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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
23/26

風よ、俺をここから連れ出してくれ!

 木の幹に座るあの少女をぼんやりと見つめていた。彼女は満足そうに軽やかに素足を揺らしている。


「どうやら成功はしなかったみたいね」


「やれるだけやったんだ。あいつは貴族だの威厳だのと言って、自由をあっさり手放しちまったんだ。俺を連れてってくれ!俺のほうが、自由の尊さをよくわかってる!」


「……ちょっと待って」彼女は首を振った。白い髪が風に揺れる。「あの子を助けたのはね、第一に、あの家とは昔から関係があるから。それと、彼は私の弟子だから……」


「俺だって、妹弟子にしてくれ!」


 それは──絶対にダメだ。自由のチャンスをただ見逃すわけにはいかない。


「弟子はね、私はかなり厳しいのよ。それに、ペアで行動するのは得意じゃないし。だからごめんね。でも、もし出所してまた私に会えたら、そのときは考えてあげる」


 彼女は服の裾を軽く木の幹に擦りつけると、立ち上がった。そのしぐさは、俺の失望を少しでも和らげようというようだ。


 これは慈悲?──と思いきや、歯をギリッと噛みしめた。くそったれ、あの女め……お前の口約束なんざいらねぇ!いつか俺が強くなれたら、今日のこの決断を後悔させてやる。


「名前を聞かせてくれ!」


 彼女の魔法を放つ仕草がぴたりと止まった。俺を訝しそうに見つめる。


 ──まさか、出所したあとで本当に俺を探しに来る気か?


「私には名前がないの。正確に言えば、風の魔女は代々、同じ名を受け継いでいるの——シルフィア。愚か者のように呼びたければ、“災厄の風”と呼んでもいいわ」


 そう言うと、木の枝にかかっていた魔女帽子を手に取って伸ばし、かぶる。


「そろそろ──お別れの時間ね……」


 風が再び吹きすさぶ中、彼女は消えた。──名前の如く、神秘的で気品があり、冷たくて、掴みどころがなかった。


 心がぽっかりと空いた。まるで屍のように牢屋へ戻った。


 ───


「悠人、戻ったか?あの女、何か言ってたか?──おい、てめぇ、殴ってきたのか!?」


 戻って意識がはっきりすると、トムが床に転がり、脱臼した顎を押さえながら呻いていた。まったく、俺の無意識が暴走したようだ。本来なら謝らねばならない場面だ。なのに妙に嬉しい自分がいる。だが、表情は心配そうにしながらトムを起こす。


「大丈夫か?悪かった、最近ちょっとな……」


「……いや俺……保健室に……」


「我慢して、今連れてってやる」


 痛みに顔をこわばらせても言葉を続けるトムには感心した。行動に移す──彼を支えながら保健室へ向かう。場所を知っているのは、トムが怪我回数の多い常連だからだ。


 保健室へ向かう途中、錆と湿ったカビの匂いが漂う。整った監獄施設に驚く──これなら十年くらい平穏に過ごせそうだと考えていた──そのとき、背後で風が止んだ。


 ──パシッ!


「うぁ──っ」


 後頭部に強烈な衝撃。大槌でも振られたかのように意識が飛んだ。支えを失い、トムまでよろめく。


 朧げな意識の中で聞こえる罵声。


「こいつ、また余計なことしやがって……」

「尖った奴は潰さないとな……」


 ──どこかで拍手音。


 目を開けると、髭面が間近に。驚き飛び起きる。気づくと椅子に縛りつけられていた。動けない。


 顔を近づけていたのは、威厳ある制服を着た男──看守長らしい──だ。場所は牢屋ではなく、窓から光が差し込む豪奢な個室──どうやら彼の執務室だ。


 頭痛と首の硬直が気になりながら、恐る恐る視線を上げる。


「起きたか」


 声は重く、石板の亀裂から漏れ出るような響き。


「え…あなたは?」


「監獄長のレオン・バグだ」


 思わず唾を飲み込む──大した地位だ。


「…いったい何の用ですか?」


「お前──買われたんだよ」


 俺は固まる。


「何の意味だ…?」


 彼は金糸の封蝋がしてある文書を手に取り、静かに掲げる。


「正当な手続きで、多額の金を払って“お前”を買った奴がいる」


 ──買われた…俺が?


 思考が一瞬止まり、火山のように興奮が湧き上がる。


「最高だ!!やっと俺の価値に気づく奴が現れた!」


「……」監獄長の声が低く響く。


「口を閉じろ」


 威圧的だ──廊下でも吸引力を感じる。


「外へ出る気など起こさないほうがいい」


 彼は一歩前に出て、俯きながら口元に不気味な笑みを浮かべた。


「お前…どういうつもりだ?」


「選択肢は二つだ」指を二本立てる。「一つ──買い手を断ってここに残る。安寧と牢飯の日々を続ける。二つ──外へ出る。ただし、お前の可愛い同房者──トム・ダーシーが、トイレで『事故死』するぞ」


 ──俺は呆然とした。


「狂ってるのか?これは脅迫じゃないのか!」


「選択肢だ」レオンは身を乗り出し、目の前で囁く。


「俺は尖ったやつを嫌う。奢った奴も嫌いだ。お前の運命は既に決まっている。誰も変えられない」


 深呼吸し、黙った。言葉からすべてが読み取れる。


「フィードが裏で糸を引いてるのか?」


「俺は頭の良いやつが嫌いだな、奴隷なんてなおさらだ」


 ──やっぱり。


「どんな脅迫でも俺は──第三の選択を選ぶ。それは自由だ」


 その言葉とともに、全身に力を込めて縛を断ち、立ち上がる。目線で見下ろすように構える。


「商品扱いされるのは癪だけど、買い手だって相当の権力者に違いない。でなきゃ今ここで口説きに来る理由もない。そうですね、監獄長殿」


 鋭い目つきが彼を射抜く。小心者なら失禁しかねない。俺でさえ凍りつく。最後に彼は目を閉じ、腰の大鎌に手をかけた──殺意ではない。俺が自分の意思を示したから、抑制可能だと確認しただけのようだ。


「才覚とは驚きだな……だが、トムはどうする?お前が本気なら奴を見殺しにできるか?」


「彼は貴族だ。伯爵家の子弟だ」


 ──それに対し彼は無言で長く視線を合わせた後、ようやく溜息交じりに言った。


「向こうの右の通路──三つ目の部屋へ行け。お前の“主”が待っている」


 “主”──その響きに強い皮肉が込められていたが、今の俺にはもう気にならない。俺が望むのはただひとつ──この監獄を出ることだ。奴隷にされようと、喜んで飛び込む。


 ドアを開け、全力で走った。


「さらばだ!」

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