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欺瞞

 色素の薄い金髪に意思の強い碧玉――つやのある藍色の上下に緩く結んだアスコットタイという様相。

 剣呑さを含ませた眼差しをぎしりと向けられたファティナが、身じろいで動揺する。

突然訪問した馬車の主が自らの夫だと思っていた小娘は、その相手が夫ではなくもう一人の義理の息子だと知り、気が抜けた様子でふらりと後退しヴァルファムはその肩を支えて瞳を眇めた。


「何故、その女がここにいるのですか」


 辛らつな口調だった。

子供らしいきつい言い方を鼻で笑い、ヴァルファムは口を開いた。

「それはこちらの台詞だ。エイリク――あまりにも突然の来訪だな」

 エイリクはきつい兄の物言いにはっとした様子をみせ、ついでうろたえるように視線をさまよわせた。

「兄様、あの……先日こちらに手紙をお送りしたのですが」

「手紙?」

 眉を潜めて、それから思い出す。

あの日、父からの手紙が義母に届いたおりに――憤りのあまりカップを払いのけ、その中身をかぶった幾つかの手紙の中にエイリクのものがあった気がする。どうでも良いとそのまま処分させたはずだ。

「いえ、返事も待たずに来たぼくが悪いのです。申し訳ありません」

エイリクは恐縮するように言い、

「寄宿学校の入学に伴いまして、下見などの為に数日の滞在をお願いしたいのですが」

 その言葉に、ファティナが短く息を吸い込んだ。

「まぁっ、エイリク様もこちらにお暮らしになりますの?」

 とっぴな声にエイリクが途端にいやそうな顔をする。そしてヴァルファムは苦笑し、義母の肩を軽く叩いた。


「義母うえ、エイリクはしばらく滞在するだけです。寄宿舎は全寮制ですから――それより、確かお疲れで部屋におられたのですよね。戻りましょう」

「え、あの……でも」

「あとはクレオールに任せればいい。クレオール」

「はい、かしこまりました」

 クレオールはヴァルファムの言葉に軽く一礼し、エイリクにも同じように頭を下げた。

「この屋敷の雑事をまかされておりますクレオールと申します。お部屋にご案内いたします。荷物は当家のものが運びますので、どうぞこちらへ」



 後ろ髪を引かれるようにファティナがちらちらとエイリクを盗み見て歩く。

「残念でしたね」

――父ではなくて。

そっとヴァルファムが言えば、ファティナは自分の胸元に手を当てて微苦笑を浮かべた。

「驚きましたけれど、久しぶりにエイリク様にお会いできて嬉しいですわ」

「嬉しい、ですか?」

――以前エイリクと顔を合わせたおりには彼女は数日の間落ち込んでいたというのに。

 今日だとて、糞生意気な子供はハリネズミのように刺々しくファティナに対じていたというのに?

 

 動揺が多少落ち着けた様子のファティナは、唇を軽く尖らせた。

「あら、わたくし以前いいましたでしょう? 仲良くする自信はあるのです。今までなかったのは時間ですもの」

「あまり無茶をしないで下さい。多少の怪我ならともかく……心に傷を負われでもしたら」

 多少であれば子供のすることと放置してもいいが、子供とは時折容赦なく相手を傷つけるものだ。

 たかが一日、二日程度落ち込む程度であれば抱きしめて慰めてやればよいだろうが、それ以上の心の傷などつけられてはたまらない。


「わたくし、がんばりますわ!」

「――ほどほどに」

 できればあんなものを構ってなど欲しくないが、無理に止めたところでファティナはとまらない。

 ヴァルファムは皮肉気に笑い、内心でつぶやいた。


一発泣かされて来い。


 ヴァルファムにはよくわかっている。

ヴァルファムと同じ色彩を持つあの子供は、ヴァルファムと同じように――性格が悪いに違いない。


***


――父であれば良かった。


 ヴァルファムはファティナを部屋へと送り、自らも自室に戻り一旦冷水を浴び頭の熱を冷まして着替えを済ませると棚に飾られた酒瓶に手を伸ばしていた。

 父であればよかったのだ。


覚悟が――砕ける。


 先程までの自分であれば、心を無視して父を見れたはずだ。

父と、そしてファティナを。

だが、忌々しいことに訪れたのは小生意気な糞餓鬼一人――腹の底にいやなものが溜まり、それを吐き出すように薄く開いた唇の隙間からゆっくりと息を吐き出した。


 何故、あいつなのか。

何故――このタイミングで。

 ヴァルファムは乱暴にグラスにブランデーを落し、それをぐいと喉の奥へと流し込んだ。

――今であれば。いや、先程までの自分であれば、あの男がファティナに触れることを許しただろう。冷ややかに笑い、腹をよどませ、けれどそれすら必要悪のように感受してやったろうに!


