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「いよいよ今日ですねー。ウエロスニア王国の王太子殿下がいらっしゃるの」

「ソフィア先輩、エマ先輩、知ってますか? ウエロスニア王国の王太子殿下は美しいと評判ですけど、なんと!! 側近の方々も美形揃いなんですって!!」


 王妃の間でお茶の準備をしていると、アンナとレイラが楽しそうに話し出した。


「もう! あなたたち、そんなことばかり言ってないで手を動かしなさい!」


 エマがお茶のカップを並べながら、アンナとレイラを叱った。


「えぇー!? エマ先輩興味ないんですか!?」

「なくはないけど、わたしはいいのよ」


 エマはそう言って、一瞬眉を下げた。少し前からエマは辛そうな顔をしているときがあり、わたしはそれが気になっている。やっぱり何か悩んでいるのかしら……。


「そんなことより、明日、ソフィアは謁見の間に入ることができないのだから、あなたたちがしっかりしてくれないと困るわ」

「「……ハイ……」」


 アンナとレイラに捨てられた子犬のような目を向けられたけれど、「ごめんなさいね」と答えることしかできない。


 隣国ウエロスニア王国の王太子殿下は、本日ご到着される予定だ。国王陛下と王妃殿下への謁見は明日、謁見の間で行われるのだけれど、平民は謁見の間に入ることができない。そのため、わたしは入口の扉までしか行けないのだ。




 ***




 扉の前で控えていると、しばらくしてウエロスニア王国の王太子殿下と側近の皆様がいらっしゃった。王太子殿下は昨日、無事にご到着された。

 扉を開ける合図があるまでここでお待ちいただくため、扉の前には普段よりも多くの騎士や侍女が控えている。

 わたしたち侍女は淑女の礼を、騎士たちは騎士の礼をとる。


 ヘンリー・ウエロスニア王太子殿下は、黒髪に金の瞳を持つ、中性的な顔立ちの美しい方である。御年はわたしと同じ二十歳。側近の皆様も同年代のようだ。噂にたがわず美しい方々で、アンナとレイラがはしゃぐ姿が容易に想像できる。


「間もなくご入場となります。暫しお待ちください」

「ああ、わかった」


 騎士の言葉に軽く頷き、ヘンリー王太子殿下は静かに立っていた。


 ふと目を向けると、ヘンリー王太子殿下の側近である濃紺の髪の騎士様が、花台に飾られたイローデュラの花に手を伸ばした。


「っ……」


 あっと思ったときには遅くて、騎士様は指を切ってしまったようだ。そのとき、扉を開ける合図があった。彼は切った指を握って前方を向いて直立しているが、あれでは血が垂れてしまう。


 わたしは咄嗟にハンカチを手渡した。


「ありがとう侍女殿。助かった」


 彼はハンカチを受け取り、ほっとしたように微笑んだ。


 扉が開けられ、ウエロスニア王国王太子殿下は謁見の間に入られた。

 わたしは花台の花を交換するようにメイドに告げ、王妃殿下のレセプションパーティーの準備に向かった。




 ***




 王妃の間で茶器を片付けていると、侍女長がいらっしゃった。王妃殿下は先ほどまでお茶を楽しまれていたけれど、王子殿下が風邪気味という報告を受けて、急いで王子殿下の私室へ向かわれた。

 イローリス王国の冬は他国に比べてそれほど寒くはないけれど、王子殿下は寒いのが苦手で、よく熱を出してしまわれるのだ。


「ソフィア、エマはもう行ってしまったかしら?」

「はい、侍女長。つい先ほど」


 エマはガードナー団長の執務室へ、王妃殿下の視察日程変更の連絡に行ったところだ。


「そう。ついでにこれも届けてもらいたかったのだけれど……。アンナ、レイラ、これをガードナー団長の執務室へ届けてちょうだい」


 侍女長は書類を差出し、アンナとレイラに指示をした。


「第一騎士団!?」

「行きます!行きます!!」

「またあなたたちは……。頼んだわよ?」

「「お任せください!!」」


 第一騎士団と聞いただけで心を乱してしまうわたしとは違って、アンナとレイラは嬉しそうだ。


 行儀見習いと称して王宮にあがる婚約者のいない貴族令嬢にとって、王宮は結婚相手を探すための場でもある。

 騎士はそういう令嬢に人気で、二人がはしゃぐのも頷ける。ほとんどの令嬢は二、三年で結婚して侍女を辞めるため、わたしとエマはベテランの域に入る。


 わたしは、消えない恋心を持ったまま他の方へ嫁ぐことはできないと自分に言い訳をして、新しい結婚相手を探すこともせずに王妃殿下の侍女を続けているけれど、エマは「これといった人がいないのよね」と侍女を続けている。エマが選ぶのは、いったいどんな方かしら。



