異世界転移
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俺の名前は渡辺悠人、15歳。現在、絶賛休学中で自宅警備員をやっている。
……ん? なんで休学してるかって?
はあ……学生なら学校に行くべき、っていう偏見はよく分かるよ。大人になれば働かなきゃならない、っていうのと同じくらいね。
決まりきったレールの上を、ただひたすらに歩いていく。
そうやって人間の貴重な黄金期を消費していくなんて、悲しすぎると思わない?
「でも、学校に行かずに家でゴロゴロしてる方がよっぽどダメじゃない?」
……そう思ったなら、君は大きな勘違いをしている。
俺は今、とんでもなく重大なことをしているんだ。
そう――世界を変えるような大事業を!
父さんが遺してくれた「魔法のランプ」を磨いているのさ。
そう、天井からぶら下がってるライトとか、LEDとかじゃない。
アラジンの、あの「願いを叶えてくれる魔法のランプ」だ!
手に入れた理由? ただ、俺は道を歩くとき下ばかり見てる癖があるだけ。落ちてる小銭を拾うのが好きなんだよね。
でも、英雄に出自は関係ない!
俺はこれから、人類の運命を変えるんだ!
全人類が幸せになれる、そんな願いを叶えてもらうんだ!
……俺って、マジで偉大すぎる。
そんなことを考えながら、ランプへの期待は膨らんでいくばかり。
「さあ! 出てこい、俺の願いを叶えてくれー!」
薄暗くて狭い部屋の中、唯一光っているのはパソコンのモニターだけ。
俺は両手で古びたランプを抱えていた。もともと埃まみれだったランプは、今やピカピカに光っている。
……が、いくら磨いても精霊は出てこない。
期待が大きいほど、失望もでかい。ある意味、これは精神のエネルギー保存の法則ってやつだ。
……まさか全部、俺の勘違いだったのか?
「こんなの、使えねぇなら……いっそ壊してやる!」
ランプを高く掲げ、床に叩きつけようとした、その瞬間――
ぼわっ、と白い煙が噴き出した。
どんどん濃くなっていくけど、不思議とむせたりはしない。むしろ高級アロマみたいないい香りがした。
俺の目の前で、その煙が糸のように絡み合い、ゆっくりと一人の少女の形を成していく。
神々しい顔立ち。柔らかい曲線の身体。透けるような薄い布を纏い、白いお腹と細い腕を露出している。
金のブレスレットが腕に光り、足首の鈴が小さく鳴る。
頭には金の羽飾り、髪は滝のような緑色。異国の香りと古代の魔法の気配をまとい、人間を超えた美しさを放っていた。
彼女は静かに目を閉じたまま、空中に浮かんでいる。まるで今この瞬間に生まれたばかりの天使みたいに――
「……美しすぎる……!」
俺が見惚れていると、ついに彼女はゆっくりと目を開けた。
碧い瞳がきらめき、薄暗かった部屋が一気に明るくなる。
その瞳に見つめられた瞬間、俺の心の穢れが洗い流されるような感覚に包まれた。
「……あなたが私を目覚めさせたの?」
彼女の声はまるで音楽のように心地よく、聞いた瞬間鳥肌が立つ。
「は、はいっ! そうです、俺が目覚めさせました! お願いを叶えてください!」
しかし、彼女はまったく動じる様子もなく、当たり前のように頷いた。
「言ってごらんなさい」
「人類全体の願いを、叶えてください!」
「却下します」
……は?
一秒の迷いもなく却下されたんだけど!?
「人間よ、私にはそれほどの力はない」
「じゃ、じゃあ、俺を神様にしてくれ!」
「無理です」
あれもダメ、これもダメ。お前、ほんとに願いを叶える精霊か?
俺は考えた。そして、思い出した。
そういえば……異世界に送ってくれる女神様って結構いたよな。
異世界に行けば、ハーレムも名誉も全部手に入る!
ならば――
「俺を異世界に送ってくれ!」
これが俺の最後の選択肢だ。まさかこれすらも叶わないなんてことはないだろう!
