はじまりは公爵家
久しぶりの連載なので緊張します。最後まで目を通していただけたら嬉しいです。
はあ〜、私の人生はどこでどう間違って、こうなってしまったんだろう。
リリカは長椅子に座ると大きな溜め息をつき、傍らにあったクッションを空中に放り投げ、落ちて来たところに正拳突きをかました。
ダメだ、ダメだ・・・
悲観するのはもうやめだ。
自分の人生は自分で切り開くと決めたじゃないか!!
こんなにも思い通りにならない人生とはおさらばして、何とかして転生してやるんだ!!!
そして、見目麗しい男達にちやほやされて、気ままに楽しく生きるんだ!!
『マル秘 転生(できるかも知れない)3か条』と書かれた紙を読み込みながら、リリカは『さて、どれからはじめよう』と考える。
◎流れ星が流れる間に、願い事を3回する
これは簡単そうだ。
その日から、寝る間を惜しんで夜空を見上げているのだが、3日目にしてやっと気が付いた。
「流れ星って・・・あんまねーな」
実は初日の夜に1度だけ、見事な弧を描いた立派な流れ星を目撃したのであった。
「生まれ変・・」ぐらいで、もう星は見えなくなった。
3回も言うのは至難だとわかったので、次に見たら『転生』だけにしようと決めていた。
でもそれ以降はしょっぼいものか、ほんの一瞬だけ光って消えるものしか見ていない。
夜は寒いし、上ばかり見ているので首も痛い。
そして見逃してはいけないと思えば思うほどに、つい居眠りをしちゃうのだ。
既に心は折れていた。
「そんなに難しいことじゃないと思うよ」
そう話していた、あの異世界から来たと言う作家の顔を思い浮かべ、リリカはまたもクッションに正拳突きをお見舞いしたのだった。
リリカは生まれは恵まれていると自負している。
キイトルーダ国のミカルディス公爵家の長女。
大きな屋敷にたくさんの召使いがいて、何不自由なく誰もが羨むような境遇で育った。
しかし、5歳のある日
根幹を揺るがすような事実を知ってしまったのだ。
それは大、大好きで、愛してやまないテオドールお兄様が、従兄弟だとわかったことから始まったのだった。
公爵家はなぜか女児ばかり生まれる家系であった。
祖父も父も入婿である。
家で絶大な権力を持っているのはおばあ様で、彼女の夢は『血の繋がった男を家長にすること』であった。
母には姉がいて、彼女はあろうことか屋敷の従者と駆け落ちしたのだった。
おばあ様は怒り狂って『二度と帰ってくるなー』『この恩知らず!』と罵りながら、娘の部屋にあったドレスや靴のみならず、家具まで窓から放り投げたそうだ。
(考えただけで恐ろしい光景だ・・・まだ生まれてなくてよかった)
しかしその伯母は、予期せぬ形でこの家に帰って来ることになる。
彼女は流行性感冒に罹り、この世を去ってしまったのだった。
相手の男性は、残された幼子を独りで育てていたのだが、色んなことが限界になったのだろう。
子供をここに連れて戻って来たのだった。
その子こそ、お兄様なのだ。
おばあ様は亡くなった娘を悲しむよりも、娘が待望の男児を産んでいたことに「でかしたーー!!」と屋敷中に響き渡るような雄叫びをあげたそうだ。
おばあ様は、手のひら返しで駆け落ち相手のことを許してやり、そこそこのお金を持たせてやったそうだから、余程舞い上がっていたのだろう。
こうしてお兄様は私の兄として、ここで育てられることになったのだ。
母親の生家とはいえ、知らないお屋敷に住むことになったお兄様は、それはそれは心細かったそうだ。
実父もいなくなってしまい「この人たちが今日からあなたの父と母ですよ」と、私の両親を紹介されても、どうしたらいいのかとても困惑されたそうだ。
「あの頃は、リリカがいてくれて本当に救われたんだ」
お兄様はよくそう話して下さった。
「知らない屋敷でどう過ごせばいいか困っていた僕にとって、まだ赤ちゃんだったリリカのところは居心地が良くてね・・・そうしたら、とても僕に懐いてくれたんだ。
リリカのお陰でお父様やお母様とも打ち解けて話せるようになったし、家のみんな、特におばあ様にも良いお兄ちゃんだと認めてもらえたんだ」
この話をするときの、お兄様の優しい眼差しと言ったら!!
