本来なら魔法学院に入って、天賦の才で女に囲まれて、財も名誉もゲットする人生じゃなかったのか!?)


「いやぁ、いい素材だ。弟子にして正解だったな」

 そんな俺の内心なんて露知らず、荒木鉄斎――師匠は嬉しそうに言った。


「黒牙流は確かに剛拳で知られてるが、型にはまる必要はない。一番大事なのは“ぶっ殺してやる”っていう意志、そして“一撃必殺”の覚悟だ」


「わかってるよ師匠! 俺の意志、今まさにあなたにぶっ壊されかけてますけど!」


 こんな元気なく言いたくもなる。

 何日も続くゴリゴリおっさんのスパルタ稽古に耐えられるか! 体力はギリギリ持っても、精神が限界なんだよ!


「ふんっ! 小僧、そういう口を聞くのが気に食わん!」


 不意に怒った師匠が、回し蹴りをかましてきた!

 ドゴォッ!!


 俺は壁に叩きつけられる。曰く「打たれ強さを鍛えるため」らしいが、どう見てもこの前の俺の投げ技の報復だ!


「今のうちに鍛えとかねえと、お前すぐに闘技場に出ることになるからな。お前が死ぬのは構わんが、師匠の俺の顔に泥を塗るんじゃねえ!」


「えっ!? 闘技場!?!?」


 床に崩れたまま、俺は師匠の脚に抱きついた。


「師匠、マジで勘弁してください! 俺まだ若いんです! 死にたくないっす!」


「ったく……お前、情けねぇな。男なら腹括れ!」


 師匠は呆れた顔で言ったが、続けて静かに告げた。


「悠人、お前の実力はもう十分通用する。足りないのは――自信だけだ」


(自信、か……)


 俺が闘技場に出たくないのは、自信がないからじゃない。

 この数日で、俺はこの“闘技場”という場所の裏側を十分に知ってしまった。


 ここは表向きこそ合法的な娯楽施設とされているが、実態は――金、血、そして権力が渦巻く屠殺場。


 この場所を支えるのは、たった一つの原理だ。


 《賭け》。


 奴隷同士の殺し合い、魔物との死闘、人と獣の混戦――すべては金を賭けるための見世物。


 死ぬほど苦しんだ方が盛り上がる。血が飛び散るほど金が動く。

 強ければスターになる? 違う。目立つほど「調整された試合」で殺されるだけだ。


 唯一の生存ルートは、師匠みたいに運営の一部になること――

 それだけが、死の輪から逃れる方法。


 だから、普通の神経をしてるなら、誰だって闘技場には出たくない。


 でも、師匠はそんな俺の懇願など聞く耳持たず、月日は流れて――


 秋が来た。


 農民たちの収穫が終わり、貴族も課税を終え、皆の財布に少し余裕ができた頃、

 人々は“娯楽”を求めて再び闘技場へと足を運ぶ。


 暴力とギャンブルは、いつの時代も人の欲望をかき立てる。


 そして、闘技場の開幕だ。


「レディーース&ジェントルメーンッ!!」


 魔法拡声石で増幅された司会の声が、鼓動のように空に響き渡る。


「本日! 新たなファイターがデビューします!!」


 通路の奥、俺は面で顔を隠しながら震えていた。

 けど行かねば。もう、逃げられない。


 一歩、また一歩と進み、目の前が開ける。観客席は満員。


「お、あれが鉄斎の弟子?」


「顔だけじゃねーか、あんなガリガリじゃすぐ死ぬわ」


「いやいや、もしかして客寄せパンダかもよ?」


 笑い声、やじ、冷笑。全部聞こえる。

 でも俺は、深呼吸して拳を握った。


(俺は精霊に選ばれた男。生命のギフト持ち。黒牙流の継承者。負けるわけにはいかない!)


 だがその直後、鉄格子がゴゴゴッと上がる。


 ブワッと襲ってくる鉄臭と悪臭。そして現れたのは――


「っ……おいおい、反則だろ!?」


 出てきたのは、灰緑の外殻と腫瘤に覆われた、巨大なウネウネ野郎。


 “毒黄蠕虫”――そう呼ばれる魔物だった。


 司会の声がまた響く。


「南西の腐毒地帯からやって来た変異魔獣、毒黄蠕虫! その腐蝕性の唾液に触れれば、骨すら溶けるぞォッ!」


 観客は沸き上がり、興奮は頂点に達する。


(マジかよ……こんなの、黒牙流じゃ対処できねぇだろ!?)


 逃げられない。やるしかない。


「ふぅ……落ち着け、悠人。お前はチート持ちの転生者だ。絶対に勝てる……!」


 そう自分に言い聞かせた、その刹那――


 シュバッ!


 飛んできた緑の液体が、目の前をかすめた!


「チッ、危ねぇ!」


 俺は地面を転がり、ぎりぎりで腐食液を回避。


 背後では「ジュウウッ」という音と共に白煙が立ち、石床が溶けていた。


「おっ!? 今の反応、悪くねぇぞ!」


「いやいや、あと三手だな、骨スープ行きだ!」


 観客が盛り上がる中、俺は考えた。


(こいつ、目が見えてない? ……匂いで追ってきてるのか)


 チャンスだ。


 俺は舌を噛み、血を吐き出して背後の壁にぶつけた。


 血の匂いを嗅ぎ取った蠕虫が、反応し口を開く――


 来た!


「黒牙流――断頸撃ッ!!」


 ドガァン!!


 拳が柔らかい首元にめり込み、肉が破れ、黄緑の体液が弾けた。

 俺の腕も衝撃で痺れるが、拳の衝撃は内部にまで届いたはず。


 ギィイィ……と蠕虫が悲鳴のような音を発し、崩れ落ちる。


(……次は、俺の番だろうか)


 死骸の横で、俺はぼんやりそう思った。


 そして――


「勝った! あのガキ、本当に勝ちやがった!!」


「黒牙流、やっぱ殺拳だな!!」


 歓声が沸き起こり、会場は歓喜に包まれる。が――


「……あれ? あいつ……何してる?」


 静寂。


 誰もが見た。


 蠕虫の死骸の隣で、俺が――それを喰っていた。


『毒黄蠕虫を捕食した。スキル【毒嚢】を獲得しました。

 ――体内に毒嚢が形成され、毒液を分泌できるようになります。』

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