「異世界? どこにそんなもんがあるっていうのよ。」
彼女は俺を横目で一瞥した。その目線はまるでアイスクリームがトイレに落ちたかのように冷たく、口元には小馬鹿にした笑みが浮かんでいた。
「アニメの見すぎで脳みそ溶けたの? キモオタ。」
そして、容赦のない嘲笑が浴びせられた。
ドーン!!
雷に打たれたような衝撃。魂が抜け出し、胸に「社会的死亡」と書かれたナイフが突き刺さる感覚。
……このクソ精霊、俺たち何の因縁もないはずだろ!? なんでいきなり人格攻撃!?
もう……今すぐ死にたい……。
「さあ、凡人。さっさと願いを言いなさい!」
あくびをかみ殺しながら、まるで注文に手間取る迷惑客を見るような態度だ。
俺は無言で目をぐるりと回した。
……お前のスキルが雑魚すぎるからここまで長引いたんだよ。
異世界転移が無理なら、この地球でやっていくしかない。
富、健康、地位……精霊にとってはどれも簡単なはず。でも全部欲しいんだよなぁ。
「はやくしなさいよ。」
俺は目の前の美しい精霊を見つめ、白い肌と整った顔立ちにふとひらめいた。
……そうだ。これならすべて手に入る。
「じゃあ、叶えられそうな願いにするよ!」
ニヤリと悪魔のように笑って言った。
「……ほう?」
精霊は怪訝な顔をした。「叶えられそうな願い? なによ?」
「君が俺の妻になることだ!!」
精霊さえ妻にできれば、富も力も地位も全部手に入る!
それにこんな美人の精霊なら、文句なしじゃないか!
……って、ん? なんか様子が変だぞ?
なんで急に真顔になってるの?
手に持ってるそれ、まさか――
電撃!?
やばっ!
「待て! ちょ、違――」
「アアアアアアアアアアア!!!」
部屋が白く輝く。
まるで操り人形のように体が痙攣し、電流に引きずられて暴れまわる俺。四肢がブルブル震えて、舌はもつれ、自分の焦げた匂いすら感じるほど。
「や、やめ、やめてえええええ!! 俺が悪かった!! 取り消す!!」
ようやく電撃が止むと、精霊は満足げな笑みを浮かべていた。まるで他人を拷問して楽しむタイプの悪女のように。
俺は床にへたり込み、口から黒い煙を吐き出す。
アニメと全然違うじゃないか……! なんで美少女がいきなり拷問モードに入るんだよ!
彼女は俺の前にふわりと浮かび、顔を近づけてニヤリとした。
「まだ私をお嫁さんにしたい?」
「い、いえ、全く思いません……」
俺はMじゃねーぞ! もう一回くらったら、地獄で親父と花札でもすることになるぞ……!
俺がすっかりしおれた様子に、彼女は少しだけ残念そうに言った。
「ふん、まだ完全に救いようがないってほどじゃないのね。」
ただの欲張りでここまで言われるの、ひどすぎない? でも口には出さない。なぜなら命が惜しいのと、やっぱり……彼女、めちゃくちゃ美人なんだよな。美人が怒ってるのは怒ってるうちに入らない。不思議な理屈だが本音だ。
「さあ、願いを言いなさい!」
「……それじゃあ、俺の胃を治してくれ!」
長年悩まされてきた胃痛、全部朝食を抜いてきた子どもの頃のツケだ。飯を楽しめない人生なんて、半分損してるようなもんだ。
「それならOKよ!」
彼女は白く細い指を擦り合わせ、今度は気持ちのいい音で指を鳴らした。
「今日から、あなたの胃は完全回復! それどころか食欲も旺盛にしてあげたわ!」
ありがたくねぇ! 俺はまた白目をむきながら心の中で叫んだ。できることなら消費者センターにクレーム入れたい。願いを叶える精霊って誰が言ったんだ、叫んで怒鳴って罰するばっかじゃないか!
……ん?
