正真正銘の王子
絶体絶命だ・・・
仕方なくリリカは捨て身の作戦に出ることにした。
クルッと180度向きを変えると、腰を低く落とし、下腹に力を入れる。
ゆっくり深呼吸をして、精神を統一させた。
「デリャー」
壁のガラスに向かって正拳突きを出したのだ。
「ガシャーーーーン」
大きな音を立ててガラスは割れた。
『よし、これで逃げられる』そう思っていたら、閉まっていた扉が開いて誰かがやってきたのだった。
「リリカ、リリカー、大丈夫かっ?」
その耳に馴染んだ、心地よい響きの声には、聞き覚えがあった!
そこには息を切らし、雨に濡れそぼったお兄様がいたのであった!!
リリカは利き手からダラダラと血が流れているのも忘れて、その姿に見惚れていた。
『こんな劇的な頃合いに、私を助けに現れるなんて・・・お兄様、素敵過ぎます!!これぞ本物の正真正銘の王子様だわ!!』
テオドールはリリカの元に走り寄ると、ギュッと抱きしめたのだった。
『何、何、これは夢なの? それとも私ってばもう死んでいるの?』
でもこの暖かさは間違いなく、今この瞬間、生きているからこそ感じる体温だ。
そう思うとリリカの両目からは涙がツツーと頬を伝ったのだった。
『こんなにも情熱的にお兄様から抱きしめられる日がくるなんて・・・・・・さっきまでの危機的状況が嘘のようだわ。あ〜生きててよかった!神様ありがとう!!』
テオドールも妹がそんなことに感動して泣いているとは、夢にも思っていない。
普通に恐ろしい目にあったから泣いているのだと、腹を立てたのだった。
「妹に一体何をしたんだ!!」
テオドールは妹に寄り添ったまま、いつになく声を荒げた。
「な、なにもしていない。その女がここに閉じ込められていたから開けてやっただけだ」
「でもこんなにも怪我をしているじゃないか!」
「そ、それは、その女が勝手にやったことだ!!」
「妹がやったと言うのか?冗談もほどほどにしたまえ!」
か弱い乙女のリリカが大きなガラスを破壊したなど、到底信じられる訳がなった。
リリカはここぞとばかりにテオドールにしがみつき、知りませんとばかりに首を振ったのだった。
「君、妹にこんなことをするなんて許せないな」
「な、何だよ、公爵家様はそんなに偉いのかよ!お前なんて平民との混血だろ。お、俺の方が身分は上なんだからな!!」
お兄様に向かって、そんなうす汚い言葉を投げかけたことに、リリカ顔を顰めた。
「へえーー、そうなんだ。公爵家が認めた嫡子に、そんな口が聞けるほどに伯爵家は偉いのかー」
急に知らない男の声が急に聞こえたので、リリカは気になって、声の方をそっと見た。
そこにいたのはアバスチン王子であった。
「僕の親友への暴言、それにその妹への暴行。う〜ん、どうだろう・・・爵位の剥奪もあるかもね」
「・・そ・そんな・・・」
ネスプは事態が家名にまで及ぶことに動揺を見せた。
ここで、このバカ男が黙って引き下がってくれりゃー良かった。
助演男優賞(もちろん主演はお兄様と私よ)をあげたいぐらいのいい仕事をしてくれたと、リリカは拍手を送りたいぐらいだった。
なのにバカだから、言ってはいけないことを言ったのだ!
「第2王子にそんな権限なんてねーだろ!」
これには王子もカチーンときたようだ。
「そうか・・・だったら、もしリリカ嬢が僕の許嫁だったらどうなるだろうな?」
王子の奴がそんなことを言いやがったのだ。
この発言にはその場にいた人たちも、驚いたのだった。
『はっ、はぁ〜??何を勝手なこと言ってんだこいつ』
王子のあまりにも身勝手な放言に、リリカはもうちょっとでお兄様のお腹に正拳突きをお見舞いしそうになるほどに混乱していた。
真意を確かめたいが、今はそんな状況ではない。
そうしている間に、王子の護衛がネスプを捕まえていた。
様子を見に来ていた姉のカロナールを見つけると「こいつにそそのかされたんだ!」と道連れにしようとし「何言ってるの、私は何も知らないわよ!」と、こちらも簡単に弟のことを切り捨てていた。
だが、そこはアイリーアがきちんと反論してくれた。
彼女もリリカのことを心配して温室まで来てくれていたようだ。
「カロナール様がリリカ様に手紙を持っていらしたのです」
お兄様がそうなのかと確認を取られたので、リリカは小さく頷く。
「では、ここにいるもの全員に、きちんと話をきいたほうが良さそうだな」
アバスチン王子の一声で、雨の中、みんなで校舎に引き返したのであった。