あしからはじまるちゅうせい
部屋に入ると、そこには一人の老人がいた。長く待っていたのか、彼はうたた寝していた。
……なんだ、年老いた貴族が若い召使いを欲しがってるだけか?もしかしたら跡継ぎがいないとかで、オレを養子に——なーんて妄想しながら、オレは彼の顔を覗き込む。顔色は白く、髭はまばらで、シミが目立つ。
「おい、起きて!」
「ん……」
肩を揺すり、声をかけると、ようやく目を覚ました。
「若造、起こしてくれたのはお前か?」
「はい、お爺さん。もしかして、あなたがオレのご主人様ですか?」
「コホン、違う。ワシもただの召使いだ……」
「おいジジイ、ここをどこだと思って寝てやがる?自分の家のソファとでも?枕とスリッパも欲しいのか?毛布でもかけてやろうか?」
「……ワシはお前を新しい主のもとへ連れていく役目でな」
「その……さっきのは全部誤解です!口が滑っただけで、本当は心の底から年長者を尊敬しておりまして——特にあなたのようにご立派な方は!」
「……」
「ご案内いただけますか?ご年配ですし、腕を貸しましょうか?肩を揉んだり腰を叩いたり、お水でもお持ちしましょうか?」
「必要ない、行くぞ。主をお待たせしてはならぬ」
口調が明らかに怒ってる……しまった、初対面で印象最悪じゃねえか!下手すりゃ主にチクられて、屋敷の隅っこで一生庭掃除なんてオチも……
不安なまま監獄を出る。けれど、やがて目にしたのは、つややかな石畳の大通り、そして壮麗な王宮の門だった。門には金色の浮き彫りが施されている。
……おいおい、王宮ってどういうことだよ。
ちらりと老爺を見るも、彼は落ち着き払って歩き続ける。衛兵も一礼するだけで誰も咎めない。どうやら常連らしい。
まさか、オレの新しい主って……王様!?いやいや、まさか。上級貴族か?それでもおかしい。王の間近に住むなんてありえない……じゃあ、まさか本当に王様!?
……オレの若くしなやかな肉体が目的か!?ま、まさかね……
喉がごくりと鳴る。恐る恐る聞いてみた。
「ご主人様……いや、王様って、どんな方なんですか?」
「おお、我らの陛下は慈悲深く、その恩恵は国中に行き渡っておる。すべての民がその長寿を祈っておるのだ」
国中ねぇ……オレはその“民”に入ってないみたいだけどな?
ようやく一つの部屋の前に辿り着いた。老爺がノックをする。オレの心は、不安と期待が交錯する。
そして——
扉が開く。
太った貴族でもなく、老いた王様でもない。
そこにいたのは、絵本から抜け出したようなロリ姫だった。
透き通るような肌、ふわふわした金髪、宝石のように輝く瞳。その瞳が、まっすぐオレを見ていた。
やべぇ、心臓持ってかれそうだった……!
「姫様、彼を連れてまいりました」
「あなたがあの拳王を倒したという奴ね?全然大したことなさそうじゃない」
まるで偽物を掴まされたみたいな顔!でもまあ、姫様だし、このくらい横柄でも……かわいい。
「姫様、昔からこう言います、人は見かけによらぬもの——私は見た目はひ弱ですが、実際に拳王を打ち倒した事実がございます。それが何よりの証でしょう」
よし、完璧。これで少しは印象良くなったはず……
「ふん、どうせ返品できないし」と不満げに呟くと、くるっと踵を返してベッドに飛び乗った。
「奴隷、こっち来て、腰が痛いからマッサージしなさい」
まさか、ここが……姫の寝室!?
「姫様、それはいくらなんでも——上下のけじめが……」
「あら、堅いわね!」
「まずはこの奴隷に制御魔法を施すべきかと。裏切られては大変ですから」
てめぇえええ老害!!てっきりいい人かと思いきや、ここで落とし穴仕掛けてきやがったな!?義憤面すんな、こっち見ろコラ!
オレは思わず睨みつけた。
「制御魔法、ですか……」
姫はベッドの縁に手をつき、頬をぽりぽりかきながら、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「……まだ、できないの」
「なっ!?魔法の先生に教わったばかりじゃ——」
「なによ、それって私がバカだって言いたいの!?出てって!この者の忠誠心は私が見極める!」
姫、けっこう短気だな……今後の発言には気をつけないと。
「では、後日魔法教師を呼び、制御魔法を——」とだけ言って老爺は退出。つまり、ここからは姫と二人きり。
……制御魔法。名前だけで十分ヤバそうだ。お願い、姫様、どうか助けて——
ガンッ!
突然、物が顔面にぶつかった。痛ぇ!何だよこれ——靴?
「命令するんじゃないわよ。高い金出して買ったから許してるけど、さもなきゃ蹴り飛ばしてるところよ!」
ど、どこの姫だよ、そんな下品な言葉……!
「何してるの?拾いなさいよ、奴隷。あなたの奴性はどこいったの?」
言われるがまま、オレはその華奢な靴を拾い上げ、両手で恭しく差し出した。
姫は満足げに微笑みながら、靴を履こうとせず、スカートの裾をひらりと捲り上げる。そして、その白くて小さな足を、つっとオレの鼻先に差し出した。
まるで雪見だいふくみたいな……
「いい?奴隷に大事なのは忠誠と服従。じゃあ、舐めなさい」
目の前に差し出された足。
白い足の甲には青い血管が透けて見え、足裏はふんわりとした桜色——間違いなく、甘やかされて育った人間の足だ。豆ひとつない、柔らかそうなその足は、ピンと張られたことで美しい足のアーチを描いていた。
やばい、目が離せない……。
微かに震える五本の指を見つめていると、ふと頭に浮かんだのは、日本の田舎で食べた団子の記憶だった。
柔らかく、白くて、もちもちで——
「どうしたの?ためらってるの?これは忠誠のテストよ。嫌なら首を刎ねるけど?」
忠誠のテスト?むしろこれは……入社祝いじゃないか?
全然、屈辱じゃないし!こんな可愛い足だぞ!?
「……承知しました、ご主人様」
オレは身をかがめ、彼女の足をそっと手に取った。真下から見上げると、まさに“上から目線の姫”そのもの。
いや、間違いなくその通りだった。
——口を開け、舌を伸ばす。
柔らかく、すべすべで、予想していたような匂いは一切なく、微かに汗の甘みが混じっていた。それはまるで、雪見だいふくのような感触だった。
「ちゅ……ぺろ……ここも、忘れずにね……」
「ん……ふぅん……」
……なにかおかしい。オレ、今——味わってる!?
ちらりと姫を見上げると、彼女は目を細め、指を口元に当て、吐息を漏らしていた。
「ふふっ、慣れてるのね?もしかして足フェチ?」
ヤバい、そう思われたら印象悪い!
オレは必死に脳内フル回転し、態度を装う。
「姫様の命令でなければ、こんな屈辱的なこと……!」
姫の足を離し、キリッとした顔で言い放った。
「ふん、下賤の者のくせに」姫は無造作にオレの服で唾液を拭いながら言った。「言うことを聞かなかったら、またこの屈辱を与えてやるから」
「……士は、殺されても辱めには屈しないものだ!」
——イエス、フットフェチ大勝利!
いや、違う!オレは足フェチなんかじゃない!
「ふーん、意外と知性あるじゃない。名前は?」
まさかこんなことで姫様に気に入られるとは思わなかった。これは……まさか本当に成り上がりのチャンスか!?
「つまらぬ名ですが、渡辺悠人と申します」