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レオナルド視点→ウィリアム視点
三年前のウィームズ侯爵家。ある日の食卓。
「父上、母上。子作りしてください」
「ブーーーーーーッ」
父はワインを吹き出した。愉快な父だ。
「レオナルド、今なんと言った?」
「私は弟妹が欲しいのです」
父は家令が差し出したハンカチで口を拭いながら「正気か?」という顔をしている。
「レオナルド、お前は幾つだ?」
「二十歳ですよ? 今から子作りに励んでもらうのですから、呆けてもらっては困りますね」
「お前な……」
「大丈夫ですよ。父上も母上もまだまだお若いですから」
その様子を冷静に見つめていた母は理解したようだ。
「レオ、子爵位ね?」
母の問いに、俺は頷いて答えた。
「そう……。そうね、わかったわ。マイク、励みましょう」
「グ、グレイス!?」
「第二子を生めばすぐに娘ができるわ。それに出奔か、最悪クーデターよ?」
「なるほどな……」
父も理解したようだ。
「よろしく頼みますよ? ではこちらを差し上げます」
「何だこれは?」
俺は東の国から取り寄せた物を差し出した。
「こちらはコンダクッサン国から取り寄せた“スングビンビーンズ”という豆です。そしてこちらが“サンズカール”というお茶です。子作りに効果があるそうです」
「「用意周到…だな」…だわね」
オニール伯爵が爵位を返上しソフィアは平民になったが、俺はソフィア以外を娶る気はない。
この国の馬鹿げた法の為にソフィアを手放すわけがない。ソフィアは俺の全てだ。
俺はソフィアを妻にするためなら爵位なんぞどうでもいい。しかし、俺が平民になったとして、ソフィアは喜ばない。そこで俺は思い出した。確かウィームズ侯爵家には余っている子爵位があったはずだ。子爵なら平民を妻にすることができる。
俺に弟妹がいればソフィアは何も憂うことなく俺の妻だ。まぁ手っ取り早い方法は他にもあるが……。
ソフィア。可愛いソフィア。大切な、俺だけのソフィア。
——さて、始めるとするか。
***
ウィリアム視点
暗殺未遂事件の数日後、ヘンリーは改めて国王陛下へ感謝を述べるための場を設けてもらい、俺たちは大広間に向かった。そこで俺は衝撃的な話を聞くことになった。
「本当にごめんなさいね。叔母としてお詫びするわ。レオナルドって愛が重いの……」
「一途なのです」
双剣の獅子と呼ばれる彼——レオナルド・ウィームズ侯爵子息は王妃殿下の甥だという。
「第一騎士団の執務室からわたくしの庭園が見えるからといって、毎日の水やりをソフィアにやらせたのよ? ソフィアの友人の侍女を脅してランチも庭園で摂らせていたの」
「脅してなどいませんよ。ストラット子爵令嬢の片恋に協力したのです」
王妃殿下とウィームズ侯爵子息は続ける……。
「ソフィアたちの市井で暮らす家を決めるときには、両隣の家の住人を立ち退かせたの」
「通常より多い金額を払いましたよ。彼らは非常に喜んでいました」
「今はウィームズ侯爵家の私兵を変装させて住まわせているわ。そのうえ家の正面には騎士団派出所なんて建ててしまったの」
「さらに治安が良くなったでしょう?」
愛が重いという表現でいいのだろうか……。
「王宮外でのソフィアの行動は逐一ルーカスに報告させて、食事をする店も指定していたわね」
「常に護衛は必須ですし、女性ばかりの店は料理も評判なのですよ?」
「幼い王子の淡い初恋にも容赦なかったわ」
「叶わない恋は時間の無駄だと早めに教えて差し上げました。しかし、エドワードは諦めが悪いですね。誰に似たんだか。未だにソフィアの前では猫を被っているでしょう?」
「本当に血って恐ろしいわ……。けれど幼子にさえ嫉妬するのはどうかと思うわ。いいえ、幼子だけじゃないわね。実の弟にも嫉妬していたもの。ねぇルーカス?」
「えっ? えぇ、まぁ……。幼い頃から“騎士ごっこ”というイジ……いえ、そうだったかなぁ……ははは……」
「強くなっただろ。ああ、お前もうソフィアに第一騎士団所属だと明かしてもいいぞ。ただし異動になったと言えよ」
「…………ハイ…………」
やはり彼は彼女の弟だったのか。
「あの、ウィリアム・ロードン卿。申し訳ありませんでした。貴方が姉上に贈ったハンカチを盗んだのは私です」
「えっ!?」
