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「わたくしはもう子供ではありません!」

小娘様の宣言に失笑が漏れる。

もう間もなく十五になろうという小娘様だが、ヴァルファムに言わせれば小娘様はいつまでたっても小娘様だった。

「ヴァルファム様はわたくしを小さな子供だとでも思っていらっしゃいますか?」

「小さいとは思ってませんが、子供だとは思ってます」

 あっさりと白状すればファティナは唇を尖らせた。


――淑女はそんな顔をしない。

「わたくしは義母なのですよ」

「ええ、判ってますよ」

「もう添い寝など要りません」

きっぱりと宣言する。

「ほんの少し前まで一人で寝れないと騒いでいた人の台詞とは到底思えません」

「……それは、子供だったのです」

今と何が違う。

ファティナは眉根をひそめ、上目遣いに睨みつけてくる。

「では本の朗読も必要ありませんね?」

「……はい」

それには多少未練があるようだが、ファティナはどうやら今回は強い意思を持っての宣言らしい。

「ではよろしいですよ。私も別に狭い寝台であなたの寝相の悪さに耐えながら寝るのが趣味という訳ではありませんし」

言われた内容に不満はあるものの、ヴァルファムのあっさりとした返答にファティナはぱっと笑みを浮かべた。

「ところで」

「はい?」

「今回はまた急な話ですね? どういった心境の変化でいらっしゃいますか」

組んでいた足を組み替えて小首をかしげて問えば、ファティナは微笑んだ。

「……淑女は旦那様いがいの方と添い寝してはいけないのでしょう?」

多少戸惑いながら言う言葉は、明らかに誰かからの入れ知恵だ。そもそも今まで何の疑問も持っていなかったのだろう。彼女は継子をあたたかな枕程度にしか思っていない。

「どなたから教えていただいたのです?」

「メアリ女史が」

「女史は勘違いなさってますよ。私と貴女は親子ですからね。家族は同じ寝台で寝てもおかしくない」

 にっこりと言えばファティナは戸惑うように瞳を揺らした。

「ですわよね?」

「家族ですからね」

「家族ですものね?」

――愚かだ。

この小娘様は家族という単語に弱い。

元々から家族という愛情に恵まれなかったのだ。そして彼女は強くそれを欲している。本来の家族の姿を知らないのだから示されるものを鵜呑みにしてしまうのだ。

――ああ、本当に愚かしい。

だがそれがファティナだった。

愚かでか弱くて、無邪気で――こんな容易く丸め込まれる。

そして憎らしい。

「ですが、今夜からは別で休みましょう」

ヴァルファムは言いながら席を立つと、ファティナの前で身を屈めて彼女の瞼と頬とに唇を落とした。

「おやすみなさい、義母うえ。

どうぞ良い夢を――」



 私室でグラスを傾け、本に視線を落とす。

静かな時間はもう随分と前に手放したものだった。

クレオールも誰もいない。ただ一人だけの自分の部屋。

壁にたつ時計の針の音が時々気になる程度。

――さて、どうするかな。

夜も深くなり、移動を考えたところで控えめに扉がノックされ、苦笑する。

ゆっくりと椅子から立ち上がり扉を開ければ、寝巻きにガウンをかけただけの小娘様が眉根をしっかりと寄せて唇を尖らせて見上げていた。

 そろそろ行こうと思っていたヴァルファムは苦笑するしかない。どうやらヴァルファムが訪れる前に我慢ができなくなったらしい。

「どうなさいました?」

「……寝れません」

「お一人で寝るのですよね?」

「……」

泣きそうな顔をする。

「義母うえ?」

「ヴァルファム様、意地悪です」

「意地悪などしていませんよ? 私は義母うえを尊重しているだけです」

そっとその頬に手を当てる。

体は温かいというのに、一人の寝台は彼女にとって心地よいものではなかったのだろう。

「淑女は夫意外と床をともにしないのでしょう?」

益々泣きそうな顔をする。

歪んだ顔に愉悦がもれるのは――随分と趣味が悪いのだろう。自分は。

「ヴァルファム様は家族だから……息子だから、良いのです」

「そうですね」

はい、よくできました。

クスリと笑みを落としてヴァルファムはファティナの眦にうっすらと浮かぶ涙の雫を舐め取った。

「私の寝室で構いませんか?」

「はい」

ぱっとファティナが微笑む。

愛しくて憎らしくて、どうしようもない小娘様。



「お話がございます」

強張った顔の勤勉なる女性は、ヴァルファムの前で背筋をピンと伸ばし強い意思のある眼差しを向けてくる。

「なんでしょう」

ヴァルファムが書庫にいるところを見計らうように訪れた彼女は――名は何だったか、ファティナ付きの女性講師。腹のあたりで指を組んでゆっくりと覚悟を決めるかのように息を吸い込んだ。

