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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
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武道家

 

 そんな恐ろしい状況に直面して、エリーは角に縮こまり、小さな身体をぎゅっと抱え込んで震えていた。瞳孔は恐怖で揺れている。


「やだっ!つかまないで!!」


 言葉は届かない。太い腕が鉄の鉗子のように彼女を捕らえた。


 エリーは叫びながら必死に蹴り、引っかいたが、二人の大男には敵わない。必死の抵抗も虚しく、足を引きずられながら引きずり出された。


「やめろっ!子供に何をするつもりだ!!」


 誰も答えない。他の奴隷たちは青ざめ、目を伏せ、祈る者もいたが、誰一人として動こうとはしなかった。


 男二人と、少女一人。


 エリーがこのまま連れていかれたら、どんな目に遭うのか……想像もしたくない。


 彼女にした約束を思い出す。


 ――絶対に、こんなことは許さない!


 奥歯を噛みしめ、手錠を絡ませて力いっぱい引きちぎった。


「このクソ野郎どもが!」


 ゴンッという鈍い音。


 俺の額が顎髭の大男の顔面にクリーンヒットし、地面に倒れ込んだ。次の瞬間、そいつの腰に差してあった短剣を抜き放つ。


 シュッ――


 温かくて粘つく血が噴き出し、顔を濡らす。鉄の臭いが鼻を突いたが、不思議と頭は冷静だった。


 すべてが一瞬の出来事。もう一人の男がようやく剣を抜こうとしたが――


 遅い。


 返り血に濡れた短剣を投げつけ、喉元に突き刺す。叫ぶ間もなく、奴は崩れ落ちた。


 騒ぎを聞きつけて、さらに多くの兵士たちが駆けつけてくる気配がする。


 ――もっとヤバいやつらが来るぞ。


「何してんだよ!早く逃げろ!!」


 俺の叫びに、奴隷たちがようやく我に返る。


 自由を求めるのは人間の本能。彼らは檻を飛び出し、四方に逃げていった。


 怯えきったエリーの手を取って、カロの背中に乗せる。


「連れて行け、エリーを守れ!」


「お、お前は……!?」


「俺が時間を稼ぐ!!」


 そう言い終える前に、遠くから兵士たちの怒声が響く。


「全員動くな!!」


 俺は再び短剣を拾い、血まみれの手で構え直す。


「かかってこいよ、クズどもが!」


 馬のいななきと怒鳴り声が、まるで戦場の合奏。


 指の隙間から血が滴る。それが誰のものか、もうわからない。


 頭がふらつく。殺しの感触と、ありえないほど鋭くなった感覚に、俺は混乱していた。


 視覚も聴覚も、反応速度も、明らかに今までの何倍も鋭くなっている。


 数人の兵士が、目を血走らせながら襲いかかってきた。


 短剣を握り直し、ひとりを斬り倒す。


 ドン!


 脇腹に銃床がめり込み、数歩よろけたが、それでも踏みとどまる。


「どけぇっ!!」


 怒鳴りながら、もう一人を叩き伏せる。


 その時、林の方へ逃げていく影が見えた。エリーとカロだ。


 ――逃げ切ったか……よかった。


 だが、運の悪い者もいた。


「うわあああっ!」


 奴隷たちの一部が、林の手前で囲まれていた。


 助けに行こうとしたその時、背後から体当たりされ、地面に叩きつけられた。


「この野郎、動くな!」


 首元に剣を突きつけられ、抵抗をやめる。


 視界には、連れ戻された逃亡者たちの姿。


 だが、その中にエリーの姿はない。


 ――それだけでも、救いだ。


「こいつを縛っておけ!明日、街へ連れて行く。高く売れるぞ」


 生き延びたことに安堵した瞬間、誰かに髪をつかまれ、頭皮が裂けるかと思った。


「親分、こいつ殺しましょう!仲間の仇です!」


 横目で見ると、さっき俺を斬ろうとした男だ。


 足でそいつを蹴飛ばして、地面に転がす。


「ぶっ殺してやる!」


 鋭い金属音と共に、剣が振り上げられる。


 ――願わくば、痛みを感じる前に終わってくれ。


 だが、その瞬間――


「ゴッ!」


 剣が止まった。目を開けると、黒皮甲の男がそいつの手首を掴んでいた。


「こんな逸材を殺してどうする。代わりにお前が売られるか?」


「でも、仲間を殺したんですよ……!」


「わかってる。だが、これ以上の損失は出せない!」


 ……


 こうして俺は再び牢に放り込まれた。


 今度は番までつけられてる。そんなに俺が怖いのかよ?


