一件落着と思いきや
しかし、もっと厄介なのは女性のほうだった。
男性は自身よりも爵位の高い女性に声を掛けることは、とても礼を欠くことなのだが、この決まりは女性同士になると通用しない。
だからお兄様を狙っている女達は、平気でリリカに媚を売りに来るのだ。
あからさまに『テオドール様を紹介してください』とは言ってこないけど、とにかく妹と仲良くなることが、お兄様への近道だと思っているようだ。
昼食時は特に面倒で、上級生も同じ食堂で食事を摂るので、お兄様を狙っている奴らがリリカのところに擦り寄ってくる。
そしてやれ『何がお好きなんですの』『どのような少年でしたの』とお兄様のことを根掘り葉掘り聞き出そうと、そりゃあ必死なのだ。
リリカは「さあ、どうだったかしら?」「随分前のことなので記憶が曖昧ですわ」と、のらりくらりと攻撃をかわしていたのだった。
もう、どいつもこいつも本当に厚かましいんだから!
ご尊顔できるだけで「はは〜有り難い」と満足してりゃあいいのに。
それ以上のことを望んでんじゃないわよ。
家柄と顔しか見てないような下衆なあなた達に、お兄様のことを話す訳がないでしょう!!
話したら思い出が減るじゃない、ふざけるんじゃないわよ!
こっちは物心ついたときから、脇目も振らずお兄様一筋なんだから!
気合いと思い入れと熱量が全然違うのよっ、と心の中で悪態をついていたのだった。
テオドールの話を聞き出すのは難しいうえに、リリカからの印象が悪くなることを恐れたのか、諦めてくれる人が増えていったのだけど、それでも察しの悪い女がひとりいたのよ。
それがレミケード伯爵の娘カロナールで、例のお兄様への悪口男の姉だ。
姉弟揃って、お兄様にどんだけ迷惑かけてくれてんのよ!
この女、私に全く相手にしてもらえないのを、ずっと不満に思っていたようだ。
格上の私には何も言えないからと、友達のアイリーアに目を付けたのだった。
そして、やれ「身分を弁えろ」「リリカ様のような華やいでいる方の側にいるのはふさわしくない」だの「そのような鄙びた恰好では、リリカ様のお目汚しですわ」と嫌味を繰り返して、リリカと距離を取らせようと躍起になっていたそうだ。
挙げ句には、お友達だと認めてやる代わりに、テオドールを紹介するようにリリカに交渉しろと持ちかけてきたそうだ。
アイリーアはそんな言葉にも屈しなかった。
「リリカ様が望まないようなことは、やりたくはありません」
そうきっぱりと断ってくれたそうだ。
この一連の騒動を教えてくれたのは、初期の頃にお兄様の情報を聞き出そうとしていた人たちだ。
こっちはこっちでリリカからの心証を良くしたいから、カロナール嬢のことを告げ口しているのだ。
ホント、貴族ってのは醜い足の引っ張り合いが好きよね。
それに比べて、私には何も言わずに黙って耐えてくれていたアイリーアは、何て友達思いなのだろうかとリリカは感動したのだった。
いつものように昼食を取っていたときだった。
相変わらずリリカの横にアイリーアがいることに、カロナールは腹を立てたようだ。
「私がリリカ様のお隣に座るので、あなたは退いてくださらないかしら?」
爵位が上の方にそう言われたらアイリーアは譲るしかない。
そそくさと席を立とうとしていた。
そうしたらリリカも同じように立ち上がったのだった。
「こちらのお席をどうぞ。私は親友のアイリーアと食事をしたいのです。邪魔をされることは不愉快でなりませんわ!」
そう言ってカロナールを置いてけぼりにしてやったのだった。
はい、一件落着!
と思っていたのだが、レミケード姉弟のしつこさは考えている以上だった。
姉のカロナールが食堂で置き去りにされたことは、学校中に広まっていた。
「おい、みっともない噂が立ってるぞ!お前の所為でレミケード家及び俺の評価も下がっちまうだろうがっ」
「なによっ!あんたの評価なんて初めっから低いじゃないの!」
「うるせーな。『テオドール、テオドール』って公爵家とは言え、あんな平民の血が入っているようないわく付きに、なんでそこまでこだわるんだ?」
「馬鹿ね・・・いわく付きだからいいんじゃない。負い目がある分、そこを突けば従順に言うことを聞いてくれそうでしょ。加えて顔立ちもいいじゃない。あんたと違って、王子様にも気に入られているもの」
「はん、第2王子なんて次期国王になるわけでもないだろ。そんな奴に気に入られたって仕方がねーだろ」
「みっともないわね・・・負け惜しみばっかり。そんなだからリリカにも相手にされないのよ」
「お前だってあの女に嫌われてるじゃねーか!」
「フン、生意気なのよ!テオドール様の妹じゃなかったらやり返してやるのに・・・
そうだ!あんた、リリカを狙ってたわよね。そして私はテオドール様とお近づきになりたい・・・あら私、いいこと思いついちゃったわ」
口汚く言い合っていた姉弟は利害が一致したので、一時休戦に入ったのだった。