「奥様のことでございます」

「そうでしょうね。あなたと私が他に何の話しをするのか想像もつきません」

揶揄するように言えば、ぴくりと眉間のあたりが動く。

「あの方に嘘を教えるのはお辞め下さい」

「嘘?」

「あの方はあなたを信じていらっしゃる」

ほんの少しだけ彼女の声は震えていた。

おそらくそれは自分の進退すら危ういものだと気づいている。この場でヴァルファムが解雇を言い渡すであろうことを覚悟している。

 それでも言わずにはいられない内容――という訳だ。

「あなたがあの方に接するものが……普通の親子の関係と異なるものであることを、ご理解しておりますね」

「さぁ?」

「ヴァルファム様!」

 ヴァルファムは肩をすくめ、近くの机に軽く腰を預けた。

「普通の親子がどういったものか、生憎私は存じ上げませんから。私はただ、義母うえと愉しく生活しているだけですが問題でしたでしょうか?」

「あの方はあなたの父君の奥方ですよ」

「そうですよ。私はきちんと義母うえとお呼びしている。

何が問題であるのか理解できませんね?」

ヴァルファムはわざとらしく小首をかしげた。

「……少なくとも、一緒の寝台に寝るような行為はもうお辞め下さい」

「ああ、義母うえからも言われました。私も了承致しましたよ」

 その言葉に女史はほっと息をついた。

その安堵の表情がおかしく思え、ヴァルファムは言葉を続けた。

「ですが結局義母うえは夜中に眠れないと私の寝室に参りましたが」

「――」

「親子で共に寝ているだけです。女が欲しければ娼館でも行きますから安心なさい」

 さらりと言われた言葉に相手の顔が強張る。

その反応がことさらおかしくて、ヴァルファムはわざと胸の内を吐露していく。

「性処理ならいくらでもいる。触れるだけの口付けが問題ですか? 抱きしめる親子がいない? あなたはいったい何に対して問題だと言っているのか、まったく私には理解できかねますね」

「あなたは……」

ヴァルファムは笑みを湛え、口調を変えた。


「あの人は私の義母だ。たかが講師如きが余計な口を利くな。

あなたはただあの人の暇潰しの相手でしかない。私があなたの首を切らないのはあなたが女であるという理由だけだ。今の仕事を失わぬよう、分を超えない程度に励むんだな」


――普通の親子の関係と異なる?

そんなのは元からだ。

八つも年下の小娘。それのどこが普通だというのだろう。


莫迦らしい。


女史が口を開こうとしたところで、ノックの音が二人の緊張を割った。

「どうぞ」

と躊躇無くヴァルファムが応える。


ひょこりと顔を出したファティナが瞳を瞬いた。

「あら……えっと、あの、御邪魔してしまったかしら?」

どう見ても二人が会話を交わしていたことは明らかだ。

ヴァルファムは苦笑し「どうなさいました」と尋ねたが、ファティナの瞳は興味深々だ。

「もしかして御二人は恋人同士? まぁ、素敵ですわっ」

恋愛物語にもありましたわ!

女性家庭教師と貴族の若君の恋っ。と嬉しそうに語るファティナの言葉にメアリは狼狽したが、ヴァルファムは冷たく言った。

「そんなことあるわけがない。あなたの勉強について話していたのですよ――義母うえ」

「……きちんと学んでおりますよ」

怯えるように言うファティナに近づき、ヴァルファムは極普通の所作でファティナの頬に触れ、額に口付けを落とし、眦にも触れる。

「ではご褒美にあなたの誕生日には景色の良い山荘にでも行きましょうか。数日私も休みをとってのんびりと。いつの間にか上達したという馬の扱いを見せて下さい」

「本当ですか?」

「私は嘘は言いませんよ――ねぇ、女史?」

すっと視線を向けられ、メアリは自分の喉に唾液がたまるのを感じた。


「女史?」

冷たく向けられる眼差しを避けるように瞳を伏せて、ゆっくりとうなずく。

「はい……」


――鉛が喉を通るような重苦しさに、メアリは唇を噛んだ。




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