「「では、行って参ります!!」」


 アンナとレイラは満面の笑顔を浮べながら、ガードナー団長の執務室へ向かった。


「ソフィア、王妃様はしばらく戻られないと思うわ。ここはいいから庭園の方をお願い」

「かしこまりました。行って参ります」


 侍女長の指示を受け、わたしは王妃の間を出て庭園へ向かった。


 王宮の東側にあるこの庭園は、王妃殿下のための庭。王妃殿下が輿入れの際に、ウィームズ侯爵家から移植したという花々が一年中美しく咲き誇っている。


 わたしは王妃殿下から毎日の水やりを仰せつかっているのだ。


「今年もこの冬薔薇は本当に美しいわ。ウィームズ侯爵家の冬薔薇も、きっと美しく咲き誇っているわね」


 わたしは幼い頃から慣れ親しんでいたウィームズ侯爵家の薔薇園を思い浮かべた。


 もうあの薔薇園へ行くことはない……。


「これで全部済んだわね」


 水やりを終えて、わたしは王妃の間へ戻ることにした。






「キャーーーーーーッ!!」

「素敵ーーーーーーッ!!」


 わたしが王妃の間に戻ると、アンナとレイラがはしゃいでいた。彼女たちは意外と早く戻ってきたようだ。騎士様たちの鍛錬の様子を見学してくるだろうから、彼女たちよりわたしの方が先に戻ると思ったのだけれど。


「アンナ、レイラ、早かったわね」

「だってだって、ねえ!?」

「ねぇーーー!! キャーーー!!」


 どうしたのかしら、 いつも以上に興奮しているみたい。


「わたしたち見ちゃったんですーーー!!」

「聞いちゃったんですーーー!!」

「何を……?」



 その話を聞いた瞬間、心が凍りついた。



「ウィームズ副団長がエマ先輩に愛を告げていたんです!!」

「『お前だけを愛してる』って!!」



 鼓動が速まり、胸の奥に冷たい刃が突き刺さるような感覚が広がった。



「ガードナー団長の執務室をノックするところで、隣の副団長執務室からウィームズ副団長の声が聞こえて」

「わたしたち慌てて隠れたんですけど、そうしたら真っ赤な顔をしたエマ先輩が出てきて」

「あのウィームズ副団長がですよ!?」

「あのウィームズ副団長が愛をっ!!」



 ——腑に落ちた。



「庭園に忘れ物をしてしまったわ。取ってくるわね」


 震える手を握りしめながら、わたしは再び庭園に来てしまった。


 エマの顔を思い浮かべる。最近のエマが時折見せる表情が気になっていた。何か悩みがあるのだろうと思っていたけれど……。


 エマはわたしが未だ彼を想っていることに気づいていて、レオナルド様とのことを話せずにいたんだわ。

 エマに申し訳ないことをしてしまった。わたしが彼への想いを捨てることができずにいたから……。


「わたしったら最低だわ……」


 わたしの心と同じように、急な曇天からは今にも雨が降りそうだった。



 ——ガサッ。



 物音がして振り向くと、ウエロスニア王国王太子殿下の側近である濃紺の髪の騎士様がいた。


 謁見の間の前で指を切ってしまわれた騎士様だわ。細身だけれども服の上からでも鍛えていることがわかる体躯。黒い瞳は我が国では珍しいけれど、黒曜石のようで美しい。


「侍女殿、泣いて……?」


 彼は眉をひそめ、わたしにそう尋ねた。その瞳には、深い心配の色が浮かんでいる。


「いいえ。目にごみが入ってしまって」


 わたしはぎこちなく微笑み、目を擦ってこぼれそうな涙をごまかした。あからさまな嘘だったけれど、彼は触れずにいてくれるようだ。



「……………………あ、あの、こ、こ、こ、これを貴女に……!」


 彼は顔を赤くしてそう言い、騎士服のポケットからクシャクシャになった包みを取り出して、わたしに差し出した。


「しまった! 貴女に会えたら渡そうと思って持ち歩いていたから、こんな状態になってしまった……!」

「わたくしに?」

「その……、謁見の際は助かりました。入場直前に他国の人間である私がポケットに手を入れることなど出来ませんでしたから」


 入場直前にそのような行動をとったら、何か武器を手にしたのではないかと疑われて入場を止められてしまう。


「あの花は我が国固有のイローデュラと言います。“歓迎”という意味を持つため飾られることが多いのですが、葉が鋭いのが難点なのです。我が国の者は熟知しているので触れようとはしませんが、配慮が足りませんでしたわ。申し訳ございませんでした」

「いえ、珍しいからとむやみに手を伸ばした私が悪いのです」


 わたしは彼が差し出してくれた包みを受け取った。


「開けてみても?」

「はい……っ!」


 包みの中身はピンクのガーベラが刺繍されたハンカチだった。


「まぁ、素敵だわ」

「わ、私は、その、こ、こういったことには疎くて、女性の好みがわからなくて、店の者が薦めるままに、あの、その……」

「ふふ。騎士様、お気遣いいただきありがとうございます」


 わたしは目の前の彼が照れた様子で女性物のハンカチを買う姿を想像して、つい笑ってしまった。


「き、気に入ってくれたなら良かった。私はウィリアム・ロードンと申します。ヘンリー王太子殿下付きの近衛騎士です」

「わたくしはソフィアと申します。王妃殿下付きの侍女です」


 わたしは淑女の礼をとって、ロードン様に名を告げた。


「……では、ソフィア嬢。貴女ももう戻った方がいい。気温が下がってきたようだ。そのような恰好では風邪をひいてしまう」

「ありがとうございます。ロードン様。では失礼いたします」

「いずれまた…………」


 わたしはそう言って去っていく彼を見送った。







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