4.魔術具の改修②
「私が調べた限りだと、過去見の魔術具を直すのに必要なものは……」
「ちょっと待ちな。確かにあんたの依頼は、この国の害にならない。宮廷魔法使いとして止める理由のない依頼だ。ただし、請け負うかどうかはこの子が決める。こんな形でも一応魔女の端くれだ。ちゃんと契約を結ばないとならないよ。こんな依頼は正式に国からの依頼なんて形はとれないからねぇ」
筆頭宮廷魔法使いの視線を受けたリフィリーゼが、うっと声に詰まった。
日常業務に忙殺されているため、ここに新たな依頼を受けるのは正直厳しい。でも、断ることが苦手なリフィリーゼは、期待した視線を向けてくるルミアに否と答えることはできない。困った表情を浮かべていたら、それに気がついたルミアが条件を加えてきた。
「元々、魔法使いの方に依頼するための金銭は準備してありました。ここにお礼を追加します。エストランケ家の者しか使えない過去見の鏡ですが、お礼に一度リフィリーゼさんの私的利用を許します。過去見の鏡はエストランケ家にしかありませんし、王家の許可のない他家の方の利用は今まで一度も許したことはありません。破格の条件ですよ!」
ルミアの言葉に苦笑しながら、リフィリーゼが依頼を受けようとして、はたと考え込んだ。過去見の鏡ということは、過去が見られるのだろう。もしかして、お師匠様の、と考えたリフィリーゼは口を開いた。
「……その過去見は、他人の過去も見られるんですか?」
「もちろんです! 人気舞台俳優の過去も見放題です! といっても、利用にはいくつかの条件がありまして、公序良俗に反するような内容や他人のプライベートな部分については、弾き返される可能性があります」
「……弾き返された場合は、別の何かが見れるまで利用していいですか?」
「はい。“一度の利用”ですから、見れるまで大丈夫です」
「……わかりました。直せるように尽力します」
リフィリーゼのその言葉を受けて、ルミアは両手を顔の前で合わせ喜色満面の笑みを浮かべ、筆頭宮廷魔法使いは小さくため息をついて微笑んだ。
「あたしもリフィリーゼならそう言うと思ったよ。ところで、リフィリーゼは魔法使いとは何か、きちんとわかっているのかい?」
筆頭宮廷魔法使いに聞かれたリフィリーゼは、顎に手を当てて、お師匠様から習ったことを思い返す。
「えーっと……。まずは魔力。次に、魔力を使って魔法を実現するための能力、そして、身体の魔力との相性の三点を総合して、世界魔法使い学会が考案した計算式を使って算出した数値……です」
「おぉ……」
魔法適性と言っていたが、いまいちよくわかっていなかったルミアが小さく感嘆の声を上げて手を叩いた。
「その通りだ。それをもっと噛み砕いて説明してみな」
筆頭魔法使いの言葉に、リフィリーゼは目を丸くしたあと、下を向いてぶつぶつと考え始めた。
「……魔力はそのまま魔法行使者本人が保有する魔力で、魔法を何度使えるかの回数……でも、人によって、魔力使用量が違うことも想定できるから、一概にそうとは言えない……」
「リフィリーゼ。あんたのお師匠のワイナーは優秀だ。あのワイナーの教えについていったあんたも優秀なんだろう。でも、概念は簡単に説明できてないと理解できていると言えないよ。……まぁ、最初にあんたが言った説明がワイナーにとっては一番簡単な説明なんだろうねぇ」
筆頭宮廷魔法使いの言葉に、リフィリーゼは思わず椅子を蹴倒して立ちあがり、声を上げた。
「お師匠様をご存知なんですか!?」
「……落ち着きな。リフィリーゼ。とりあえず、座り直すんだ」
食堂は静まり返り、リフィリーゼは注目を集めていた。そんなことはどうでもいいと思いながらも、有無を言わさない筆頭宮廷魔法使いの強い視線に、リフィリーゼは椅子を直して大人しく座り直した。
「……イーリア様はお師匠様をご存知なんですか? 筆頭宮廷魔法使いともあろうお方なのに?」
リフィリーゼの言葉に、筆頭宮廷魔法使いイーリアは驚いたように椅子にもたれかかった。
「リフィリーゼ。あんたのお師匠のワイナー。この名を知らない者は、魔法使いと魔女にいないよ。直接会ったことはない。でも、こんなあたしですら、知っているくらいに有名なお方だ」
ワイナーと比べて、筆頭宮廷魔法使いのイーリアが「あたしなんか」という言葉を選んだことにリフィリーゼは息を呑んだ。確かにワイナーの修行はとても厳しく、リフィリーゼもワイナーの優秀さは嫌と言うほど知っていた。だがそれは、自分は見習いの身であったせいだと思い込んでいたし、“宮廷筆頭魔法使い”という肩書きからイーリアの方が魔法使いとして総合的に優秀なんだろうと考えていたのだ。
「……リフィリーゼ。肩書きだけで人を判断してはいけない。あたしはきっと、あんたのお師匠様よりも少しだけ人付き合いが得意だっただけだ」
リフィリーゼの心を読んだかのようなイーリアの言葉は、リフィリーゼの心にすとんと落ちていったのだった。師匠は人付き合いが苦手だ。それは、リフィリーゼにも共通しており、二人は傷ついた獣同士のように、お互いの傷を舐め合っていたのかもしれない。
「それで、魔法適性だが、魔力を使って魔法を実現するための能力。あたしの持論だから合っているかわからないよ。あたしはそれを、魔法を想像する力だと思っている。魔法なんて簡単に言っちゃえば想像力だろう? あんたは常識で諦めてしまう状態でも、きっと想像できるんだろうよ。魔力に関しては、いいところをついていると思うから、これから自分で考えていってごらん。最後の相性なんて体感で理解するものだ。あんたには説明は不要だろうよ」
イーリアの説明に、リフィリーゼは顎に手を置いて考えた。確かに馬車から捨てられたあの日、普通なら生存を絶望するような状況でも、リフィリーゼはきっと助かると信じていたのだろう、と。だからこそ、ワイナーに拾い上げられたし、今も宮廷魔法使いとして生きているのだろう。
「あのぉ……」
片手を上げながら、遠慮がちにルミアは口を開いた。
「話を聞いていて思ったのですが、過去鏡の鏡の魔法適性は、最後の相性って物な気がします……。実際に実物を見てもらうとわかりやすいと思いますが」
ルミアのその言葉と同時に、食事の時間が終わる五分前を知らせる鐘が鳴った。その音にハッとしたリフィリーゼが、後日実物を見る日を作ると約束し、イーリアと一緒に宮廷魔法使いの執務室へと駆け出したのだった。




