贈り物を送る
帰り道、気分はずっと上機嫌だった。
目的地に着く。
あたりを見回すと、街角の大きな木のそばに、ようやく彼女の姿を見つけた。
どうやら、あまり良くない状況に巻き込まれているようだ。
彼女は少し戸惑った様子で立っていて、その目の前には革の鎧を着た大柄な男。一目で酒場常連の冒険者とわかるような、金髪でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
僕はすぐに数歩近づいた。ちょうどそのとき、彼の声が聞こえた。
「……どうした?黙ってると、あの高貴でクールなお嬢様はもう現れないのか?」
その目つきは遠慮という言葉を知らない様子。
「チッチッ、もったいないな〜、あんなのの使いっ走りなんてよ。」
「……ど、どいてください」
奈緒の声は少し震えていたが、意志は感じられた。指先で服の裾をきゅっと握っている。
僕は眉をひそめた。
この冒険者、見た目通り初心者ではないらしい。彼女の怯えた様子に気を良くしたのか、さらに踏み込んできた。
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。最近、絵里子お嬢様はあまり姿を見せないって噂だし、ちょっと様子見に来ただけだよ〜。どう?仕事変える気はない?俺のとこなら待遇は断然いいぜ?」
僕は前に出て、男の肩に手を乗せた。
彼はビクッと反応して振り向いた。
「……お前、誰だ?」
僕はニッと笑い、落ち着いた口調で、しかし一切の余地なく言った。
「彼女が『どいて』って言ったよな。人の言葉、わからないのか?」
「よぉ、まさかボディガードか?」
男は僕をチラッと見て鼻で笑った。
「なあに、そんなにヤキモチ焼かなくてもいいだろ?手ぇ出したわけじゃないし?」
「でも、お前はウザい。」
僕は目を細めて、威圧を込めた視線を投げつける。
こういう奴には、ほんの少しでも隙を見せたら最後。蛆虫のように付きまとってくる。
ようやく何かを察したのか、男は目を細めて一歩引いた。警戒の色を見せる。
「はいはい、しらけちまったな……っと。ねえ、可愛い子ちゃん?気が変わったら、いつでも俺のところに来なよ?」
そう言いながら、ゆっくりと立ち去っていった。
僕は動かず、奴が完全に見えなくなるまで見送ってから、奈緒に目を向けた。
彼女はまだ俯いたままで、小さな顔が真っ赤に染まっていた。まるで蒸しあがったリンゴのようだ。
「大丈夫か?」
彼女は力強くうなずいた。
「……ありがとう。」
「うん、今回の報酬は何かな?」
あの事件の夜以来、僕は時々思い出しては眠れない夜を過ごしていた。あのときの甘美なひとときを――。
「う、う〜〜〜……!」
少女の顔が一気に真っ赤になり、頭の上から湯気が出ている気さえした。
「な、なに言ってるのよ!」
「もしかして……今回はもっとすごいご褒美とか……?」
僕はふと何かを思い出し、ニヤリと期待の笑みを浮かべる。
「うるさい!変態!!」
何かが飛んできた。
慌ててキャッチすると、それは彼女の荷物だった。顔を上げると、彼女はぷりぷり怒ったまま、足早に先を歩いている。
手の中の荷物には、まだぬくもりが残っていた。
……正直、あれはただの冗談だったんだけど。たぶん。
遠ざかっていく彼女の背中。風に揺れるスカート。ときどき、振り返っては睨みつけてくる。
僕は無理に追いつこうとはせず、その後ろ姿を静かに見つめていた。
心の中で、何かがそっと触れたような気がした。
――可愛いな。
ひと目惚れするような派手な美しさじゃない。でも、春の初雨みたいに、静かに心を潤すような優しさだった。
「奈緒。」僕は声をかけた。
彼女の足が止まる。でも、振り返らない。
「なによ?」
「俺、君のことが好きだ!」
風が、止まった。
少女の背中がピタリと止まり、肩が小さく震えた。
あああああ!やっちまったああ!
なんで急に口に出しちゃったんだ!?全然準備もしてないし、雰囲気も作れてないし、花束どころか一輪のバラすら用意してない!
