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ティー・タイム

「こらこらこらっ、大事な資料になにしてやがるっ」

ぐしゃりと思わず丸めてしまった羊皮紙に、ヴァルファムはふっと正気を取り戻して眉間に皺を刻んだ。


 丸めたところで羊皮紙はびろんとまた元に戻る。

それをひったくるようにして持っていった上官であるディーン・ゼルトはあからさまに溜息を吐き出しながら、内容を確認した。

そこだけをみればまるでまっとうな上官のように見えなくも無い。


 膨大な数の書類を保管してある資料室だった。重大な資料が多いこの部屋は、羊皮紙が多く室内の空気もどこか獣臭い。幾つもの棚が組まれ、羊皮紙は丸めてリボンによって止められ、更に箱に入れられている。植物性の樹皮などで作られた紙資料と違って、数多ある羊皮紙の資料はかさばるし発見もしづらいが、それだけに安全性もあると思われている――目的のもの一つ発見するのにたいそう苦労するというおまけつきだ。

 安全性保持の為に細分化などされていないのだ。ヴァルファムに言わせればただの怠慢だが。

「何がそんなに気に食わないんだか」

「失礼しました」

 慇懃に詫びをいれて相手の手から書類を引こうとしたが、それよりも先にディーンはヴァルファムが書類を丸めた理由に気付いてしまった。


「おっ、このヴァルツってのはおまえの親父だろ?」

「……」

 署名を見ただけで抹殺したくなったとはさすがにいえない。

職業上の資料でもある。しかも、羊皮紙に書かれているものはかなり重要なものとなる。

 ヴァルファムはそ知らぬ顔で「偶然ですよ。ただちょっと他のことを考えていただけです」と無表情で相手の手から書類をもう一度引き戻そうとしたが、ディーンはにやにやとしながら内容を確かめた。


 そもそもそれが理由の一旦ではあるが、理由の全てではなかった。

昨夜、執事のクレオールに対し「義母のナイショ話」についての心当たりについて詰問したのだが、クレオールは慇懃に「存じ上げません」と頭を下げた。数度同じ質問を繰り返した後に、やっとクレオールが口を開いたことといえば、


「本日奥様が喜んでおられたことでしたら、お茶の時刻に出されたアップルパイがすばらしかったということと、庭の散策中にうさぎを見つけたことがありますが――」

 と言葉を付け足した。

アップルパイはともかく、うさぎは「ヴァルファムが喜ぶナイショ話」かもしれない。多少胡散臭いが。

 クレオールは実は結構信用ができないのではないかと最近思っているくらいだ。

そのことを考えている時に、父親の名のある書類を目にした途端――ヴァルファムは無意識にぐしゃりとやってしまったのだ。そう、反射的に。


「へぇ、議員会のメンバーなのか。なになに、この時は……決闘、私闘の廃止法案について、か」

「可決はされませんでしたが、まだぐだぐだと言っているようですね」

冴え冴えと言いながら諦め、他の資料に手を伸ばした。

「ま、近いうちに可決されるんじゃねぇの? 無意味だし」

 もともとそんなものには用はなかった。ヴァルファムが探していたのは騎士団の関係資料だ。ただ偶然引き出したものに父の名を見つけ、思わず燃やしたい衝動にかられただけだ。


