譲歩
――十三歳。
そのくらいの女性としてはファティナは幼すぎるのではないだろうか。
ヴァルファムは女性と積極的に関わる性格ではなかったが、仕事の一環として出席を命じられた茶会の席、じっくりと十三歳ていどの娘を観察してみた。
確実に違う生き物だと知れた。
「ヴァルファム様は騎士団に入団なさるのですか?」
「ヴァルファム様は侯爵さまの跡取りでいらっしゃるというのに騎士団に入るなんて、とても素晴らしいですね」
――ただたんに隠居しない父親のおかげで騎士団に入る予定なだけだ。
内心で一々反論しながら、やはりこれは何かが違うと感じた。
ファティナの話題といえばその日花開いた花や、犬だとかヤギだとかの家畜の話、雲の形が美味しそうだの、読んだ本の話。
あの思考回路はきっと十歳以下に違いない。
「おつかれ」
友人のイリスが苦笑しながらぽんぽんと肩を叩いてくる。
それに対して眉を潜めながら、
「十三歳は女だった」
とげんなりと呟いてしまう。
「そりゃあ、女の子のほうが早熟だからね。あのくらいだときっと結婚相手の選別で大忙しだろう。おまえだってその標的の一つだ」
「私の知っている十三歳はもっと幼い」
「へぇ? それはきっと呑気なご両親に育てられているのかな。跡取り娘だったらはやいうちから相手選びでたいへんだろうし、そうでなくともよそに嫁に出さないといけないから、やっぱり女の子のほうがオトナになる」
――呑気な。
その言葉に想像する。
ファティナに良く似た父と母。三人そろってへらへら笑っている。いっそ火を掛けていいだろうか? 心の平穏の為に。
それでも一旦浮かんだ疑問は、ファティナへと向けられた。
「ご両親はどんな方たちでした?」
夕食をすませ、居間で寛いでいる時に言葉にした。
途端に控えていた執事見習いが顔をしかめたが、ヴァルファムは頓着しなかった。
「あまり……存じません」
ファティナは少しだけ困ったように小首をかしげた。
「両親は多忙であまり家にいなくて……時々帰宅しても、お忙しくて」
「――」
ファティナの両親の持つ領地は小さなものだった。小さく、そしてこれといって産業が無い。その中で人々の生活を守る為に、両親は貿易という手法を取ったのだ。
――幼い娘は一人きり屋敷に残された。
屋敷に数名の使用人はいたが、必要最低限の使用人は決してファティナの遊び相手にはならず、ファティナは決まって羊に寄りかかって編み物や絵本を読むことで時間を費やした。
きちんと教育を受けていないファティナは、本を読むのにも苦労するのだ。
「でも――」
言葉を続けようとするファティナに、クレオールは遮るように声をかけた。
「ファティナ様、美味しい氷菓子などいかがですか? 甘い蜜をかけましょうか? それとも、酸味の強いソースをかけますか?」
「え、あ……」
言葉を遮られて驚いたファティナだったが、戸惑うようにヴァルファムを見てくる。ヴァルファムは自分の失態に気づいていたから、そのまま話題を切り替えた。
「私には紅茶を。義母うえ、どうせなら幾つもの味を楽しまれるといい――クレオール」
「はい、かしこまりました」
――本を読んで下さいませ。
もしかしたら、そんなことを言える相手もいなかったのだろうか。
「義母うえ」
「あ、はい。何ですか?」
「……教育係をお付けしましょう。何か学びたいことはありますか? 今以上に本を読みたいのであれば、綴りを教えてくれるものを。行儀作法も学ぶべきでしょうね」
ぱっとファティナの顔が嬉しそうに微笑む。
幼いのは捨て置かれた為、だろうか。
――それでも、素直に笑ってみせる。
ヴァルファムは届けられた氷菓子に幸せそうに笑ってみせる義母を眺めて眉間に皺を刻み込んだ。
へんに色気たっぷりよりはマシか。
今日見た娘達はすでに媚をうるというものを知っていた。自分達が美しいということを熟知していた。
――それよりはまだマシ。
ヴァルファムは譲歩という言葉を学んだのだった。
妥協とも言う。




