豪華すぎる送別の宴で覚醒しました
夜明けの光が世界を照らし始めたそのとき——
「ドンドンドンドンッ!」
ドアが壊れるかと思うほどの勢いで叩かれ、俺は寝ぼけた頭でなんとか起き上がり、上着を羽織って扉を開けた。
そこに立っていたのは、やけに焦った顔の荒木鉄斎だった。ひげがビックリマークみたいに逆立ってる。
「大変だ。」
「また便所の便座を壊したのか?」
あくび交じりに言うと、返ってきたのは強烈なデコピンだった。
「悠人、真面目に聞け。」
「……何があった?」
「……リードが死んだ。」
その瞬間、眠気は一気に吹き飛んだ。
「は、何だって!?」
「急いで支度しろ。説明は後だ。今から葬儀に向かう。」
俺たちは街路を抜け、石造りの教会へとたどり着いた。外には人があふれていたが、どこか棺のような閉塞感が漂っていた。空気には香の匂いと汗、それに押し殺した囁き声が満ちていた。
教会の鐘が、七回、低く重く響いた。
それはまるで、天の門を叩く音。あるいは、ここに集う者の心臓を沈める鎚音。
俺は群衆に混じって教会に足を踏み入れた。石畳を踏む足音が、どこか哀悼の鼓動のように鈍く響いた。天井からは巨大な鉄製のシャンデリアが吊るされており、蝋燭の涙が静かに滴っている。息をするたびに、胸の奥が重くなる。
祭壇には黒いベルベットで覆われた棺が置かれていた。角には三本の長い蝋燭が燃え、その炎がわずかに震えていた。
棺の中、リードは静かに横たわっていた。筋骨隆々としたその身体はなおも威圧感に満ちており、まるでただ眠っているかのようだった。
神官が壇上に立ち、重々しい口調で神の言葉を読み上げる。
「ここに、一人の戦士を神の元へ還します。彼の肉体は滅びても、その意志は永遠に——。
彼の倒れたその瞬間は、敗北ではなく、誇り高き終焉である……」
その声とともに、黒服の従者が四人、紋章の刻まれた金製の勲章を棺へと静かに納めた。
礼拝堂の左右では、参列者たちが次々と帽子を取り、右手を左胸に添えて黙礼を捧げていた。
「これが……この世界の葬式なのか……」
俺がぽつりと呟くと、隣の師匠が低く言った。
「奴隷の身分から、一族を築き上げた男だ。」
俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
鐘の音が最後の一打を打ち鳴らしたとき、場内は水を打ったように静まり返った。
それが終わると、「別れの時間」が始まった。
遺族たちが最後の贈り物を棺に納める。伝統では、拳王の家族が“再生の希望”を象徴する香草の束を捧げることになっている。それは来世での安らぎを祈る意味だという。
かつて闘技場の頂点に君臨した男も、今ではただの静かな棺となった。
俺は人の輪の外で、ぼんやりとその光景を見ていた。
生前にどれだけ栄光を手にしても、死んでしまえば何も持っていけない。
俺には精霊の血が流れている。寿命が長い分、これから何人もの大切な人の死を見送ることになるのかもしれない。
礼拝堂の奥から、ざわつきが聞こえてきた。
顔を上げてみると——
フィードだ。リードの弟。
彼は棺の前で立ち止まり、閉ざされた蓋を見下ろしながら、指を少しずつ握りしめていた。関節が白く浮き出るほど力が入っていた。その目は、焼けつくような熱と鋭さを宿し、まるでナイフのように俺を刺してくる。
「……なんで、こいつ俺を見てんだ?」
「お前を……仇と見てるんだろうな。」
荒木鉄斎が俺の肩に手を置き、重く言った。
「えっ? 俺?」
冗談だろ? 俺、何かしたっけ? 確か、リードは俺を生かしてくれたはず……
「冗談じゃない。」
彼の声は低く、滅多に見せない真剣な眼差しがそこにあった。
「リードはこの数年、闘い続けて満身創痍だった。そして……お前のあの一撃が、最後の一押しになったんだよ。」
「……えへ。」
言葉が出ない。まさかあの攻撃が……そんな遅効性の致命傷になっていたなんて。誇っていいのか、悔やむべきかも分からない。あれは俺が感覚を研ぎ澄ませ、技と精神を統合させた渾身の一撃だった。
……結果として、拳王を一撃で仕留めたってわけか。
「師匠……」
俺は荒木鉄斎の袖を引いた。
「俺のあの一撃、名前つけてくれよ! “黒牙流最強の技”って感じの!」
バチン!
後頭部に電撃走る。師匠の手が戻っていった。
「お前なぁ……あのフィードの目、見たか? あれ、完全に“餌を見つけた肉食獣”の目だぞ。マジでそのうち喰われるぞ、お前。」
えっ……マジでヤバいじゃん? これ、試合後の逆恨みってやつか?