――生憎と資料室には暖炉がない為ぐしゃりとつぶしてみたが、羊皮紙に損害は欠片もない。

 ディーンは何が面白いのか、同じように議会に提出された書類に幾つも視線を落とし、

「おまえの親父結構色々な法律の立案だしてるじゃないか」

と口笛を吹いた。


「ろくなものはありませんが」

「そうかー? 外洋における他国との保安条例だとか、女性襲爵だとか、水路政策における治水条例だとか結構まっとうなものも提出しているじゃないか」

「暇なんですよ」

 相手にする気もおきない。

やらなくてもいいことにまで手を出してわざわざ仕事を増やすのだから、暇なのだろう。動いていないと死ぬ生き物かもしれない。


過労で死ね。


自分の領地の管理だけまっとうにやっておけばよいものを、何が議会だ。

 ヴァルファムはとりあえず父親がやることに対しては何でも気に入らないかのように冷たい眼差しをディーンに向けた。

「ああ、そうだ。オレはおまえとおちゃらけ話をしにきた訳じゃないんだわ」

「……」

 それ以外でこの男が自分の前にいたためしが無いと言ってやりたかったが、ヴァルファムは耐えた。

 こんなのでも上官だ。あくまでも。

腐って腐敗臭が垂れ流しであろうとも上官だ。

「長期休暇の申請出したろ?」

「出しましたね」

「とりあえず不可」

「は?」

「―― 一月近くおまえに休まれたらオレが仕事にならん。だから不可。ふーか」

 何故かやたらとキリっと真顔で言う上司に、ヴァルファムは冷ややかな視線をひたりと向けた。

「私は別に職を辞しても一向に構わないのですが?」

「……せめて、せめて二週間にして、お願い」

「二十日」

「二十日! 二十日! オレに死ねって? 過労死したらどうしてくれるっ」

「死になさい」

 ヴァルファムは言い切り、ディーンはまるで子供のようにその場にしゃがみこんで頭を抱えた。

「くそっ、おまえのかーちゃんでべそっ」

「死になさい。即刻」

「嘘。嘘ですっ。ファティちゃんは可愛い。あの子がでべそな訳がない」

 ヴァルファムはしゃがみこんでいる上官の襟首を掴み上げて無理やり立たせると、低い声で警告した。

「私の義母の話をそれ以上するようでしたら、今この場であなたを殴り倒して辞表のかわりに致しますがどうしますか?」

 それでなくともファティと他人に言われることほど腹立たしいことは無いと気付いてしまった。

殴ることは無理でも、ぐいぐいと首を締め上げ、がくがくと相手の上半身を揺さぶりながらヴァルファムは悪辣と言われる微笑を湛えた。

「……いやだなぁ、もぉ、ヴァルってばそんなに真剣に怒らないでよぅ」

「怒っていませんよ。ええ。欠片も。

二十日も休みを頂くのですから、怒るなどどうしてできましょうか」

 冷ややかな笑みを浮かべる部下を前に、ディーンは降参するように両手を広げて掲げた。

「一日も早く帰って来てね」

「ええ、私も極力早く戻ります」


――むしろ父とファティナを対面させたのちは、そのまま帰宅してもいいくらいだ。

そうすればどちらの約束も違えることにはならない。

だが、今回は目的がある。

 その目的を思えば、ヴァルファムは口の中に苦いものが広がるような気がした。 


***


「まずい」

 口の中に苦い味が一気に広がった。

思わず言葉が口をついて出てしまった程だ。


「あら、美味しくありません?」

 ファティナは驚いた様子で、自分の手でいれたばかりの紅茶にふーふーと息を吹きかけた。

 どうやら「まずい」味を確認したい様子だが、この女ときたら猫舌なのか子供のように紅茶を冷ますのに必死になっている。


イラっとくる。


 いや、この程度で苛立ちを覚えてはいけない。冷静だ。冷静になれエイリク。

聖騎士を目指し、兄により近づく為ならばこの程度で苛立ちを覚えたり腹立たしさに怒鳴り声をあげるなどもってのほかだ。


「少々蒸らし時間が多かったかもしれません。私が淹れなおし致しましょう」

控えていた執事が穏やかに言えば、ファティナは嘆息して応じた。

「そうですわね――せっかくのお茶の時間ですもの。美味しいお茶を召し上がったほうがよろしいわ」

 クレオ、お願いね。

ファティナは寂しそうな笑みを浮かべ、執事へと声を掛けた。


何故この女は使用人に対して「お願い」などというのだろうか。使用人に対して「お願い」などというのは間違っている。彼等は働くことで対価を得ているのだし、命じられることが使命なのだ。


「構わない――このまま頂きます」

 エイリクはむっとしたような顔のまま軽く手を払い執事が紅茶のポットに手を伸ばそうとするのを止めた。

「でも、エイ……」

「ぼくがいいと言っているのだからいいんです」


エイリクはきっぱりと言い切ると、まずいと先ほど言い切った茶を喉へと流し込んだ。

――まずい。

 渋みばかりが出ている。

へらへら笑いながら茶をいれているからこういうことになるのだ。

度し難い程に愚かな女だ。


 本当にまずい。


 そう確認するようにお茶を飲んでいると、ファティナが心底嬉しそうに微笑み、エイリクの為に今度は洋ナシのタルトを切り分けにかかった。その切り分ける様がなんともぎこちなく、ファティナの背後の執事がわずかに口元を引きつらせているのはその安全を気に掛けているのだろう。

 今にもうっかりとその切れなさそう(・・・・・・)なナイフで手を切り付けそうだ。


「このタルトは料理番のエマの得意なものなのですよ」

 最終的に背後からやんわりと執事が手を伸ばしナイフを引き取りタルトを切り分けに掛かった。

「私が致しますから、奥様は座っていらして下さい」

 馬鹿女の手からナイフが取り去られると、エイリクは我知らず小さくほっと息をつき、途端に顔をしかめた。

 やっと冷めた茶を舐めるように飲んで、ファティナはその苦さに気まずそうに顔をしかめ、ついで困ったように茶の中に薔薇の形の砂糖を足した。


馬鹿だな。

ぬるくなった茶の中で砂糖が溶け残るぞ。


……激しくイラっとくる。

なんでそんな風に笑うんだよ。

おまえはぼくのことなんて放置していた癖に。まるでそんな事実など無いかのように笑う様が、苛立ちを沸き立たせる。


 冷静にならなければいけないというのに、この女と共にいるとやけに腹の中がざわつく。

執事が穏やかな笑みを湛えて主の言葉を無視して新しいお茶をいれる為に動き出す。

 それに対してばつが悪そうな、けれど楽しそうな様子で話しかける彼女を見ていると、とても落ち着かない気持ちになる。


 くそっ。


苛立ちのあまり何故か執事を睨みつけ、エイリクは小さく舌打ちをしていた。


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