ごちそうの後は、まさかの手錠?
「けほっ、けほけほ……」
一度拳を交えた相手を前に、俺は喉に詰まった肉をどうにか飲み込み、引きつった笑顔を浮かべた。
「はは……その、御愁傷様。」
「御愁傷様、だと?」
男は目を細め、口元に浮かべた笑みとも冷笑ともつかぬ表情で言った。
「兄はお前との試合のあとに死んだんだ。よくもまあ、そんなに美味そうに飯が食えるもんだな。」
思わず頬に手をやると、じっとりと汗がにじんでいた。口の中にはまだ食べかけの料理。飲み込むに飲み込めず、吐き出すのも無礼すぎて、結局、黙って茶碗を抱えたまま固まってしまう。
「若者よ、」
師匠が口を拭きながら立ち上がった。
「闘技とは元来、生死をかけた勝負だ。死者は眠り、生者は前へ進む。それが道というものだ。」
フェイドは鼻で笑った。
「立派な御託だな。ならば見せてもらおうか。お前ら師弟がどんな結末を迎えるのか。」
そう言い捨てて、彼は去っていった。
俺は彼の背を睨みつけながら呟く。
「今の……脅しだよな?」
「心配するな。」
師匠は低く答えた。
「闘技場の中じゃ、奴も手は出せんさ。」
「で、今はどうすんの?」
「決まってるだろ——飯食って、さっさとずらかる。」
俺たちはスピードを上げて、目の前の火鳥の脚肉、塩鱗魚のグリル、そして山盛りの冷製プディングを片付けた。そして、「主催者に感謝を」とか適当な理由をつけて、すたこら退席。
「急げ急げ、もう一回出てきたら面倒だ。」
「悠人。」
「ん?」
「今回の宴、当たりだったな。」
「確かに……でも、気まずさもすごい。」
腹をさすりながらため息をつく。
「今後、タダ飯って言われても少しは警戒しないと……」
「そんなこと言うなよ。」
師匠はニヤリと笑い、俺の肩を叩く。
「この宴にありつけたのも、お前のおかげだぞ。」
「はいはい、俺のおかげですとも。」
俺は呆れ顔で返しながら、師匠と軽口を交わしていた。が——
突然、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。しかも、ただならぬ勢いだ。
「……ん?」
耳を澄ませた瞬間、背後から馬の群れが突進してきた!
俺と師匠は反射的に道の端へ飛びのいたが——
その馬たちは俺たちの目の前でぴたりと止まり、あっという間に包囲された!
「お、おい……なんかヤバくないか……?」
「次の宴の招待状かな。」
師匠は相変わらず能天気に笑ってる。
この規模で招待状!? んなわけあるか!
騎士隊のリーダーが馬を降り、手には王国の印章が押された羊皮紙。
「渡辺悠人。拳王リードとの試合において、勝利のために毒を使用したとする告発を受理。よって、殺人の罪により——」
「拘束する!」
「はぁああああ!?」
脳内が真っ白になった。
毒? 殺人? 俺が? いや、たしかに毒使ったけど、当たってな……
「ちょ、ちょっと待て!誤解だって!全部濡れ衣!ちゃんと説明するから!」
「黙れ。毒の使用による殺害行為は重罪に値する。速やかに裁判所へ。」
まったく話聞いてねえ!!
そのとき——師匠が俺の前に立ちはだかった。
「待て! 俺は黒牙流の宗主・荒木鉄斎だ。弟子のため、事情を説明させてもらおう。」
「師匠……!」
感動の涙が出そうになった。
「荒木殿も同行されるか?」
騎士の口調は冷たく、馬の手綱を引き絞る手にも力がこもる。その視線は、「これ以上言うならお前も連れてくぞ」と言わんばかり。
だが、荒木鉄斎は動じなかった。武の極致に至った者の信念は、そんな脅しで崩れはしない——
「えっと……ただの通りすがりです。鍵を探してまして。」
次の瞬間、師匠はドサッと地面に倒れ込み、土を掻き回し始めた!
「このへんに落としたはずなんだよなぁ……鉄の錆びた大事な鍵なんだけど……」
「……」
石化。
お前、さっきまで前に立ってたよな!?
「師匠、武を志す者としての誇りはどこ行った!?」
騎士たちが笑い始めた。こっちはまったく笑えないが、あっちにとっては障害がなくなって何よりらしい。
「連行しろ!」
「ちょ、ちょっと待て!俺行くから!ちゃんと行くから!でも裁判にしてよ、俺は弁護士呼ぶ権利あるからね!?」
「黙れ。」
ガチャッと手錠がはめられ、俺はそのまま馬車へ押し込まれた。
「悠人!!」
師匠が駆け寄ってきて、牢の柵にしがみついた。
……あれ? やっぱり助けてくれる?
「今夜、夕飯どうする?」
「ふざけんな!!」
俺は渾身の一蹴を食らわせた。転がる師匠の姿がどんどん遠ざかる。
──はぁ。
武道の極意って、力でもなければ、境地でもなくて——
「能屈能伸、そして……見事な保身術ってことかよ。」
馬車が石畳を軋ませて走り出す。「カタカタ」という音が、俺の心をさらに沈ませた。
牢の中は暗く、鉄の冷たさが背中に伝わってくる。風の隙間からは、血の匂いと埃が入り込み、まるで街そのものがこう囁いてくるようだった。
——お前は、終わった。
目を閉じて、車壁に体を預けた。
さっきまで拳王の送別会でご馳走にありついてた俺が、今は囚人。
奈緒……あのいつも頬を赤らめていた少女は、俺の逮捕を聞いて泣くだろうか?
エリコ……あのクールな中に優しさを隠している女性は、助けてくれるだろうか? それとも「面倒ね」と言って離れていく?
ようやくこの世界に居場所ができたと思ったのに……
今、未来は砕けた鏡のように、バラバラな破片の中に一つの文字を映していた。
——囚人。
その時、脳裏に浮かんだのは、あの男の顔。
フェイド。
あの葬儀で、俺に向けた目。あれは、獣が獲物を睨む目だった。
彼の口元に浮かんだ、あの薄い笑み。
「美味そうに食べるな。羨ましいよ、本当に。」
あの言葉が、鈍く心を刺し続けていた。
悔しい。
でも、怖かった。
馬車は、まるで悲劇へと続く道を、容赦なく進んでいった。