俺はそわそわとあたりを見回した。下手すると、ハルート家の連中が突然グラスを叩き割って「やれ!」とか叫びながら一斉に襲ってきそうな雰囲気すらある。
もちろん、そんな時は……
まず師匠を転ばせて、盾にして逃げよう。あの巨体なら何人かは止められるはずだ。
俺たちに向けられる視線が、じわじわと増えている気がしてならない。
「師匠、やっぱ今のうちに逃げよう!」
「でも、“送別の宴”はどうするんだ?」
「……へ?」
え、嘘でしょ。この状況で? あんな冷静な師匠が、ここでその判断する?
「師匠っ! さっき俺のこと責めたよね!? 命の危機だよ今! 飯とか言ってる場合じゃ——」
「いや、でも今回の料理は豪華だぞ?」
荒木鉄斎は分厚い唇をぺろりと舐め、やや黄ばんだ歯を見せながらにやっと笑った。
「故人を偲ぶ“送別の宴”ってのはな、主催者側が最高級の料理を用意するのが通例でな。しかも拳王クラスの葬儀なら、闘技場の資金援助だけじゃなく、王国の特別協賛もあるらしい。普段めったに食えない魔獣の肉料理なんかも……もしかすると、あるかもしれんぞ?」
「おお?」
師匠のいかにも“年の功”って感じの発言を聞いて、俺も自然とよだれが出そうになった。
何しろ、俺は〈暴食〉の才能を得て以来、とにかく胃袋の容量がえげつない。
でも、荒木鉄斎の家ときたら、あまりの貧乏ぶりに深夜泥棒ですら素通りするレベルで、毎日の食材はお察し。
しかも俺の料理センスは壊滅的。腹は膨れないし、味も地獄級だった。
「さすが師匠……俺を起こしてまで“送別の宴”に連れてくるとは、慧眼すぎます。たとえ俺たちが拳王とほぼ無関係でも——」
「しっ。」
師匠が目で合図してきた。言葉は不要、理解した。
——料理が来た。
大広間の端にある長テーブルに、白と黒のテーブルクロスが素早く敷かれ、数名の給仕が銀のトレイを運びながら入場してくる。
トレイのサイズも中身も様々。空気は一気に香ばしくなり、場の空気がざわついた。
俺の目が輝く。
——これは、来た価値あった!
一品目は、琥珀色に輝く尻尾肉……どうやら蜥蜴系魔獣の尻尾だ。
「この尻尾、俺のだっ!」
誰よりも早く手を伸ばし、豪快にかぶりつく。
……うまい! 涙出るかと思った!
弾力のある肉質は、まるで高級牛バラ。噛めば噛むほど旨味があふれる。
二品目は、地底貝の冷製スープ。スープ表面には霜が張っていて、一口飲んだ瞬間、胃袋が爽やかさで踊り出す勢い。
「……うまっ。師匠のとは天と地の差だな。」
「お前のスープこそ、毒レベルだったぞ。」
師匠に白い目で見られた。
三品目は、ダチョウ系の火腿スライス。鮮やかな赤にほんのり光沢、甘みのある魔力が口の中にじわっと広がる。
よし、まだまだ食える——と思った瞬間、肩をポンと叩かれた。
師匠だった。
「ストップだ。ここからが本番。腹のスペース残しておけ。」
なんだよ、俺の胃袋をなめるな……と内心で文句を垂れつつ、視線を前に向けて思わず息を呑む。
——なるほど、これは確かに腹を空けておくべきだった。
四人がかりで運ばれてきた巨大な蓋付き料理。
蓋が外された瞬間、金色の光がふわっと舞い、ジュワジュワと音を立てる皮目が露わになる。
見るからにカリカリ、見るだけでわかる、絶対うまいやつ。
「……まさか、あれは……」
「風雷ラッコ!」
「成体の風雷ラッコは雷と風を操るBランク魔獣の中でも最上級の手強さらしいぞ。」
俺はごくりと唾を飲み込み、師匠を見た。
師匠はうなずいた。
「行け。」
「了解っ!」
俺は迷わず肉を一切れカットし、即・口へ——
う、うまぁぁあああああ!!
舌に走る電撃のような刺激は、そのまま背骨から脳天まで突き抜け、眠気も思考もすべて吹き飛んだ。
その瞬間——
【スキル獲得:雷撃】
心の中でガッツポーズを決めた。
この飯、まじで神!
師匠と一緒に夢中で食べていたその時——
冷たい声が後ろから降ってきた。
「……悠人、だよな?」
振り返ると——いた。あの弟。
酒杯を持ちながら、俺の背後に立っていた。
その目には陰鬱な光が宿っている。
「そんなにうまそうに食えて、羨ましいよ……本当にさ。」
——あっぶねぇ、噎せかけた!
ほら来た、絶対この宴、平穏無事に終わらねえと思ってたんだよ!




