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私のシンゾウ  作者: 駄犬
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処世術

 まさに私がそれだ。臆病者の肩書きに相応しい鬱憤の溜まり方に、今生の恨みを皮膚の下にひた隠す。座持ちを気にした愛想笑いすら出来ず、奥歯を噛み締めて過ごす日々はきわめて不純であった。深刻さが足りないと言われると、撥ね付ける為の怒声を口から吐き出せない。何故なら、殺人を起こすまでの動機と動線に向き合ってきていないからだ。学生の頃、友人からこう注進されたことがある。


「里見ちゃんはいつも深刻そうにしてるけど、聞いてみると案外、大したことがない悩みだったりするよね」


 私は鏡もあまり見ない。自分の審美眼に興味はなかったし、異性を意識して身持ちを気に掛けることもなかった。つまり、他個評価に全くもって頓着がない為、他者と自己との認識に大きな齟齬が生まれてしまう。当時の私はそう思っていた。だがしかし、来し方の指摘が如何に正しかったかを今になって、実感しつつある。


 日夜、自問自答を繰り返して、頭が傾く方向に足を取られるほど極端な重みを獲得した私の薄暗さは、衒いのない深刻さを帯びさせた。勿論、鬱々とした感覚は常に胸中に渦巻いており、虚飾などと自身を貶める気はさらさらない。絵に描いたような不眠症を演じる私の顔は青白く染まり、健康的な見目とは縁がなかった。あらゆる環境下に於いて、病弱で気弱な人間として額面通りの扱いを受ける。耳目を集める為の小賢しい嘘で、如何に悲劇的な人間であるかを伝えたいという、欲に塗れたつもりはない。だが、期せずしてそのような評価を貰ってきた。決して口には出さない。だが、目付きや態度、言葉遣いから容易に把捉でき、微笑を装って持ち上げる口角の裏には嘲笑が隠れている。


「敵対心、って言うのかな。誰にも気を許さない雰囲気が一目で伝わってくるよ」


 直裁な物言いで私の本懐を見破ろうとしてくる彼女は、唯一無二の友達である。偶さか横に並んだ机の位置が、私達を繋ぎ合わせ、席替えという学生ならではの行事を初めて前向きに享受した。


「え? 私は別に……そんな風に見えた?」


 彼女と接する際は、助言を貰う為にわざと疑問符を添えて聞き返すのが常となっている。


「恵美と話している時に睨んでいるように見えたから」


 彼女の観察眼にはいつも感謝している。自分を客観的に認識するには、やはり他人の目が欠かせない。他者を理解する知見も少ないことから、「怒り」という感情を頬の膨らみで表す記号的な表情の変化は、人付き合いを苦手とする私にとって非常に助かった。だがしかし、私を除いたクラスメイトの反応は、著しく悪かった。複雑怪奇な人間の機微を放棄した彼女の身の振る舞いは、皮肉混じりにこう言われていた。


「テレビに出てるアイドルみたい」


 虚飾、虚像、作り物。揶揄と捉えて当たり前の言葉を吐かれて尚、彼女はいつものように笑顔を湛える。


「本当?! 照れるなぁ」

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