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私のシンゾウ  作者: 駄犬
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ゴキゲンナナメ

 いつからだろうか。寝息がピタリと止まって、伸び縮みを繰り返す心臓の動きが徐に鈍化していく姿を想像するようになったのは。神や仏の存在に怯えるような誠実さはとうの昔に手放したものの、この邪な願いを阻んでいるのは、形而上なる存在に違いないと言う、曖昧模糊とした感覚があった。


 血を分け合った人間同士というのは特に厄介である。スマートフォンに登録されている情報を消去すれば無かったことにできる他人とは違って、常に周囲に付き纏い、私がこの世に生まれてきた理由でもある為、簡単に袂を分かつことは出来ない。家の至る所で愚痴と嘆息を吐き散らし、湿り気を醸成する私の悩みは、介護の対象となった父の行動だ。


 老齢らしい愚鈍さに記憶の曖昧さは、同じことを繰り返す原因となっており、いくら頭ごなしに怒ったとしても、改善する手段がない。歳を取るという生物としての摂理を私は今、肉親から享受している。後期高齢化社会の日本に於いて、私のような悩みを抱えている人間は大多数いるはずだ。だからといって、励ましや苦労を分け合う仲間の発見に至るかと問われれば、私はいないと断言できる、


 衣食住の全てを司る私の働きぶりに関して、父親は全く関心がない。就労の為に自宅を出る時間を逆算して朝食の準備に取り掛かる私の起床時間は、人間としての営みを無視した非生産的なものであった。しかし、全うすべき義務付けられた役割の為、それを無視した生活は想像できなかった。


 手間暇の苦労を省略した調理工程は、もはや料理と呼ぶべき風采をしていなかった。皿に食物を乗せて少しだけ飾り付けをする。当然のことながら、父親がそんなことに気がつくはずがなく、見事な寝ぼけ眼で食卓に用意された朝食を無言で頬張っていく。何十年にも渡って繰り返される、恒常的な営みは、感情が揺れ動くような新鮮さはかなぐり捨てられたものの、水に滲むような恨み辛みだけがハッキリと胸中に渦巻いていた。


「いいなぁ。好き勝手できて」


 恐らく、立場や境遇、積み上げられた性質の差異を比べて、犯人と自分との間には画然たる距離感にあるものと、皮肉に冷笑を重ねるのが普通だろう。「閑静な住宅街に現れた凶刃」などと銘打って、視聴者を釘付けにする為の惹句をテレビの画面に表示するニュース番組は、そこらのゴシップ記事と相違なかった。私はひとえに嫉妬する。「殺人」という世間一般で言えば、蛮行に等しい倫理観の欠落は、白眼視を送って当然の出来事でありながら、私は全くもって軽蔑する気にはなれなかった。不謹慎と罵られようとも、私は犯人を白眉の勇気を持った類い稀なる人物であると、賞賛を送りたい。常人ならば、犯した罪に値する刑罰の重さを想像し、踏み出す足が竦むはずだ。

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