義母と義息の距離として。


「くそっ!」

 忌々しいと隠さぬ低い声が唇から漏れた。

時間がたてば立つほど腹がたつ。

一度(いだ)いた覚悟を、もう一度抱ける度量が自分にあるだろうか。

いつだかにメアリ女史に告げた言葉がよみがえる。


――女が欲しいなら娼館にでも行く。


 そうじゃない。欲しいのは女ではなく――ファティナなのだ。

女が欲しい訳ではないといいながら、ファティナに触れたいと望む。共にいて欲しいといいながら、いっそ殺してしまいたいという衝動が生まれる。共に永劫生きられるのであれば親子のままで構わないといいながら――ファティナの心を望む。

 正解などありはしない。

あるとすればそれは今。共にいる今だけが正解なのだ。


 二杯目の酒を喉の奥へと流し込む。

自嘲的な笑みがこぼれおちた。

 自分は早い段階で結婚するべきだろう――少しは枷になるやもしれず、ヴァルファムの子を愛しむファティナを見ればまた何かが変わるかもしれない。


たとえそれが欺瞞(ぎまん)だとしても。


「若様っ!」

 切迫した声が突然部屋の扉を開いた。ノックも何もなく、突然開かれた扉。

乱暴な気配に呑まれていたヴァルファムは冷たい眼差しをぎしりと向けた。

「何だ」

「奥様がっ」

 侍女の声が全てを告げるよりも先、ヴァルファムは手の中にあったグラスを放り出して扉へと向けて足を動かしていた。


また何かをやらかしたのだ――あの小娘様は。


***


 一旦自室へと戻ったファティナだが、その後の行動はすばやかった。

部屋付きの侍女へ「休みますから」と下がらせ、こっそりと部屋を抜け出したのだ。

 ヴァルファムがいる二階の部屋は慎重に移動し、一階に下りると大きく息をつく。それまでにぎやかであった玄関ホールも車寄せもすでに静けさを取り戻していた。

 小首をかしげてしまう。

エイリクの為に用意された部屋はどこであろうか? ぐるりと階段やホールを一旦見回し、そしてその静けさから母屋ではないのだろうとあたりをつけた。

「お客様用かしら?」

 ならばそれ用に離れが存在している。だが、本来そこは来客用であって家族につかうものではないだろう。

 眉根をひそめるファティナは、彼女の義息がエイリクのことを家族とみなしていないことなど知る由しもない。ヴァルファムにとって家族といえばファティナだけ――父であろうとエイリクであろうとその範疇として考えておらぬし、また義理の妹達にしてみたところでいまやまったくの他人だ。


 客間を用意してやるだけありがたく思え――所詮その程度なのだが、ファティナには理解しがたいことであるらしい。

 ファティナはどこか納得できないという様子で、それでもあまり縁のない離れへと足を向けた。

 屋敷の正面から右手奥に作られた三階建ての建物がそれだ。

レンガで作られた建物は母屋とは違いレンガの壁を持ち、かわいらしい造りをしている。母屋が白亜であるのに対し、赤レンガの造型はおそらく来客の気持ちも明るくなろうというものだが、生憎と今まで使われているのを見たことは無い。


「……ヴァルファム様ってお友達少ないのかしら」

とても心配だ。


 ファティナは余計な心配をしながら、その離れの裏手入り口付近に先程エイリクが乗ってきた馬車が止められていることに気づいた。

下男が荷物を運んでいるのが見える。

「エイリク様はどちら?」

 声を掛けると、下男がぎょっとした様子で目をむいた。

「奥様?」

「ご苦労様ですわ。エイリク様は上の階にいらっしゃいますの?」

「いや、ええ……あの、ぼっちゃんは二階においでですが、あのっ」

 言いながらも戸惑いを隠さない下男だったが、すぐに自分の失態を知った。

ファティナが機嫌よく微笑んでさっさと離れの建物へと入っていってしまったのだ。

「奥様っ」

 咄嗟に声をあげたとしても後の祭り、ファティナの蜂蜜色の髪は扉の奥へと消えてしまった。

下男二人は顔を見合わせ、やがて息をついた。

「中にはクレオールさんがいるから大丈夫だろ」

「……だな」

――彼等はこの屋敷の女主(おんなあるじ)が落ち込んだ数々の理由を熟知している。彼女が落ち込むとこの屋敷はまるきり光をうしなったように暗く陰気になるのだ。

 

 エイリクという馴染みの無い主筋(しゅすじ)の少年は、以前ファティナを三日の間落ち込ませた。

彼は年の近すぎる義母を――誰もが判るほどに毛嫌いしていたのだ。

それは憎しみといっていいほどに。


だが、誰も想像すらしなかった。

そのエイリクが義理とはいえ正式なる母へと、紅茶をカップごと叩きつける程嫌っているなどとは。

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