エドワードの天敵 前編
番外編 2話 追加
「え? 結婚? 誰が? 誰と?」
「そう。結婚。レオと、ソフィアが」
「なんで……? だって……」
「レオはフレイザー”子爵”になったのよ」
朝食中、王妃である母は、たぶんタイミングを見計らって僕に告げた。
「ご馳走様……」
今日の朝食は僕の好物のパンケーキだったけれど、僕は途中で食事を終わらせて、母の私室へ急いだ。
扉の前で一旦止まり、準備をする。
目に涙を浮かべて、眉を下げ、寂し気な表情を作る。
よし。
「ソフィア~~~」
バンッと扉を開け、子供独特の可愛らしく高い、しかし泣き出しそうな声をあげて、部屋に入り彼女に抱き着いた。
「ソフィア、結婚するって本当?」
僕は上目遣いでソフィアの顔を覗く。ソフィアがこの表情を好きなことは知っているんだ。
「ああ、本当だ」
そう言う低い声がしたと同時に、僕は後ろに引っ張られてソフィアから引き剥がされた。
くそっ……!
振り向かなくてもわかる。僕にこんなことをする奴はただ一人。僕の天敵、レオナルド・ウィームズ。 いや、レオナルド・フレイザーだったか……?
「おはようございます。エドワード殿下。その……、先日、正式に決まったのです」
現在も継続中の僕の初恋相手であるソフィアが、顔を赤くして、はにかんだ笑顔で答えた。
可愛いっ!!
絵本の中の天使よりも、聖書の中の聖母よりもソフィアは可愛い!! ソフィアは世界でいちばん可愛い!!
僕がそう思っていると、再び後ろから低い声がした。
「エド、フィーに触るな。次はないぞ?」
僕は振り返り、表情を変えてレオナルドを睨みつけた。しかし、ソフィアに聞こえても良いように、声だけは変えず可愛らしく言った。
「ソフィアは僕のお嫁さんだよ?」
そして、表情を戻して振り返り、再びソフィアに抱き着こうとした。
「ソフィア~~~」
が、レオナルドに捕まってソフィアに抱き着くことができない。
「違う。フィーは俺の妻だ」
チッ……! 心の中で舌打ちをして、僕はもう一度振り、レオナルドを睨みつけた。
「バラしてやる……。あれもこれもそれも、全部バラしてやる……!!」
僕はレオナルドにだけ聞こえる小声で言った。
「エド、クラヴァン王国辺りへ留学したいのか?」
「ぐっ……」
クラヴァン王国って遠すぎるだろ!!
「エド、何か他に言うことは?」
くそっ……、レオナルドの脅しに屈したくはないが、こいつはやると言ったらやる……!
言いたくない! 言いたくはないが……、
「お、おめ……、おめ……、おめで……た?」
僕がそう言うと、ガシャーンという音がして、僕は再び振り返った。
「エマ、大丈夫!?」
「え、ええ……、ごめんなさい、少し動揺してしまって……」
「痛っ……」
母の侍女であるエマが茶器を落とし、片付けようとしたソフィアが指を切ってしまったようだ。
「フィー!」
すぐさまソフィアの声に反応したレオナルドが、僕をドンっと押し退かしてソフィアに駆け寄った。
僕、王子だよな……?
「大丈夫か?」
「ええ。きゃぁ」
「小娘ども、片付けておけ」
「「かしこまりましたぁ!!」」
レオナルドはソフィアを抱き上げ、母の私室を出て行った。僕に勝者のような笑みを向けてから。
「うわぁぁぁぁん」
僕は泣きながら私室に戻り、立て籠もった。
***
「大体あいつは大人気ないんだ!! 僕より十三も年上のくせに!! あいつはいつも僕の心をズタズタに引き裂くんだ!!」
「私は生まれてから今日までの間、心身ともにズタズタにされてきましたよ」
ソフィアの弟であるルーカスは、お茶を飲みながら遠い目をして言った。
「ねぇ、ルーカス協力し…「無理です!!」
最後まで言ってないだろ!
「やめてください!! そんなことが義兄上に知れたら、私はジェシカと結婚できないばかりか、下手したら国外追放です!!」
くっ……! 否定できない……!
僕がどうするべきか考え込んだとき、コンコンと扉をノックする音がして声が掛かった。
「エドワード殿下」
ソフィアだ!
僕はソフィアを部屋に招き入れようと扉に近づくが、ルーカスは慌てて僕を止めた。
「違います! 姉上ではありません! 大方、義兄上がアンナかレイラに姉上の声真似を仕込んだのでしょう」
「えぇっ!?」
そこまでやるか!?
「エドワード殿下?」
扉の向こうから再びソフィアの声がした。
「ソフィアだよ!」
「クオリティは高いですが、違います」
ルーカスは窓を開け、逃走しようとしている。使用していたカップを手に取り、素早く周囲を見渡して自分のいた痕跡がないことを確認する。この抜かりなさは、長年レオナルドの仕打ちに耐えてきた賜物なのだろうか。
ルーカスが飛び出すのと同時に、バンという音がして扉が蹴破られた。僕は慌ててベッドに潜り込む。
「エド、出てこい」
くそっ……! 天敵め!!
「僕は病気だ!!」
僕は上掛けを被ったまま言った。
「まぁ、エドワード殿下、ご病気なのですか?」
ソフィアの声だ……よな……?
「心配ですわぁ~。恋の病かしらぁ~」
ん……? ソフィアはこんな語尾を伸ばした話し方なんかしない。
僕が上掛けからそっと顔を出すと、そこには、天敵レオナルドと、ソフィアではなく、母の侍女であるアンナとレイラがいた!!
ルーカス、凄い!!
アンナとレイラは笑いを堪えながらも、どうだと言わんばかりの顔をしている。
「……決闘だ!! レオナルド!! 僕と勝負しろ!!」