エドワードの天敵 後編
何でこうなったのかな……。
騎士団訓練場は大変な盛り上がりを見せていた。訓練場には騎士たちが訓練を中断して集まり、設けられた観覧席には侍女や王宮で働く文官たちが興奮した様子で席についている。
僕とレオナルドの決闘は、最早イベントとなっていた。
国王である父と王妃である母までもが席につき、僕たちの決闘を観覧するようだ。
父は威厳ある姿勢で辺りを見渡し、冷静な目で状況を見守っている。母は優雅に扇子を持ち、僕の成長を喜ぶかのように、微笑みながら僕を見つめている……と思う。決して面白がってはいない……よな?
観覧席の端ではアンナとレイラがこそこそと動いている。アンナは小さな帳簿を手に持ち記録をつけて、レイラは興奮した様子で何かを受け取り、時折アンナと目を合わせてはニヤリと笑っている。
あいつら賭けてるだろ!! 後で侍女長に報告してやる!!
「殿下、頑張ってください!」
「エドワード殿下、負けないで!」
「殿下、ここが正念場です!」
訓練を中断して集まってきていた騎士たちの、僕を応援する声が届く。
けれど、その声は突如として止んだ。
レオナルドが現れたからだ。
レオナルドが騎士たちの方へ視線を向けると、彼らは天気の話をし始めた。
くそっ……! なんでみんなあいつにビビるんだよ! 僕だって王子なんだぞ!!
レオナルドは僕に近づいて子供用のレイピアを渡し、地面に円を書いた。
「エド、ハンデとして俺は木剣を使う。お前はそれを使え。そして俺はこの円から出ない。俺に一撃でも当てられたらお前の勝ちだ」
レオナルドはしれっとそう言うが、僕を脅しているのが明らかだ。
なぜなら、奴は単剣だからだ。
一部の者は知っている。レオナルドは双剣の獅子と呼ばれているが、本当は双剣より単剣の方が強いんだ。
ソフィアが子供の頃、絵本の中の双剣の騎士をかっこいいと言ったから、双剣を使っているだけなんだ!!
なんて大人気ない奴なんだ!!
「レオナルド。僕の本気を見せてやる!!」
僕はレオナルドに向かって突進した。一気に勝負を決めてやる!!
「エドワード殿下、頑張って~」
「レオ様~、こっち向いて~」
僕が突進するのと同時に、ソフィアの声が聞こえた。
けれど、レオナルドはそちらを見ることもなく、僕を見据えている。
あれっ?
レオナルドに向かって行った僕は、一瞬戸惑ってしまった。その瞬間、レオナルドは軽く身をひねり、僕の攻撃を軽々と躱した。次の瞬間、僕はバランスを崩し、地面に転がってしまった。
「うわっ!」
砂埃が舞い上がり、僕は呆然とする。
「俺がソフィアの声を間違えるはずがないだろ」
くっ……! 見破られていたのか!? アンナとレイラを買収して、僕の突進とともにソフィアの声で惑わす作戦だったのに!!
呆然とする僕を、レオナルドは優し気な目で見下ろしている。その姿は、周囲の人々には、愛情をもって弟をからかう兄のような姿に見えるだろう。
けれど、これは奴の計算だ……!!
僕にはわかる。なぜなら、すぐそこにソフィアがやってきたからだ!!
僕は悔しさで胸がいっぱいになりながらも、立ち上がった。
「エドワード殿下。大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
本物のソフィアの声だ。
「ソフィア~~~」
僕は走り出し、ソフィアの胸に飛び込んだ。
ドンッ。
あれっ? 固い……?
僕が顔を上げて確かめると、僕が抱き着いたのは、ソフィアではなくレオナルドだった!!
「ぎゃぁ!!」
「次はないと言ったはずだ」
レオナルドは冷静に言い放ち、ほくそ笑んでいた。
くそっ……! どこまでも邪魔を……!!
ん?