なんだこれ。胃の奥から凄まじい空腹感が湧いてくる。
「な、なんだよこれ!? 俺に何をした!?」
「あなたには『食べて強くなる能力』を与えたのよ!」
食えば食うほど強くなる……だと!?
「でしょ? いい能力でしょ!」
彼女は微笑んだ。まさに絵画のような美しさだ。
「……でも腹減ったぁぁぁ!!」
部屋中を見回すと、飛び交うハエと空っぽのカップ麺、食い散らかされたお菓子の袋ばかり。ちくしょう! もう食べ物が残ってない!
そのとき、鼻が反応した。甘く魅惑的な香りが漂う。俺はその香りの正体に気づいた。
振り返ると、そこにいたのは帰ろうとする精霊の背中。
「ま、待ってくれ!」
俺は慌てて呼び止めた。
「……何よ?」
「その……」 口にたまる唾液をぬぐいながら言った。
「精霊の味、試してみたいんだけど。」
だってさ、食って強くなるなら、世界一希少な存在=精霊を食べるのが一番効率良くね?
「……」
彼女のエメラルドの瞳が、言葉では形容しきれないほどの衝撃を湛えていた。
言った瞬間に後悔した。これはさすがにヤバい。もしかしたら俺、ここで消されるかもしれない。あるいは幻滅されてこのまま帰られるか……。
……と思ったら、彼女は細い腕をゆっくりと差し出してきた。
雪のように白い手首。
「……強く噛まないでね。」
なんだこのセリフ。どう聞いても夜のイベント前の台詞だろこれ。
俺はためらいかけたが、彼女の魅力と空腹には勝てなかった。
パクッ。
口に広がるのは、ほのかに甘く血の味。俺の体内で細胞たちが歓喜の声を上げているのがわかる。
【力】
【不老】
【魔法適性】
なんだこれ……? 興味が湧いた俺は口を離した。
その瞬間、彼女の姿がスッと消えた。
再び静寂が戻る部屋。
魔法適性、つまり魔法を学ぶ素質ができたってことだろう。不老、力……つまり俺は、今……超能力者になったってことか!
「フフ……」
ごめん、顔が緩んじゃってる。いや、これは仕方ないだろ!!
「俺は世界の神だぁぁああ!!」
すでに常人を超えた俺は、久しぶりに外へ出ることにした。俺はちょっとしたオタクだけど、本当は美しい青空と少女の香りが好きなんだ。
これから始まるのは、無限の快楽と自由に満ちた人生!
さらば狭い部屋!
さらば退屈な日常!
――だが、そのときだった。
突風が吹いた。数ヶ月切ってない髪が視界を遮る。
くそっ、前が見えねぇ……。
……あれ? 何かが、猛スピードでこっちに――!
危ない!
大型トレーラーだ!
しかも前方に小さな子供が二人……!
「チャンスだ! 今日この日を、超越者誕生の記念日にしてやる!」
俺は二人の子供を突き飛ばし、迫るトラックに向けて拳を振りかぶった!
ゴキィィィ!!!
右手の手首が瞬時に逆関節、骨がビスケットみたいに粉々になった。
次の瞬間、肘、肩、鎖骨――骨という骨が関節からずれてバキバキに砕けていく。痛みで目玉が飛び出そうになる。
そして叫ぶ間もなく、俺は紙で作った凧のようにトラックのタイヤに巻き込まれた。
ドガ! ドン! ベキベキ! ズシャァァ!!
アスファルトの上を跳ね、擦れ、転がり、骨はポップコーンのように弾け散り、内臓はスムージーのごとくかき混ぜられ――
最後に、「プチン」という音と共に、俺の体はトマトのように潰れて植え込みにぶちまけられた。
タイヤのスリップ音、群衆の悲鳴、運転手の叫び声が耳に響く。
……これはマズい。
視界がぼやけてきた。
……死ぬのか、俺……?
目の前に現れる幻影――走馬灯か?
たくさんの知人の顔が通り過ぎ、最後に彼女――あの美しき精霊の姿になって……。
このクソ精霊……まさか俺に渡したの、偽物じゃねえだろうな……?
ここまで読んでくれて、本当にありがとう