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大切な親友の幸せな報告。わたしは声が震えないように意識する。
「もちろんよ。謝ることなんて何もないわ」
——前に進むって決めたじゃない。もうわたしには彼の幸せを祈ることしかできないのだから。
「おめでとう。あなたたちが幸せなら、わたしもとてもうれしいわ」
***
贈り物や手紙の仕分けを終えたところで、王妃殿下から声がかかった。
「ソフィア、今日はもういいわ。日が短くなってきたもの。すぐに暗くなってしまうわ」
わたしは報告書を差し出し、恭しく礼をとった。
「はい王妃様。それでは、本日はこれで失礼いたします」
わたしがそう答えると、王妃殿下は心配そうに、しかしどこか諭すような口調で言った。
「ねぇ、ソフィア。王宮にはいくつも部屋があるのよ? それなのに市井で暮らすなんて……。今からでも王宮の部屋を使ったらどう? あなたに何かあったら、わたくしはマリアに合わせる顔がないわ」
わたしのお母様のマリアは、王妃殿下の幼馴染であり親友だ。その縁もあって、王妃殿下はいつもわたしを気に掛けてくださる。
お母様は現在、隣国でお父様とともに縁戚の商会で働いている。そのため、王妃殿下は親代わりのようにわたしに寄り添ってくれる。優しくて、とても美しい女性だ。
「ありがとうございます、王妃様。でも、ルーカスが一緒ですから」
「そうね、ルーカスが一緒なら安心だわ。でもね、あなたは花の盛りの二十歳の女性なのよ? それにその美貌だもの。気掛かりだわ……」
王妃殿下の気遣いに、わたしが笑顔を浮かべて答えると、彼女はさらに心配そうな目を向けた。
「ふふ、大丈夫です。では明日もよろしくお願いいたします」
わたしはそう言って再度礼をとり、王妃の間を後にした。
侍女のお仕着せから簡素なワンピースに着替え、王宮の裏門へ向かう。王妃殿下がおっしゃった通り、外はもう薄暗い。
「姉上」
王宮の裏門に着くと、そこにはルーカス——わたしと同じ銀髪に紫の瞳を持つ一つ年下の弟が、騎士服姿で待っていてくれた。彼は第三騎士団で従騎士をしている。
「ルーカス? わたしたちはもう貴族ではないのよ? “姉上”ではないわ」
「わかってるよ、姉さん。ついね……」
そう言ってルーカスは、少し悲しそうな顔をして笑った。
オニール伯爵令嬢として生まれたわたしは、十六歳を迎えると、行儀見習いのため王妃殿下の侍女として働き始めた。けれど、働き始めて一年が経った頃、わたしの身分は伯爵令嬢から平民へと変わった。
なぜなら、立て続けに襲った豪雨災害により、オニール伯爵領の経営が大きく傾いてしまったからだ。
それまで実直な領地経営を行っていたお父様は、必死に対策を講じた。しかし、結局立ち行かなくなり、お父様は爵位を返上した。
わたしはお父様の爵位返上とともに侍女を辞めるつもりでいた。平民が王妃殿下の侍女を務めるなんて前例がなかったからだ。けれど、「市井で働くなんてとんでもないわ」という王妃殿下の恩情で、今も彼女の侍女を続けさせてもらっている。
王宮侍女は王宮に住むことが許されているが、それは貴族令嬢に限られる。そもそも平民が王宮侍女になることなどほとんどない。
わたしは平民ながら王宮侍女を続けさせてもらっている上に侍女部屋まで与えられるのは申し訳なくて、市井で暮らすことを選んだ。
最初はお父様もお母様も市井で暮らすことに反対で——王妃殿下はそれ以上に反対していたけれど——ちょうどルーカスが騎士学校を卒業することもあり、ルーカスと一緒に暮らすこと、王宮外では絶対に一人にならないことを条件に許してもらった。
「さあ帰りましょう。今日はシチューを作るわね」
わたしはルーカスとともに、夕暮れの街並みを眺めながら、市井にある家へと向かった。
***
「おはよう、ソフィア。今日も早いわね」
「おはよう、エマ」
王妃の間でいつも通りの挨拶を交わす。エマはわたしと同い年のストラット子爵家の令嬢で、同じ頃に行儀見習いとして王宮にあがり、王妃殿下の侍女として働き始めた。
彼女は茶髪にグレーの瞳を地味だと気にしているけれど、とても整った顔立ちをしている。明るくて可愛い、わたしの大切な親友だ。
王妃殿下はこの時間、国王陛下と十歳の王子殿下とともに朝食を摂っていらっしゃる。そのため、わたしたち侍女は王妃殿下がお戻りになる前に、当日の予定に合わせた衣装を用意する。
「今日は特に大きな予定はないはずよね? 王妃様が好まれるゆったりとしたドレスがいいかしら?」
「そうね。侍女長に変更がないか確認してみましょう」
そう話していると、ちょうど侍女長が部屋に入ってきた。
「おはよう。ソフィア、エマ」
「侍女長、おはようございます」
「おはようございます」
「アンナとレイラはまだなのね? まったくあの子たちはいつまで学生気分でいるのかしら。仕方ないわね……。そうそう、王妃様が午後に第一騎士団を見学したいそうなの。準備をお願いね」
っ……!
