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転生即奴隷、でも俺には奪えるスキルがあった  作者: まつしま ぜん
第一章 どれいがぶどうかになったけん
18/21

ごちそうの後は、まさかの手錠?

「けほっ、けほけほ……」


 一度拳を交えた相手を前に、俺は喉に詰まった肉をどうにか飲み込み、引きつった笑顔を浮かべた。


「はは……その、御愁傷様。」


「御愁傷様、だと?」


 男は目を細め、口元に浮かべた笑みとも冷笑ともつかぬ表情で言った。


「兄はお前との試合のあとに死んだんだ。よくもまあ、そんなに美味そうに飯が食えるもんだな。」


 思わず頬に手をやると、じっとりと汗がにじんでいた。口の中にはまだ食べかけの料理。飲み込むに飲み込めず、吐き出すのも無礼すぎて、結局、黙って茶碗を抱えたまま固まってしまう。


「若者よ、」


 師匠が口を拭きながら立ち上がった。


「闘技とは元来、生死をかけた勝負だ。死者は眠り、生者は前へ進む。それが道というものだ。」


 フェイドは鼻で笑った。


「立派な御託だな。ならば見せてもらおうか。お前ら師弟がどんな結末を迎えるのか。」


 そう言い捨てて、彼は去っていった。


 俺は彼の背を睨みつけながら呟く。


「今の……脅しだよな?」


「心配するな。」


 師匠は低く答えた。


「闘技場の中じゃ、奴も手は出せんさ。」


「で、今はどうすんの?」


「決まってるだろ——飯食って、さっさとずらかる。」


 俺たちはスピードを上げて、目の前の火鳥の脚肉、塩鱗魚のグリル、そして山盛りの冷製プディングを片付けた。そして、「主催者に感謝を」とか適当な理由をつけて、すたこら退席。


「急げ急げ、もう一回出てきたら面倒だ。」


「悠人。」


「ん?」


「今回の宴、当たりだったな。」


「確かに……でも、気まずさもすごい。」


 腹をさすりながらため息をつく。


「今後、タダ飯って言われても少しは警戒しないと……」


「そんなこと言うなよ。」


 師匠はニヤリと笑い、俺の肩を叩く。


「この宴にありつけたのも、お前のおかげだぞ。」


「はいはい、俺のおかげですとも。」


 俺は呆れ顔で返しながら、師匠と軽口を交わしていた。が——


 突然、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。しかも、ただならぬ勢いだ。


「……ん?」


 耳を澄ませた瞬間、背後から馬の群れが突進してきた!


 俺と師匠は反射的に道の端へ飛びのいたが——


 その馬たちは俺たちの目の前でぴたりと止まり、あっという間に包囲された!


「お、おい……なんかヤバくないか……?」


「次の宴の招待状かな。」


 師匠は相変わらず能天気に笑ってる。


 この規模で招待状!? んなわけあるか!


 騎士隊のリーダーが馬を降り、手には王国の印章が押された羊皮紙。


「渡辺悠人。拳王リードとの試合において、勝利のために毒を使用したとする告発を受理。よって、殺人の罪により——」


「拘束する!」


「はぁああああ!?」


 脳内が真っ白になった。


 毒? 殺人? 俺が? いや、たしかに毒使ったけど、当たってな……


「ちょ、ちょっと待て!誤解だって!全部濡れ衣!ちゃんと説明するから!」


「黙れ。毒の使用による殺害行為は重罪に値する。速やかに裁判所へ。」


 まったく話聞いてねえ!!


 そのとき——師匠が俺の前に立ちはだかった。


「待て! 俺は黒牙流の宗主・荒木鉄斎だ。弟子のため、事情を説明させてもらおう。」


「師匠……!」


 感動の涙が出そうになった。


「荒木殿も同行されるか?」


 騎士の口調は冷たく、馬の手綱を引き絞る手にも力がこもる。その視線は、「これ以上言うならお前も連れてくぞ」と言わんばかり。


 だが、荒木鉄斎は動じなかった。武の極致に至った者の信念は、そんな脅しで崩れはしない——


「えっと……ただの通りすがりです。鍵を探してまして。」


 次の瞬間、師匠はドサッと地面に倒れ込み、土を掻き回し始めた!


「このへんに落としたはずなんだよなぁ……鉄の錆びた大事な鍵なんだけど……」


「……」


 石化。


 お前、さっきまで前に立ってたよな!?


「師匠、武を志す者としての誇りはどこ行った!?」


 騎士たちが笑い始めた。こっちはまったく笑えないが、あっちにとっては障害がなくなって何よりらしい。


「連行しろ!」


「ちょ、ちょっと待て!俺行くから!ちゃんと行くから!でも裁判にしてよ、俺は弁護士呼ぶ権利あるからね!?」


「黙れ。」


 ガチャッと手錠がはめられ、俺はそのまま馬車へ押し込まれた。


「悠人!!」


 師匠が駆け寄ってきて、牢の柵にしがみついた。


 ……あれ? やっぱり助けてくれる?


「今夜、夕飯どうする?」


「ふざけんな!!」


 俺は渾身の一蹴を食らわせた。転がる師匠の姿がどんどん遠ざかる。


 ──はぁ。


 武道の極意って、力でもなければ、境地でもなくて——


「能屈能伸、そして……見事な保身術ってことかよ。」


 馬車が石畳を軋ませて走り出す。「カタカタ」という音が、俺の心をさらに沈ませた。


 牢の中は暗く、鉄の冷たさが背中に伝わってくる。風の隙間からは、血の匂いと埃が入り込み、まるで街そのものがこう囁いてくるようだった。


 ——お前は、終わった。


 目を閉じて、車壁に体を預けた。


 さっきまで拳王の送別会でご馳走にありついてた俺が、今は囚人。


 奈緒……あのいつも頬を赤らめていた少女は、俺の逮捕を聞いて泣くだろうか?


 エリコ……あのクールな中に優しさを隠している女性は、助けてくれるだろうか? それとも「面倒ね」と言って離れていく?


 ようやくこの世界に居場所ができたと思ったのに……


 今、未来は砕けた鏡のように、バラバラな破片の中に一つの文字を映していた。


 ——囚人。


 その時、脳裏に浮かんだのは、あの男の顔。


 フェイド。


 あの葬儀で、俺に向けた目。あれは、獣が獲物を睨む目だった。


 彼の口元に浮かんだ、あの薄い笑み。


「美味そうに食べるな。羨ましいよ、本当に。」


 あの言葉が、鈍く心を刺し続けていた。


 悔しい。


 でも、怖かった。


 馬車は、まるで悲劇へと続く道を、容赦なく進んでいった。

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