 白目を剥きながら呟く。


 ――タコなら細い隙間からでも逃げられるらしいけど、俺、食べたことないから触手は生えないんだよな。


 ……


 馬車の揺れで目を覚ます。


「寝てんじゃねぇぞ、怠け者ども!」


 乱暴な男が俺たちを引きずり出した。


 もうここまで来ると、逃げ出そうとする者もいないと判断されたのか。


 都市はにぎやかで、人混みにさらされた途端、顔がカッと熱くなった。


 俺たちの手錠は一本の縄で繋がれ、例の斬ろうとした男が先頭を引いて歩いている。


 ――現代人としての尊厳はズタボロだが、俺にはまだ希望がある。


 そう、買った相手さえ選べば、脱出なんて造作もない。


 マーケットに着くと、買い手たちが次々と近寄ってきた。


 じろじろ見られ、ヒソヒソ話され、値段をつけられる。


 鞭で服をめくろうとするやつもいれば、俺の周りをぐるぐる回るやつもいた。


 ――目立ってるのは俺と、もう一人の背が高くて黒い肌の男。


「お、こいつ、顔もまあまあだし……」


「色白で野性味があって……へへっ」


 下を向き、何も聞こえないふりをする。だが、手の指が白くなるほど力が入っていた。


 その時。


 黒革の甲冑を着た、でかくてごつい男が声を張った。


「うちの闘技場で勇士の世話役が足りなくてな。こいつ、ちょうど良さそうだ」


 その声は大きくないのに、周囲を黙らせるほどの威圧感があった。


「ふざけるな、入札だろ!10銀レイル出す!」


 太っちょの商人が声を上げた。ナイス、デブ!


 俺としては、太った商人の家に売られてから逃げるほうがずっと楽だった。


 だが次の瞬間、売り手の顔が歪む。


 軽蔑ともとれる笑みを浮かべ、あっさり言った。


「売った、闘技場の方に」


 黒革男に引き渡され、俺は連れて行かれた。太っちょ商人は怒りで震えている。


 振り返ると、売り手の目にあったのは――復讐の快感。


「仲間の仇ってことか……いいさ。やってやるよ」


 ……


 闘技場に到着。


 湿った石壁、鉄の枷、汗と鉄錆と微かな血の匂いが混じる空気。


 まるで、生き物の胃袋の中みたいだ。


「鎖を外せ」


 黒革の男の命令で、手下が力技で手錠を引きちぎる。


 力こそパワー……?


「まずは洗え。それから服を選べ」


 まるで肉に塩振るみたいな言い方だな。


 風呂は冷たい石の浴槽、水はお世辞にも綺麗とは言えない。


 汚れを落としながら、施設の構造、警備の人数、脱出経路を思考。


 ――なんだよ、精霊とか能力とか、全部クソだ。


「おいこら、いつまで洗ってやがる!買ってきたのは見物用じゃねぇぞ!」


 鼓膜が震えるほどの怒鳴り声。


 俺はタオルを投げつけ、派手に水しぶきを上げた。


「うるせえよ!」


 適当に服を着て、濡れた髪を垂らしたまま外へ出る。


 そして、目の前の黒革男をにらみつけた。


「オッサン、金を無駄にしたくなきゃ、俺をちゃんと扱えよ?」


 一瞬、彼はぽかんとしていた。


 そして――


 拳が飛んできた。


 瞬間、体が熱くなる。


 世界の時間がスローモーションに変わったようだった。


「遅い!」


 俺はその拳を軽々と受け止め、腰をひねって全身の力を使った。


 投げ技――肩越しに大男を地面に叩きつけた。


 ドゴン!


 土埃が舞い上がり、彼が呻き声を上げた。


 どうだ、まいったか。


 だが、すぐに爆笑が響いた。


 え、頭打っておかしくなった?


 彼は倒れたまま笑いながら言った。


「まさか、顔だけの男娼を買ったつもりが……戦士だったとはな!」


 ……男娼!?


 お前、真面目そうに見えて最低だな!


「男娼になれって言うなら、客全員ぶっ殺してやる!」


「いや、そんなもったいないことはしないさ。俺が鍛えてやる。お前を立派な武道家にしてやる!」


 ――武道家!?


 一瞬の沈黙の後、俺は思わず笑った。


 胸の奥に、久々に軽い気持ちが広がっていった。


「いいね、それ!」


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