牢屋で出会ったのは、ぽっちゃり貴族と弟子志願!?
ガシャン!
牢の扉が開くと同時に、背後からドンと押されて、俺は床に倒れ込んだ。
「……乱暴だな、おい!」
体を起こし、ちょっと埃のついた服をはたきながら、俺はそのままベッドにごろんと横になった。目を閉じて眠ろうとする。今の俺にとって、それが最高の癒しだった。
昔の俺なら、こんな扱いをされたら即座に仕返ししてた。でも今はもう、どこにもぶつけようのない倦怠感が体中に広がっていて、戦う気も、抵抗する気力も湧いてこなかった。
このまま眠ろう、世界が終わるその日まで――。
……と、突然肩がガシガシ揺さぶられた。一回、二回、三回……いや、これはもはや卵をかき混ぜてるレベルじゃないか。
無視した。
でも、揺れはどんどん激しくなる一方。
……おいおい、俺が起きないってことは、眠りたいってことぐらい察してくれよ……。しつこいな!
仕方なく目を開けると、そこにはあのデブ野郎の顔があった。顔の肉が全部中心に集まったみたいに潰れてて、「退屈」って書いてあるような顔だった。
「お前、なんで戻ってきたんだ?」
「眠いから帰ってきたに決まってるだろ!」俺はゴロッと寝返りを打つ。
「いやいや、ここ牢屋だぞ? えーと……つまり、何年の刑なんだ?」
「長くて短くないよ。要するに、大人になるまでここにいることになるってこと。」
「うわ、それは……なかなかだな。」
そう言って、彼はまるで一人の少年がこの退屈な牢の中で青春を終えるのを惜しむように、ため息をついた。その後、彼もベッドに戻って眠り始めた。まあ、ここでは寝ること以外にやることなんて、マジでないからな。
初日はいつもつらい。俺はベッドの上でゴロゴロ転がりながら、もし後悔薬なんてもんがあるなら、あの毒スキルなんて絶対取らなかったのに……って思った。
それにしても、牢屋に入れられたら、もうひたすら耐えるしかないのか? 上訴とかできないのか? いや、それが無理でも、他に方法はないのか?
俺は現代人だぞ。脱獄方法くらい考えろ!
人間って一つのことに集中すると脳がフル回転して、思いもよらないアイデアが浮かぶって言うしな。
で、俺は思い出した――『ショーシャンクの空に』!
壁を掘って脱獄するってのもアリじゃないか? でもこの部屋、二人部屋なんだよな。あのデブにバレないようにこっそりやらないと。
よし……俺は指を二本そろえて、力を込め、静かに壁に突き出した。
いったぁぁぁあっ!!
……なんで!? 俺の指は岩だって貫けるはずなのに!
まさか、特別な素材が使われてるのか? ふざけんなよ、ここは巨岩の投石を防ぐ城壁かっての!
もう、やってらんねえ……。痛む指をふうふう吹きながら、「掘って逃げる作戦」は撤回すべきか悩んでいたその時。
「この牢獄の強度は鋼鉄にも匹敵する。武力で破壊するのは不可能だよ。」
その声は、対面のベッドに寝ていたデブが発したものだった。彼はごろんと向きを変え、お腹の肉が囚人服からはみ出していた。
……起きてたのかよこの人。でも寝てたはずなのにイビキまでかいてたぞ? こいつ、何者だ?
いや、よく考えたら、俺はこのデブと妙に縁がある気がする。案外、何かと頼れる存在かもしれない。なにより彼の口ぶりからして、この牢について何か知ってそうだ。
俺はベッドに正座して、少しだけ敬意を込めた口調で言った。
「俺の名前は渡辺悠人だ。失礼だけど……あなたのお名前と、この牢について教えてくれませんか?」
彼はにっこり笑い、真面目な顔になって話し始めた。
「光栄だよ。僕の名はトム。実は僕もここに長くいるけど、未だに慣れないんだ。この過酷な環境でも、少年――いや、青年の誇りは失われないからね。僕は貴族なんだ。
祖父は西嶺王国でも有名な伯爵だった。そんな腐った上流階級の生活に囲まれて育った僕は、女中が仕えてくれて、美しい女たちに囲まれる日々にうんざりしてた。しかも父親は、僕が子供の頃から勝手に婚約者まで決めてしまって……金だって使いきれないほどあった。
普通の人なら羨ましがるだろうけど、言っておく――あの生活には、それ相応の代償があるんだ。
家の恩恵を受けるということは、家の支配も受けるということ。僕の願いなんて、誰も聞いちゃくれなかった。無知な少女魔法使いが、経験不足のまま僕の家族に騙されて、僕の魔法の教師にされちまった。でもね、僕の本当の願いは――武道家になることだったんだ!」
「ごほっ、ごほっ……」
俺は咳払いしつつ、額に黒線が浮かぶ。
ペラペラと長々と喋ってたけど、結局肝心なところはどこだよ!? 誰があんたの華やか人生に興味あるってんだ!? あんな腐りきった貴族生活、羨ましがるわけないだろ!? 俺が欲しいのは、平凡で穏やかな日常だけなんだよ!!