そのとき、ソフィアの背に隠れるようにしていた幼い少女に気付いて、僕は目を見張った。
「彼女はソフィアの従妹だ」
レオナルドがそう言うと、その少女は恥ずかしそうにしながらソフィアの横に出てきて挨拶をした。
「はじめまして。エルドリッジはくしゃくがさんじょ、クリスティアです。五さいです。エドワードでんかにおあいできて、こうえいです」
彼女の登場に、その場にいた同世代の子息たちがざわつき始めた。彼らの視線は彼女に向けられ、興味津々といった様子だ。
その反応は当然だ……。だって……。
ソフィアと同じ銀髪、ソフィアと同じ紫の瞳、そして、まるでソフィアをそのまま幼くしたようなその美貌……。
可愛いっっっ!!!!!!
僕は衝撃に打たれながらも、気を取り直して言葉を返した。
「はじめまして。エドワード・イローリスだ。エルドリッジ伯爵令嬢、いや、クリスティア嬢、城内を案内しよう。おいで?」
クリスティアは恥ずかしそうに微笑みながら、僕の手を取った。その瞬間、周囲の子息たちのざわめきが一層大きくなった。
僕はクリスティアに熱い視線を送る子息たちを見逃さず、彼らに向けて牽制の視線を送った。
——彼女は僕のものだ。
僕はレオナルドを少しだけ、ほんの少しだけ、本っ当~~~に少しだけ理解できたかもしれない。
「フレイザー副団長、お呼びいただき光栄です。何か緊急の用件でしょうかな? 急ぎ田舎から駆けつけましたぞ。いやぁ、この訓練場での騎士たちの姿を見ると、私も若き日の情熱が蘇りますな。どのような任務であれ、全力を尽くす所存ですぞ!」
「お久しぶりです。エルドリッジ伯爵。二人の相性も良さそうですし、国王陛下と王妃殿下も交えて話を進めましょう」
「はい? 相性とはどういう意味ですか? 進めるとは、一体何を?」
城に向かって歩き出した僕に、そう話すレオナルドとエルドリッジ伯爵の声は聞こえなかった。
***
僕とクリスティア嬢、いや、ティアは婚約を結んだ。
ティアの実家であるエルドリッジ伯爵領は、王都からだいぶ離れた地方にある。僕はティアと離れたくなくて、エルドリッジ伯爵家には王都のタウンハウスに住んでもらうことにした。
伯爵は最初は渋っていたけれど、レオナルドが話に加わると、彼は態度を一変させ了承したという。
レオナルドが何を言ったのかは知らないが、今回に限ってはレオナルドに感謝してやってもいい。
「エドワードでんか、おうとのおちゃかいのマナーは、ちほうとはちがうのですね」
「うん。そうだよ。王都では、婚約者同士はこうやって座るんだ」
僕は母の庭園で、薔薇の彫刻が施された可愛らしい白いガーデンテーブルセットについている。膝の上にティアを乗せながら。
その様子を冷めた目で見ていた母は小さくつぶやいた。
「血って本当に恐ろしいわ……」
そのとき、庭園の入り口にティアを迎えに来た侍女が現れ、ティアは少し寂しそうな顔をした。僕は彼女の手を優しく握りしめた。
「またすぐに会えるよ、ティア」
僕はそう言って、彼女の頬にキスをした。その瞬間、ティアは真っ赤な顔をして、侍女の方へと駆けて行った。
可愛いっっっ!!!!!!
あと十年もすれば、ティアは驚くほどの美人になる。絶対に離すものか。今のうちから手を打っておくに越したことはない。
「あら? クリスティアはもう帰ってしまったのかしら?」
そう言いながら、ソフィアは優雅な歩みでこちらに向かってきた。
「ソフィア~~~」
僕は席を立ち、リベンジとばかりにソフィアに駆け寄り、抱き着いた。
ドンッ。
あれっ? 固い……。これは、まさか、また……?
「同じことを何度も言わせるな」
「ぎゃぁ!!」
「次に同じことをしたら、お前もルーカスのように、山奥で厳しい鍛錬を受けさせるからな?」
くそっ……! やっぱりこいつは天敵だっ!!
——おわり——
多くの作品の中から、この作品を読んでいただき、ありがとうございました。