本当に私のことを愛おしそうに見てくださるのだ。
リリカはその状況を思い出し、にへら〜と笑った。
が、すぐに『思い出に浸っている場合ではない』と真顔になった。
だから、本当の兄ではないという事実は子供ながらに衝撃だった。
しかも、なぜか実兄じゃないと『お兄様がどこかに行っちゃう!』と変な思い込みをしていたのだった。
まだ5歳だった私は取り乱し、大声で泣きまくった。
赤ん坊の頃、泣き止まずに引きつけを起こしたことがあったもんだから、侍女が総出で慰めてくれたのだった。
「テオドール様とはこれからもずっと一緒ですよ」
「ご両親が違ってもお兄様にお変わりありませんよ」
そんな言葉も泣き叫ぶ声でかき消されたのだった。
侍女のメマリーは生まれた時から面倒を見てくれているだけあって、私のお兄様への執着が血縁以上の何かであることを感じていたのかも知れない。
「リリカ様、従兄妹ならテオドール様と結婚ができるのですよ!」
この言葉は私を泣き止ませるには十分だった。
「ふえっ、そうなの?!」
「はい、この国では従兄妹同士で結婚される方はたくさんいらっしゃいます」
それから、この言葉は金言になった。
私は頑なに将来はお兄様と結婚するんだと、信じて疑わなかったのだった。
そこからは何年も幸せな期間が続いた。
しかし、成長するにつれ、躾という名の勉強に取られる時間は増えていった。
お兄様と違って、リリカは勉強があまり好きではなかった。
そんなことよりもお兄様とずっと一緒にいたかったからだ。
侍女のメマリーにはすっかり見破られていたので、サボっていたら「こんな調子ではテオドール様に呆れられてしまいますね」と脅してくるのだ。
その当時のリリカにとって、その言葉は絶望を意味していた。
(これは今もそうなのだが)
お兄様に認めてもらいたい一心で、ひたすら色んなことに頑張っていたのだった。
「すごいね、リリカ! もうそんなことも覚えているんだね!」
お兄様は勉強に励んでいるとよく褒めて下さった。
その言葉が嬉しくて、益々勉強に精が出たのだった。
こうしてお兄様にふさわしい淑女になるべく、礼儀作法や言葉遣いのような基礎的なものから、他言語、算術、歴史、歌に踊りと色んな教養を身につけた。
更には貴族の力関係や懐事情までも把握するようになっていたのだった。
父も母もおばあ様も『優秀なテオドールとリリカが結婚したら我が家は安泰だな』というような空気になっていた。
なのに、なのに・・・・・
ある日、若い学者が発表した本によって、リリカの人生計画はガラガラと崩れたのだった。
『血縁者同士の結婚は、丈夫な子供ができない可能性がある』
この一文に大きな衝撃を受けたのはおばあ様だった。
確かに貴族同士は辿れば遠縁である場合が多く、おばあ様はこの家に女児ばかり生まれるのはきっとそのせいなのではないかと考えたのだった。
なぜ女児は丈夫じゃなくて、男児は丈夫なのだ?
と言いたいところだが、身体的特徴からそう決めつけたようだ。
そして伯母と、庶民の男性との間にできたのが男児であっただけに、おばあ様は『はは〜ん、そーいうことだったのね』と結論付けてしまったのだった。
こうしてお兄様と私の結婚の話は、おばあ様によって『誰が許すか!』な実現不可能な案件になってしまったのだった・・・