一件落着
貴族社会の縮図のようなこの学院は、見栄の張り合いと、足の引っ張り合い、そしてより良い地位を目指して良縁を探すことに躍起になっている者ばかりだ。
お兄様は容姿や家柄もさることながら、アバスチン王子からの覚えもめでたいので、女子生徒からの人気が高かった。
だから、男子生徒からのやっかみの対象になっていたのであった。
「あいつ、半分は平民の血らしいぜ」
「汚らわしいことだ、アバスチン様を欺いているのではないか!」
「そんな者をよくお側に置いていることだ!」
お兄様のことも調査済みらしく、そんな馬鹿にするようなことを何度も耳にしたのだ。
その度にリリカは悔しい思いをしてきた。
そして、その者の名前を連呼しながら、クッションに正拳突きをするのであった。
お陰でクッションをいくつダメにしたことだろう・・・
でも男の陰口に終止符を打つ出来事があったのだった。
それはいつも率先してお兄様の悪口を言っているレミケード伯爵のご子息ネスプのことであった。
お兄様の悪口を吹聴するこのゴミを、何とかして学院から追い出せないかと、リリカは考えていた。
色んな人に評判を聞き、注意深く観察をしていたのだが、退学に追いやれるほどの醜聞もなく、彼が多くの生徒からただただ嫌われているという事実が分かっただけだ。
しかも、リリカが評判を聞き回っていることが本人の耳に入り、好意を持たれていると勘違いされているようなのだ。
話しかけてくるでもなく、値踏みでもするかのように、チラチラとこちらを見てくるのは苦痛でしかない。
首を絞め上げてやりほど嫌いな相手に、思わせぶりな視線を送られるほど、腹が立つことはない。
せめてもの救いはこちらの方が身分が上なので、そう簡単に声をかけてこられないことであった。
「リリカ様、またレミケード様がこちらを見ていますわ」
友達のアイリーアには、全てを打ち明けていた。
学院内にお兄様の悪口を言う方がいて、どうにかしたいと苦心していたら、なぜかあちらからじろじろ見られるようになった。
とても困っている。気味が悪い。目の前からいなくなって欲しい。
と相談に乗ってもらっていたのだ。
「あの方、余程リリカ様のことが気になるようですわね」
「私はただ、お兄様のことを悪く仰るのを止めていただきたいだけですのに・・・」
リリカはわざと大きな溜め息をついた。
「ですが、同性の私から見てもリリカ様はうっとりと見とれてしまうほどの美貌ですもの。その上、淑女のお手本のような気品と優雅さも備わっているでしょう。
しかも学業も優秀なんですもの。男性がリリカ様をついつい目で追ってしまうのも分かりますわ」
「そんな!!」
リリカは謙遜している風を装いながら、友達に褒められて舞い上がった。
あったりめーだ!
お兄様と釣り合いがとれるように、私の評価は常に称賛されるものじゃなきゃいけないと、全てにおいて並々ならぬ努力を重ねてきた涙ぐましい結果の上に今があるのだ。
特にお兄様が学院に入学してからは、いつお兄様に婚約話が浮上してくるのではないかとヒヤヒヤしていた。
だから『どこぞのご令嬢のダンスは素晴らしい』と噂を耳にすれば、その人に負けないぐらいにダンスの猛特訓をし、『楽器の演奏が素晴らしい令嬢がいる』と聞けば、爪が取れるまで楽器を練習しまくった。
そんなことをしていたら、苦手なことが無くなってしまったのだった。
でも、顔面だけは自身の力ではどうにも出来ないので、両親には本当に感謝していた。
アイリーアに好感が持てるのは、こういうところだ。
いつも言って欲しい言葉をくれて、こちらを気持ちよくしてくれる。
しかも、媚びへつらうような感じも、嫉妬ややっかみのようなものも感じられない素直さがあった。
「最近、気がついたのですけど、よく見たらレミケード様のみならず、色んな方がリリカ様のことを見ていらっしゃいますのよ」
それはリリカも知っていた。
公爵家よりも下位の男性にとっては、容姿端麗なリリカはさぞ優良物件に見えていることだろう。
「そうだわ!」
とアイリーアが小さく手を叩いた。
「リリカ様の理想の男性はどういう方なのですか?」
急に大きな声で質問をしてきたのだった。
リリカにしか見えないように、そっとレミケードの方を指差した。
『あれに聞こえるように、兄の悪口は止めてって言ったら』とばかりにパスをくれたのだった。
リリカは心得たとばかりに一つ頷いて、口を開いた。
「そうですわね・・・やはり誠実で優しくて、笑顔が素敵で思慮深い方がいいですわね。話題も豊富でお話ししていても楽しくて、でも私の話にもきちんと耳を傾けて下さることも大事ですわね。
それでいて本を上下逆さまに読んでしまうような天然なところがあったり、くだらないことにでも本気で取り組む。例えば指パッチンの練習を指の皮がめくれるまで頑張れるような可愛らしさもあって・・・」
しまった!お兄様のことをつい熱く語ってしまった。
「要は・・・身内の悪口を言うような方は死んでもゴメンです!!!」
思ったよりも力が入ったようで、響き渡るような大声で宣言していた!!
アイリーアは呆気にとられていたが、すぐにリリカに同意してくれた。
「そ、そうですわよね。身内のことを悪く言うような、薄情な方とは仲良くなれませんわよね」
「そうですわよね・・・おほほほ」
これ以来、男子生徒によるテオドールの悪口は聞こえてこなくなったのであった!
はい、一件落着っと。