第一騎士団と聞いて、わたしの心臓がドクンと跳ねた。
——第一騎士団には彼が……わたしの元婚約者がいる。
王妃殿下が第一騎士団訓練場に姿を現すと、騎士たちは動きを止め、一斉に騎士の礼をとった。
「整列!!」
訓練場の端から端まで響き渡るような大きな声で号令が掛かった。声の主はアーサー・ガードナー第一騎士団長。赤髪に赤い瞳の偉丈夫だ。若干二十五歳で第一騎士団長に任命されて以来、十年間その任に就いている。「大陸最強の盾」と呼ばれ、本人もその称号を誇りにしている。
「アーサー、調子はどうかしら?」
王妃殿下が尋ねると、ガードナー騎士団長は騎士たちを見渡して答えた。
「王妃殿下にご挨拶申し上げます。まあ、悪くはないですね。今の我が国は近隣諸国とは友好関係を築いているとはいえ、いつ何が起こるかわかりませんからね。過剰戦力と言われるくらいが丁度良いのですよ」
「そう。安心だわ。皆、続けてちょうだい」
王妃殿下の合図で、整列していた騎士たちは再び動き出し、木剣が打ち合う音が訓練場に響き始める。
「それにしても、いつ見ても王妃殿下の侍女たちは美人揃いでいらっしゃる」
「「キャーーーッッ」」
ガードナー団長がそう言うと、アンナとレイラが黄色い声をあげた。微笑ましいが、さっきまで遅刻した彼女たちを叱っていた侍女長がこの場に居たら、さらに叱られてしまうだろう。
「アンナ、レイラ、侍女長に叱られたばかりでしょ!!」
侍女長の代わりに、彼女たちを叱るエマの声が響いた。
「ごめ……じゃなくて、申し訳ありません」
「すみ……じゃなくて、申し訳ありません」
アンナとレイラはともに十六歳。王妃殿下の侍女となってからまだ日は浅い。淑女としてはまだまだこれからに期待といったところだ。
王妃殿下の専属侍女は全員で五人。交代で休暇を取っていて、もう一人の侍女である十八歳のジェシカは今日が休日である。「我が家は名ばかりの貧乏貴族なのです」と言うジェシカは男爵令嬢だけれど、平民の男性とお付き合いしているそうだ。
「ふふふ。アンナもレイラも貴族令嬢なのだから、もう少し落ち着きなさいな。ところでアーサー、レオはいないのかしら?」
王妃殿下のその言葉に、訓練場に近づくにつれ鼓動が激しくなっていたわたしの心臓は、それ以上に激しく跳ねた。
——レオナルド・ウィームズ様。輝く金髪と青紫の瞳。鍛え抜かれた体躯の長身の美丈夫。第一騎士団副団長を務める彼は王妃殿下の甥でもある。王妃殿下のご実家であるウィームズ侯爵家の嫡男で、わたしの初恋の元婚約者だ。
ウィームズ侯爵家とオニール伯爵家は領地が隣同士で、家族ぐるみで親しくしていた。レオナルド様はひとりっ子ということもあり、幼い頃は頻繁に我が家に来て、わたしと弟のルーカスと一緒に遊んでくれた。そしてわたしが十歳、レオナルド様が十三歳のときに、わたしたちの婚約が決まった。
わたしは大好きな彼とずっと一緒にいられることがうれしくて、勉強も淑女教育も何もかもが楽しくて、毎日がとても幸せだった。王宮にあがり、王妃殿下の侍女として二年間の行儀見習いを経て、彼と結婚するはずだった。
けれど、お父様の爵位返上に伴い、彼との婚約は解消となった。ウィームズ侯爵様も侯爵夫人も婚約は解消しなくていいとおっしゃってくださったけれど、そういうわけにはいかなかった。我がイローリス王国では、伯爵位以上の高位貴族は平民や貴族養子との婚姻は認められないと法で定められているから。
悲しくて辛くて苦しくて、心が壊れてしまうかと思った。けれど、現実を受け止めるしかないのだから、お父様とお母様とルーカスと、新たな人生を笑って歩もうと決意した。
——仕方ないことだったのだ。
「レオナルドなら執務室で再来週のレセプションパーティーの最終確認をしていますよ」
ガードナー団長の声に、はっと我に返った。
「そう。ウエロスニア王国の王太子がいらっしゃるのは再来週だったわね。こんな時期に留学だなんてウエロスニアも大変ね」
「あちらの第二王子派が動き出したというところでしょう。我が国への避難は賢明ですね」
彼がここにいないことに少し寂しさを感じながらも、わたしの心の中には、どこかホッとしている自分がいた。




