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ままならぬもの

「あなたはいったい何をしているんですか!」

 ファティナが怪我をしたという知らせは、帰宅してから聞かされた。

普段であればヴァルファムが帰宅すれば呼ばれもしないのに一階ホールまで出てくる小娘様がその日は出てこないばかりか、クレオールも顔を出さなかった。

 主を迎えに出た使用人達は困惑の入り混じった様子でヴァルファムを迎え入れ、

「クレオールはどうした?」

というヴァルファムの問いに、中の一人がおずおずと進み出て口を開いた。

――気乗りしな気に。

「奥様がお怪我をなさいまして。クレオールさんは付き添っておいでです」

「義母うえが、怪我?」

は?

「馬から落ちられたのです」

その言葉に一気に血の気が引いた。

落馬で命を落とすものは多くいる。打ち所が悪かったり、命を失わぬまでも腰を折って下半身不随などは良くある話だ。

屈強な騎士でも良くある話なのだから、小娘様などひとたまりもないように感じた。

なんといってもファティナは子供だ。

 ヴァルファムは慌ててファティナの部屋へと駆けつけた。

義母(はは)うえっ」

ノックすらもどかしく扉を開いた継子だったが、その義母はといえば、

「おいしー」

などとクレオールに林檎を食べさせてもらっていた。



「あなたはいったい何をしているんですか!」

カッとしていえば、うさぎの形に切られた林檎を咥えたまま、

「ふぁるふぁむはま?」

「口にものを入れて喋るのはおよしなさい」

 怒鳴りながらぎろりとクレオールを睨みつける。クレオールは寝台の脇に椅子を運びそこに座っていたが、すぐに席をたち一礼すると控えた。

 ファティナは眉を潜めてしゃくしゃくと林檎を咀嚼し、クレオールが汚れた左手を濡れた布巾でふいてやる。

――よくみればファティナの右手は白い包帯に包まれていた。

「どうしてそのような……」

「聞いて下さい、ヴァルファム様!」

途端に元気なファティナは口を開いた。

「今年産まれた仔馬のエイディったら、わたくしを乗せてくれないのです。やっとつかまえて乗ろうとしたら振り払われてしまいました」

「……」

「やっぱり仔馬は駄目です。今度は母親のエミリーに挑戦いたします」

きっぱりと言い切る小娘を前に、ヴァルファムは拳に力が入るのを感じた。

――誰だ落馬などと大げさに言ったのは。

「怪我は、その手だけですか?」

「あとはお尻に痣ができてしまいました」

ケロリと言う。

いたたまれないのかクレオールは視線を逸らしたままだ。

「……判りました。怪我はゆっくりと治して下さい」

「ちょっとお尻と手が痛いだけですから平気ですわよ」

「――どうせなら頭の一つもうっていただいてもう少し中身を替えて欲しかったですね」

 淡々と言えば、ファティナの翡翠の瞳が瞬く。

「頭は打っておりませんよ」

「……ええ、残念です」

切実に。

「残念ですか?」

「――とにかく、もう馬に乗ろうなんて考えは捨てて下さい。エミリーに乗ろうなどと冗談では無い」

「いやです」

「駄目です」

 吐き捨てるように言いながら、ヴァルファムは踵をかえした。


まったくもって処置なし!

――背後からファティナの「ヴァルファム様のイジワルっ」という声が追いかけてきていたが、ヴァルファムはさっさとその部屋の扉に手をかけ、

「クレオール、ここは侍女にでも任せてしまえ」

とクレオールを呼んだ。

――とりあえず、ここで叱るべきはファティナでは無い。

馬屋などに行かせたこの男だ。



「どうして馬屋などに」

「ファティナ様が仔馬を見てみたいとおっしゃられましたので」

「見るのがどうして乗るのに変わる」

「――ご自分のサイズと照らし合わせて、おそらく乗れるのでは無いかと結論に達したのだと思われます。先だっては犬にも乗ろうとなさいましたので、似たようなことではないでしょうか」

――子供め。

 ヴァルファムは頭痛を覚えて額のあたりに手を当ててしまった。

「常々思っていたのだが」

「はい」

「おまえは義母うえに甘すぎる」

きっぱりと突きつけた。

「義母うえの護衛兼目付け役に誰かつけようと思う。おまえは義母うえの言葉に逆らえないからな」

「それがよろしいかと」

意外な返答が返った。

「――おまえも楽しんでアレの世話をしているのかとおもったが」

皮肉を込めていえば、クレオールは半眼を伏せた。

「自分があの方に甘いのは承知しております。甘さだけではいけないことも――若様のご決断はとてもよいものだと」


しかし、その決断も甘かったと知るのにやはり月日はそれほど掛からなかった。

ファティナ付きにした使用人の多くが幼い小娘様の「お願い」に容易く陥落し、いつの間にかファティナは馬に乗ることも、屋敷から中央市場へと抜ける道すらも熟知するようになっていた。

――さすがにそれに気づくには多少の歳月があったが。


ヴァルファムはある段階で理解した。

子育てとはままならないものなのだということを。



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