「お、おい……なんか顔がちょっと怖いぞ……」
「すまん……」
握りしめていた拳をそっと開く。だが、心の中では嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっていた。
俺、めっちゃ嫉妬してるんだけど!クソッ、なんであいつばっかり運に恵まれてんだよ!?魔法は習えるし、可愛い女の子に囲まれてるし、ふざけんなよ!
神様よ、不公平すぎじゃないかァァァ!!
「お前、まさか俺を殴るつもりじゃないよな……?」
ベッドの隅に縮こまるその巨体。心なしか震えていた。
……俺は大きく息を吐き、なんとか冷静さを取り戻す。
「要点だけ話してくれ。お前の人生語りなんて……まっっっったく! 興! 味! ない!!」
「えーとね、まぁそんな大した話じゃないけど……ここ、もともとはドラゴンを収容するために作られた牢獄らしいよ」
「ドラゴンだと!?」
俺の脳内には、無数のドラゴン映像が駆け巡った。
一体どんなドラゴンを収容してたってんだ!? ドラゴンを閉じ込めるほどの監獄に、今はただの人間を放り込んでるって、明らかにオーバースペックだろ!
でも、逆に言えばドラゴンでも脱出できたかもしれない場所なら、俺だって希望はあるかも……!
そんなことを考えていた矢先——
「ウジ虫ども! さっさと出てこい、飯の時間だ!!」
怒号が監獄中に響き渡った。
「な、なんだ今の……?」
驚いた俺は身を固くする。あんな声量……ただ者じゃない。
それだけで肌が粟立った。こりゃ……脱獄難易度、爆上がりじゃねぇか……。
「え? どうしたの? 毎日この声で呼ばれるけど?」
涼しい顔のトムに、逆に驚く俺。
普通の人間には、この声に含まれる「圧」を感じ取ることはできない。
「これは……武道家の気だ。あの声を出した奴は、かなりの実力者だ」
俺はトムに説明する。というか、忠告に近かった。貴族出身のプライドでヘタなことをして怒らせたらシャレにならない。
それを聞いたトムは、なんだか憧れの眼差しを浮かべながら肉の塊みたいな腕を振った。
「すごいなぁ! 君も武道家なんだよね? 僕、ほんと憧れるんだ。拳で語り合う、あの世界……いいなぁ」
「え……お前、羨ましいって言ったか?」
俺は思わず聞き返した。
早朝から丸太担いで走って、夕方は殴られまくって全身青あざ……それを羨ましいだと!?
……いや、でもその純粋な目に免じて黙っておこう。夢を壊すのはちょっと酷だ。
「とにかく、メシに連れてってくれ。腹減った」
「うんっ!」トムは嬉しそうにベッドを降り、ドアを開けて先に出る。太った体を無理やり通したあと、俺のために道を空けた。
「ど、どうぞ……」
「そんなにかしこまらなくていいって。何かあるなら、普通に言えよ」
「実はね、ちょっと頼みがあるんだ」
トムの顔が一転して真剣になった。
「僕……あなたに弟子入りしたい!」
「ええぇっ!?」
びっくりして叫びそうになる。
……いや、なんとなくそんな気はしてたけどさ!
「ま、まさか……トム、お前……俺から武道を学びたいってことか?」
「そうだよ。僕、強い武道家になりたいんだ!」
彼の瞳はまっすぐだった。
その純粋な想いに、俺の中でもいろいろな感情が渦巻く。
武道ってのは、そんな甘いもんじゃない。才能、根性、覚悟……全部なきゃやってられない。しかもここは牢獄、自由も限られてる。
だから俺は断るつもりだった——けど。
「……くっ」
視線が合った。その瞳の奥に宿る決意と夢。
ズルいぞ、それは……断りづらいじゃないか。
くそっ……お前、絶対武道に向いてない体型してるくせに、なんでそんな目をするんだよ!
俺はそっぽを向き、考えてるフリをしながら、時間稼ぎの作戦に出る。
「そうだなぁ……考えておく。まぁ、普通、師匠が弟子を取るには試練が必要なんだよ。適当には決められないからな」
「なるほど……なるほどね!」
トムは納得したように頷くと、自信満々に胸を叩いた。
ぷるんぷるんと揺れる大量の脂肪が波打った。
「安心して、師匠! 僕、絶対にやる気を見せるから!!」
「……まぁ、見せてもらおうか」