「ウィームズ副団長に…「ルーカス違うだろ。あ・に・う・え・だ!」…ハイ……。義兄上に命令されて義兄上が買った同じハンカチとすり替えました。それに、姉上は王妃殿下の侍女ですが、王妃の間専属というわけではありません。貴方を姉上に近づけさせないために、貴方に聞かれたらそう答えるように命令されていました」
…………。 ガードナー騎士団長の「“残念な”と付くんだ」という言葉を思い出す。
「わたくしの庭園もね、立ち入り制限なんてないの。王宮の者なら誰が立ち入っても良いのよ。それなのに許可制だなんて偽って……。お詫びさまでさせてしまって本当に申し訳ないわ。ソフィアと貴方が庭園で話しているのをレオナルドが見てしまって、立入禁止にしないなら手合せと称して、その……ごにょごにょ……と脅すものだから……」
手合せと称して……? まさかあの手合せでは本気で俺を殺す気だったのか!? 俺はガードナー騎士団長に目を向けたが、サッと視線をそらされてしまった。
「“双剣の獅子”なんて呼ばれるきっかけになったカメロットの侵攻もね、留学中の第一王子がソフィアに求婚なんてしたものだから、意図的に侵攻させたのよ……」
「嫁探しは自国でやれと進言したまでです」
これ、俺に言ってるよな? こっち見てるし。
「今回の件に率先して協力したのも、ヘンリー王太子殿下をと言うより、貴方を早急に帰国させるためだと思うわ」
「帰国の際は国境までお送りしましょう。明日なら都合がつきますよ?」
明日帰れと? しかも“寄り道はするな”と。
「ここまで聞いてわかったでしょう? レオナルドっておかしいの……」
「実の甥に向ける言葉じゃありませんね」
「実の親に毎日のようにプレッシャーを与え続けていた子に言われたくないわ。子はまだかまだかと言われ続けてお兄様はあんなに瘦せてしまって……。終いには領地に追いやって。物語に出てくる性悪な姑みたいだったわ!!」
「騎士を辞めて肥満傾向でしたからちょうどよかったのではないですかね。父上が領地で子づ……ご静養されている間、侯爵家の仕事は私と家令でやっていましたし、父上も母上も領地でゆっくり過ごされたからこそ、母上のご懐妊となったのです」
王妃殿下とウィームズ侯爵子息が言い合っていると、コンコンコンコンと扉をノックする音が聞こえ、急いだ様子の侍従が入室し、国王陛下へ報告をした。
「そうか!! レオナルド、そなたに弟が生まれたぞ!!」
国王陛下がそう言うと、大広間に「ワァッ」と歓声があがった。
ウィームズ侯爵子息はこぶしを握り瞑目してつぶやいた。
「ありがとうございます。父上、母上。本当に……ありがとうございます。生まれてきてくれてありがとう。リュカ。生涯お前を守るからな……。ソフィアの次に」
弟君の名前は既に決まっていたらしい。それにしてもブレないな……!!
「では御前失礼いたします。愛しい家族のもとへ向かわねば」
「待ちなさいレオ。ソフィアはいつになったら返す気なの!? あの子はわたくしの侍女なのよ?」
「あー、しばらくは無理でしょう。私も我慢の限界でしたので」
「くっ……! わたしの可愛いソフィアになんてことを……!」
「甥も可愛いでしょう? 良かったですね。もう一人増えましたよ。では失礼します」
そう言ってウィームズ侯爵子息は大広間を出て行こうとして、ふと足を止め、そこにいた若い侍女たちに声を掛けた。
「おい、小娘ども」
「「ひゃい!!」」
「お前たちソフィアにデマふきこんだろ」
「「……えぇ……っ……と……」」
二人の若い侍女は下を向いてガタガタと震えている。あの顔で睨まれたら恐ろしいだろうな……。
「レオ、どうせ執務室で庭園のソフィア嬢を見ながら「愛してる」とか言っていたのだろう? 隣の俺の執務室にもしょっちゅう聞こえてくるんだぞ? 誤解を招いたのはお前だ」
二人の侍女はぶんぶんと首を振って頷いている。
「次はないからな」
「「ひゃいぃぃぃっ!!」」
「それと、この場で聞いたことはソフィアにバラすなよ」
「「も、もちろんですっ!!」」
なるほど…………。残念な双剣の獅子とはいい得て妙だな。
「ウィル、ウエロスニアに帰ったら僕の婚約者の友達を紹介するよ……」
「それより異業種交流会やろうぜ……!」
「ロードン伯爵家にいくつか釣書がきていたよな……?」
「失恋を乗り越えた先の新たな恋!」
友人たちは励ましてくれているようだ。
「そうだな……。帰ったら結婚相手を探すとするか……」
「「なんですって!?」」
俺がそう言うと、さっきまで震えていた二人の侍女は、即座に反応し声をあげた。
「レイラ、じゃんけんよ!!」
「アンナ、恨みっこなしよ!?」
……イローリス王国は平和だな……。