15.帰ってきた日常
「“人探しの魔法”」
リフィリーゼがそう言って放った魔力は宙を描くようにくるくると回った。そして、どこかに飛んで行くこともなくゆったりと消失した。
「……やはりか」
イーリアのそんな呟きは届かず、リフィリーゼは再度魔力を込めた。
「っ、“人探しの魔法”、“人探しの魔法”、“人探しの魔法”」
昔のリフィリーゼと違い、魔法はきちんと発動する。しかし、全て光は宙をまわり消えてしまう。
「……リフィリーゼ、もうやめな」
イーリアに肩を抱かれ、リフィリーゼは慟哭をあげるように吠えた。そして、ぷつりと意識を失って倒れたのだった。
「……全く。仕方のない子だねぇ。……ワイナーなんて殺しても死ぬようなやつじゃないだろうに。見つからない=死ではない。これはリフィリーゼ自身が気が付かないといけない魔法の課題だねぇ」
イーリアはそう言って、リフィリーゼを転移させる。寮のリフィリーゼの私室のベッドの上に。そのまま遠隔で靴を脱がせ、服を緩め、布団をかける。それを終えると、騎士の元に戻り、事後処理を始めるのだった。
「あれ……わたし……」
部屋で目を覚ましたリフィリーゼは、一人だった。いつもそばにいたはずのワイナーの温もりを求めて、少し涙を流す。そして、その涙を拭った瞬間、リフィリーゼは決意した。
「……お師匠様の仇を取る」
いつもはボサボサにしていた髪に櫛を入れる。そして、イーリアに与えられた、キラキラと輝く髪紐を一本取り、髪をいつもよりも丁寧に三つ編みにした。ボサボサで目元を隠していた前髪に鋏を入れ、髪を切り落とした。
「よし。大丈夫。わたしならやれる」
そう言って、リフィリーゼは部屋のドアを開け、執務室へと向かうのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「おはようございます」
挨拶をしたリフィリーゼに、イーリアの声が飛んだ。
「リフィリーゼ。みんなに迷惑をかけたこと、まず第一に謝んな」
「わたしのせいで皆様にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
リフィリーゼがすっと頭を下げる。いつもと雰囲気の違うリフィリーゼに気がつくもの。気が付かないもの。魔法使いなんてそんなものだ。気がついた者はコソコソと囁き、気が付かない者はリフィリーゼにヤジを飛ばす。
「緊急出動分の仕事、手伝ってくれよ?」
「リフィリーゼに手伝ってほしい仕事があるんだよ!」
「もちろんです」
答えたリフィリーゼが急いで席につき、目の前の仕事に取り掛かる。そんなリフィリーゼの様子を見ていたイーリアがお茶を一口飲み、囁いた。
「難儀だねぇ」
イーリアの言葉など耳に届かず、リフィリーゼはまず目の前の仕事に取り掛かるのだった。ワイナーの友人である魔女マチルダが言っていた。ワイナーに近づくためにはこの国の宮廷魔法使いになれ、と。ならば、ここにいて日々の仕事に励むのが、リフィリーゼにとってきっと一番の近道だろう、と。
「リフィリーゼさん、ありがとうございました」
帰寮する途中のリフィリーゼを呼び止めたジョセフは、傍にいる婚約者と共に頭を下げた。
「あ、ジョセフさんと婚約者さん。いえ、よかったですね」
では、と通り抜けようとするリフィリーゼに、ジョセフは言った。
「お礼は“人探しの魔法”って契約魔術を結びましたが、彼女からもお礼を渡したいと言っていて……」
ジョセフの説明にリフィリーゼは困ったように眉を寄せた。ルールでは契約魔術通りでないといけない。でも、契約魔術を結んだ相手はジョセフであって、その婚約者は……? 困っているリフィリーゼの後ろから、声がかかった。
「受け取ってやんな、リフィリーゼ」
イーリアがこつこつと足音を立てて歩いてくる。そして、ジョセフに苦言を呈した。
「こそこそとうちの宮廷魔法使いに接触されるのは困るんだよ。あんたはその気が無くても、怪しむ奴はいるからね。で、婚約者の娘からお礼だって? それならリフィリーゼも受け取れるだろう。見たところ、食べ物かなにかだろう」
そう言って、イーリアが言うと、驚いた様子の婚約者が袋の中から籠を取り出し、上にかかっていた布を外してリフィリーゼに見せた。
「あ、必要なら毒味もします。私が作ったパンです。パン作りは得意で……」
そう言って、ジョセフに笑みを向けた婚約者に、ジョセフは胸を張って言った。
「そうなんです! 彼女のパンは世界一だ! 彼女、パン屋で働いていて、店のほとんどのパンを作っているんですよ! 本当に美味しいので、ぜひ!」
ジョセフの言葉にイーリアが様子を伺うと、リフィリーゼは目をまんまるにしたまま固まっていた。ただ、パンだけを見つめて。
「リフィリーゼ? もらうなら、もらっちまいな」
イーリアの言葉に、リフィリーゼはハッとして、パンに手を伸ばす。そして、一つ手に取ると口に頬張り、目から一粒の涙を落とした。
「……美味しい」
「……そんなにかい?」
泣くほど美味いのかとつぶやくイーリアに、リフィリーゼの様子に目を丸くした婚約者が、恐る恐る籠ごとリフィリーゼに差し出す。その籠を受け取ったリフィリーゼは籠をぎゅっと抱きしめて、まだパンを食べていた。
「……お師匠様が買ってくれたパンの味」
リフィリーゼの言葉に、今度はイーリアが驚く番だった。
「ワイナーは、こんな遠くまであんたにパンを買いに行っていたのかい? 信じられないね……」
あいつは魔法のことしか興味がなくて、食事なんてカチカチのパンで済ませるような奴だろう、と驚くイーリアに、その言葉を聞いて何かを思い出したように婚約者が口を開いた。
「あ……もしかして、あの人間とは思えないくらい美しい魔法使いさんのことですか?」
婚約者の言葉に、食べていたパンが口から飛ぶこともお構いなしに、リフィリーゼは詰め寄った。
「お師匠様をご存知なのですか? いつ? どこで?」
リフィリーゼの言葉に、婚約者が一歩後ろに後退りながら答えた。
「最近は見ていませんが……数年前まで定期的に来て大量に買っていくお客さんでした。ある日突然来なくなったから、気になっていたんですよね」
婚約者の言葉に肩を落とすリフィリーゼに対し、イーリアが目線をぐいっと上げながら、婚約者に問いかけた。
「……大量ってどれくらいだい?」
「えっと、店中のパンをほとんど買い占めてしまうくらいです」
婚約者の回答に、イーリアが顎に手を当ててぶつぶつと唱えた。
「……そんな大量のパンを一気に買って、食べさせる相手はリフィリーゼってことだろう? なら、食糧保存の魔術具も持ち歩いていたってことか。リフィリーゼに防御の魔術具を与えることで魔力を垂れ流し、食糧保存の魔術具も起動させていたってことは、かなりの魔力を消費し続けていた……。だから、生きてはいるが、“人探しの魔法”に反応しないってことかい」
イーリアの独り言は誰の耳にも届かずに、リフィリーゼはジョセフたちにお礼を言い、またパンを買いに行く約束をして別れたのだった。