彼女はゆっくりと振り返り、その頬には真っ赤な紅が差していた。
「……なんて言ったの?」
「え、いや、その……」
思わずごまかしかけた。でも、彼女の目を見た瞬間、言葉が喉に詰まった。
その目には――驚き、戸惑い、そして……ほんの少しの期待が混ざっていた。
僕は勇気を振り絞って、彼女に近づいた。まるでボス戦に挑む気分で。
「俺は、君が好きだ!冗談じゃないし、ご褒美目当てでもないし、見た目が可愛いからってだけでもない!」
……まあ、奈緒が可愛いって理由も、ちょっとはあるけどな!
「えっ!?」彼女はビクリと震えて、ほとんど飛び跳ねた。
「本気なんだ。」
できるだけ真面目な顔を作ろうとしたけど、声は震えていた。
「俺たちが出会ってからの時間って、実はそんなに長くないよね?」
「俺には誇れる背景なんてないし、人を安心させるようなタイプでもない。でも――」
僕は深く息を吐いた。
「君の優しさが好きだ。俺がケガした時に心配してくれた君が好きだ。いつも人のことばかり考えてる、そんな君が……好きだ。」
「どうか、俺と付き合ってください。お願いします!」
奈緒は口元を手で押さえて、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
何かをぐっと堪えているような、そんな表情だった。
やがて、彼女は急ぎ足で僕の前に来ると、手を上げて――
僕は思わず身を引いた。
だが、彼女は言った。
「出しなさい!」
「えっ?」
少女は地面を踏み鳴らして、もどかしそうに叫ぶ。
「プレゼントよ!まさか、絵里子さんにあげるつもりだったわけじゃないでしょうね!?」
「あっ、そうだった!」
慌ててポーチからプレゼント用の箱を取り出す。今回は本当にあの店主に感謝だ。包装がとてもきれいだった。
箱を開けてブレスレットを取り出し、彼女の手首をそっと取り、その腕に慎重に嵌める。
ひんやりした石が、彼女の白い肌に映えてとても綺麗だった。
彼女は目をまん丸にして、まばたきもせずに、腕のブレスレットを何度も見つめた。
「……綺麗だよ。」僕は心から言った。
「ほ、本当……?」
「絵里子さんより綺麗だと思う?」
この一言に僕は内心焦った。まさかここで絵里子さんに嫉妬するとは……。
正直に言えば、異世界に来てから絵里子さんほどの美人は見たことがない。地球でも召喚したあの精霊さんぐらいじゃないか、対抗できるのは。
奈緒は確かに可愛いけど、やっぱりちょっと足りない。
だが……こういうとき、女の子の前での嘘は許される――と信じたい。
「今の君は、絵里子さんよりずっと可愛いよ。」
これまでの人生で一番誠実な口調だった。子供の頃、親に成績表を見せたとき以来の真剣さだ。
彼女は突然手で顔を覆って、小さくうめいた。
「べ、別に可愛いって言われたからって嬉しいわけじゃないし……そんなの気にしてないし……うぅぅぅ……」
ああ……この反応、可愛すぎる!!
奈緒のこういう反応を見るたびに、僕の罪深いモテ男(実際は女子との接点ゼロ)の心が満たされていく。彼女のためなら、万の乙女を捨ててもいいと思える。
「そんなに気にしてるってことは、やっぱり俺に褒められて嬉しかったんだね?」
「ち、違うもん!」
「じゃあ取り消すね。」
「……だ、だめっ!!」
彼女は指の隙間からこちらをチラッと覗き、その目には恥ずかしさと怒りが同居していた。
僕は笑いをこらえながら言った。
「つまり、絵里子さんより可愛いって、確認したかったんだよね?」
「な、何も言わないでってば!もう!!」
「うーん、俺はただ本当のことを言っただけなんだけどな〜」
彼女は僕の足を軽く蹴って、ぷいっとそっぽを向いた。足取りがさっきよりも速くなっている。
風がスカートの裾を揺らし、細い足首がちらりと覗く。日差しが柔らかい輪郭を描き出していた。
その背中を見つめながら、僕は叫んだ。
「つまり……オッケーってことでいいのかな?奈緒ちゃん!」
その声に、彼女は足を止めた。そしてくるりと振り向く。
風がふわりと吹きつけ、彼女は手で髪を押さえながら、ちょっと焦ったように、でも必死に怒った顔を作って言った。
「これから、絵里子さんのとこにまた告白しに行ったら……もう絶対に許さないからね!」