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第4話

 昼下がり、僕は広場の隅で空を眺めていた。青を薄める群雲が風に揺蕩たゆたい、天道の軌跡を揺り動かしている。冷たい石壁にもたれ掛かれば、体温と静寂が解け合う心地がする。喉の奥につっかえた、反吐が出るようなそれは、どうやら僅かに鳴りを潜めたようだ。


 今日は既に十人殺した。実際はもう何人か殺しているかも知れないし、はたまた何人か盛っているかも知れない。少なくとも平常よりは幾倍――金は更に数人分ずつは稼いでいる。...今更嫌気が差そうが、命を刈ることは即ち息を吸うことだ。貪るものに好き嫌いをしていては、生きてゆけるはずもない。


 しかし、死ぬために生きたくないからと死なないために生きていては、結局のところ死に翻弄されているのに変わりはない。せめて他のことを大義名分としたいが、生業が重い足枷となって身動きが取れない。そうして僕はきっと、死に溺れた餌を食らう蟻地獄となるのだ。


 ...血みどろを避けて気分を転換するつもりが、どうも喉の奥が押し潰される気味になってしまった。深く息を吸おうとするが、へばり附いた鬱屈が内臓はらわたをこねくり回す。仕方がないから、全てを夏の暑さの所為せいにして、惰性で“死神”へと戻ることにした。




 わざとらしくナイフを携えて、死にたがりを探す。適当な場所で待っていても仕事は来るが、こちらから探しに行く方が遥かに効率がいい。――まぁ、誰もが死を求めていることは自明なのだが、特に今日は母数が多いのだから、待ちぼうけでは勿体ない。少なくとも一週間はパンが買えるくらいには稼ぎたいものだ。


 幸い、人間を選別するのには長けていた。相手が信用に値するか否か、奇しくも本能的に会得していたのだろう。眼を合わせれば、嘘が見える。言葉を交わせば、人となりが見える。少なくとも、近辺の浅はかな輩を忌避するのには十分だった。その観察眼を泳がせていると、先刻目にした人影が映った。


「こんにちは!この辺に“死神”って人いませんか?」


「・・・ん?誰だお前。――なぁ、こいつ知り合いだったか?」


「いや、知らねぇ。つうかどう見てもこの辺の奴じゃないだろ」


「そうか…もしかしてこいつ“下”から来てんじゃねぇか?」


「うーん、今日は“死神”さんいないのかな...」


「死神なら知ってるぜ?なんせオレの知り合いだからな」


「ほんとに!?よかったぁ」


「あぁ。でも、重要機密だからな…無料タダでってわけにはいかねえなぁ?」


 ...言うまでもなく、典型的な欺瞞だ。鵜呑みにするであろう少女には気の毒だが、なにも珍しいことではない。そうして金をたんまり頂戴し、適当な場所へ――酷いときは暗がりに案内され、持ち合わせを残らず持って行かれることもあるのだとか。・・・しかしまあ、僕には何ら責任も関係もないのだ。そのまま通り過ぎればいい。


 目先の現実から目を背け、何も知らない振りをして、楽な方へ―――




・・・




「――仕事中すまないけど、その子は僕の客なんだ。君たちは帰っていいよ」


「あぁ?お生憎様、オレらが先だよ。他をあたりな」


「でも、その子は“死神”を探してるんだろ?」


「あぁ、だからオレらが今から案内してやるのさ。何か文句でもあるか?…それともなんだ、まさか自分が“死神”だなんて言い出すんじゃないだろうな」


 自分より弱い存在を見下すような蔑みの気色が、その高慢な言い草から、嘲り試すようなその目遣いから、さぞ自慢げに溢れている。普段ならナイフを突き付けてもよかったのだが、場所が場所なのだ。公に私怨で人を刺すわけにもいかない。それに、今はどうやら客を待たせているらしいのだから、できる限り穏便に事を済ませたい。聞かれぬよう静かに息を吐き、ゆっくりと歩み寄る。


「なんだお前、まさかそのほっそい腕でオレを殴る気か?」


「はい、これ」


「…あ?んだこれ、賄賂か?」


「そんなところ。それと...」


 貼り付けた仏頂面を崩さないままに、間合いに半歩踏み込む。と同時に、鞘から抜いた冷ややかな銀白色を鳩尾みぞおちに添えてみる。すると、強張った顔からその畏怖が伝わってきた。威勢も虚栄も、名誉(・・)でさえも不意な死の恐怖を前にしては意味を成さないのだから、実に滑稽なものだ。


「――“死神”の邪魔に、次はないよ」


 すっかり足をすくませた連れにも聞こえるよう囁くと、茫然から我に返るや否やきびすを返したようだった。ふと思い出しざまに振り返ると、すっとんきょうとした少女がこちらを見つめていた。しかし僕の目線に気付いたのか、あっ という声を微かに洩らし、仰々しく手を叩いた。


「えーっと・・・あなたが“死神”さん?で、合ってるかな」


「そうだよ」


「私はルーニ。おとなりのリガリアから来た――」


「待って」


 ―――リガリア(・・・・)という四文字が、僕の肝を途端に冷やした。それはあまりに身近で、あまりに場違いな言葉だった。衝撃を抑え周囲を見渡すが、幸いにも視線は感じない。ルーニと名乗った歳のさほど変わらない少女は、言ってから自分でも気付いた様子でバツが悪そうに僕を見つめている。もし衆人の耳に入りでもしていたら、どうなっていたことか。


「...ちょっと、僕について来て」

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