馬隊との出会い
「あああああああ——!」
空から見下ろす地面がどんどん近づいてくる。頭の中は真っ白だった。
制御不能な身体が真っ逆さまに落ちていく。だが運よく、水たまりに落ちたことで、即死は免れた。
ドボンッ!
激しく跳ねた水が鼻に入り、むせかえる。
数十秒が経ったころ。
「ぶはっ、ぶはっ……!」
俺は水面に顔を出し、必死に呼吸する。
死のイメージが頭から離れず、目の前の状況を処理する余裕もなかった。
濡れた髪をかき上げ、水面に映ったのは、どこか中性的で整った顔立ち。アーモンド型の大きな目がチャームポイントだが、徹夜によるクマがその魅力を少し台無しにしていた。
水、空気、花の香り……感覚が現実を受け入れていく。
――つまり。
「俺、生きてるッ!!」
トラックに轢かれようが、体がバラバラになろうが、そんなのもうどうでもいい!
生きてるって、最高だァ!
……そう思った矢先。
「ガォォォ——!」
森の奥から響き渡った咆哮が、鼓膜を貫き、全身の毛を逆立てた。
な、なんだこの声!?
耳をふさぎながら、背中に冷たい汗が流れる。
ま、まさかここって――異世界!?
ようやく意識がクリアになる。
轢かれて異世界に来るの、ありがちなやつじゃん!
あれって……ドラゴン? 魔獣? モンスター?
とにかく、まずは岸に上がろう。幸い泳ぎには自信がある。すぐに岸まで辿り着けた。
冷たい風が肌を撫で、思わず身震いする。
……あれ、俺、全裸じゃね!?
冗談抜きで、完全にスッポンポン。パンツすら履いてない。潔すぎる。
……こんなスタートありかよ!
とりあえず木の葉で腰ミノを作って、ようやく森の探索を開始。
オタクはこういうとき器用なんだよ、案外。
今は場所も状況も不明だが、サバイバル番組で学んだ通り、まずはカロリー確保。そのあと脱出だ!
手段としては一本道を見つけて、ひたすら歩くしかない。
でも、なんか森の中、どんどん暗くて寒くなってない?
俺は肩を抱き、自作の腰ミノをきゅっと締めた。
幸い、髪の毛に絡まってた小魚を発見。そのままガブッ。火なんて起こせないし、生でいくしかない。
――が、不思議と身体があたたかくなった。
「お、葉っぱもうまい!」
調子に乗って、森のあちこちで「もぐもぐタイム」。だが、すぐに限界が来た。満腹じゃなくて、腹が張る。苦しい。
「やっぱ食べ物には向き不向きがあるのか……」
体感的には、虫や果実はOK。葉っぱや草は胃が嫌がってる。
「栄養価の問題かな?」
半分かじった木の根っこを放り捨て、ようやくこの《天賦》の法則が見えてきた。
いや仕方ないだろ、現代人に狩猟スキルなんてあるわけないし。
でも、暴食を重ねるたび、身体の中に力が満ちてくる。
もしかして――俺、強くなってる?
全身を駆け巡る熱。血液が沸騰してるみたいだ。いや、もはや心臓と呼べない。胸の奥で何かが変わってる。エンジンみたいに脈打ってる!
「ん、はぁ……っ」
快感すら覚える進化の感覚。抑えきれず軽く跳んだだけで――木の枝に手が届いた。俺の身長の何倍あるってのに!
「この天賦、ヤバすぎる……!」
体力、筋力、反応速度、すべてが異常強化されてる。俺は走った、まるで風になったかのように。
そして数分後、森が開けた。
やった、出られた!
もう生肉生活とはオサラバだ!
目の前の草むらをかき分けると――
……一面、見渡す限りの荒野。
え、嘘。村は? 城は? 街灯すらないの!?
雷に打たれたように固まる俺。期待してた異世界ライフと違いすぎる!
「……何この絶望感」
これ、まだ何日も歩かなきゃダメなやつ!?
腰ミノを握りしめ、泣きそうになってた、そのとき。
遠くに煙が――いや、砂煙?
地面がドンドン震えている。馬だ! 馬の群れがこっちに来てる!
「やった、人だ! 人がいるぞおおお!!」
声がかれるほど叫びながら、ふらつく足で全力疾走。
けど、声が出ない。息だけが漏れていく。
遠ざかる馬たち……終わったか……。
と、そのとき!
誰かが振り返った!
馬隊が向きを変え、こちらに突っ込んでくる!
砂煙を巻き上げながら迫る騎馬たち。馬の筋肉が盛り上がり、たてがみは絹のように揺れる。
その背に乗るのは、日焼けした肌に革の鎧をまとった戦士たち。腰には湾曲した剣、手には槍。まるで古代の蛮族狩猟団みたいだ。
「うわっ、なんか壮大な絵面……!」
思わず口元がほころび、ちょっとワクワクしてきた。
が、近づくにつれて空気が変わった。
後方の荷馬車には、ボロをまとい、手枷をつけられた奴隷たちの姿――子どもも大人も、皆うつむいていた。
戦士たちの表情は無機質で冷酷。俺の中で何かが凍る。
先頭の男が俺の目の前で馬を止めた。馬が立ち上がり、泥を蹴散らす。
「お前は逃げた奴隷か? それとも野人か?」
馬の鼻息が熱風のように顔を襲う。俺は慌てて首を振った。
「お、俺はただの旅人だ! 通りすがりの!」
男は俺をじろじろ見て、腰ミノ姿に目を細める。
「……縛れ。」
その言葉と同時に、俺は全力疾走。血が騒ぐ、体が叫ぶ、すべてが完璧に連動して動く!
しばらくして――
「隊長、変な奴、捕まえました。どうします?」
俺は地面に転がされ、歯を食いしばる。
ちくしょう、石がなけりゃ、俺が負けるはずないのに!
髪を掴まれ、頭を上げられる。
「……他の奴隷と一緒にぶち込め。町に着いたら、どこかの貴族が気に入るかもしれん」
その言葉に、隣のあご髭男がニヤリと笑った。隊長の真意を理解したらしい。