母との約束 記憶をなくしていく病を患ったJDと絶対に忘れないAIの思い出づくり
これは回想でも走馬灯でも何でもない。ワタシは今この瞬間に生まれた。
「誕生おめでとう、あなたの名前はノゾミよ」
視覚システム、人間の女性を認知。茶髪。ショートボブ。ターコイズブルーの目。
初期データより、作成者 紅葉楓と一致。
紅葉楓のプロフィールを電子視覚右上部に投影。
セイ モミジ メイ カエデ
性 女
生誕日 ○×年X月Y日
現在 19歳
家族関係 弁護士の父と不定期の家政婦 現在母は他界 兄弟×
国立 風月大学所属 2回生
「私の名前は紅葉楓、あなたを創った人よ。これからよろしくね」
「よろしく、楓さん」
「楓でいいわよ。私とあなたの関係に『さん付け』なんて不要よ」
ワタシは楓の肉声に、機械音に包まれた音声で答える。それに首肯した楓は会話を展開していく。
「早速だけど、あなたの電子視覚から課題ファイルを確認して」
「わかった」とワタシは緩急のない冷静な声音で返答する。
課題ファイルを開く。
自律学習型人工知能 製造No.11 ノゾミ
設定課題
『特発若年性アルツハイマー型認知症』を発症している紅葉楓の人生を支援すること
「それがノゾミのミッション。あなたには記憶をなくしていっちゃう私の人生の助けをしてほしいの」
ワタシはその絶望に対峙する。
こうして、ワタシの尽生が開始した。
――――
「これからは、あなたが人口知能ということは絶対誰にも言わないでね。まぁ、不気味の谷を過ぎた領域の精度だとは思うし、誰も信じないとは思うけど。念のためね。あと、帰ったら最終チェックするからね。そしたら一緒に外に出ましょうか」
楓はワタシの言語、動作が正常であるか確認をした後、その言葉を残し用事のため大学へと向かった
やることがないので、椅子に座りながら、部屋を見回す。
部屋の至る所に、文字の書かれた青や黄色の付箋が張られている。
それから数時間後、ガチャッという家のドアが開けられる音がした。楓が帰ってきたのだ。
ワタシは生まれた部屋を出て物音の聞こえる方に向かった。
「うん?君はもしかして楓のお友達かな?」
楓ではなかった……
視覚システム、人間の男性を認知。黒髪73分け。右7。左3。黒目。
初期データより、紅葉誠二と一致。
紅葉誠二のプロフィールを電子視覚右上部に投影。
セイ モミジ メイ セイジ
性 男
生誕日 ○○年X月X日
現在 49歳
家族関係 学生の娘と二人暮らしをして家政婦を雇っている 現在妻は他界
紅葉法律事務所に所属
楓の言うとおりにする。
「はい、ワタシは楓さんの友人です。ノゾミと申します。本日はお邪魔させていただいてます」
「そうか……」
言動から、この男はワタシが人工知能であるということを認識していないと推測。
「楓は今大学に行っているはずだが」
「そうですね」
「そうか……楓のやつ友達をホっポっていくなんてな。いやぁすまないね」
「いえ、大丈夫です」
「そういえば、あの子が友達を連れてきたのは初めてだよ」
「そうなんですか」
「あぁ」
「……」
「仲良くしてもらっているとこ悪いんだが、楓とは縁を切った方が良い……」
「……」
「楓の病気の件は聞かされているかい?」
「はい……」
「そうか……あの病気はあの子の年齢では普通発症するものではないらしいんだがね……酷いことを言うが、楓はいずれ君のことも忘れる。そうなるまえに縁を切るべきだ」
「……」
ワタシに気を遣っているのだろう。
「気分を悪くさせてしまったかもしれないが、これは君のためでもある。じっくり考えて欲しい」
「……」
誠二は唐突にスーツズボンの右ポケットからスマートフォンを取り出し、それを確認し始める。
「いけない、楓が帰ってくる」と誠二は発言した。
「なぜ、分かるのですか?」
「あぁ、位置情報共有アプリだよ。元々は防犯で付けたものだったんだけどね」
「……」
「どうせなくすなら、思い出に意味はない。そんなものを積み上げても、むなしくて苦しいだけだ」
誠二は赤子をあやすときのような小声で、うつむきかげんにそう吐き捨てた。
この言葉がなぜか、喉に魚の骨が残っているみたいにひっかかった。ワタシの内側からひっかかるという言葉が浮かび上がってくる点から推測するに、ワタシは従来の型よりも人間的な性能を備えているのだろう。
「あぁ、私は仕事の資料を取りに帰ってきただけだから、もう行くよ。まぁゆっくりしていってくれ」
「わかりました」
そうやって、誠二はお目当ての資料を手にして、逃げるようにこの家を去っていった。
あの位置情報共有アプリは、まるで楓を避けるために使っているようだった。
――――
それから数時間後、ガチャっという家のドアが開けられる音がした。楓が帰ってきたのだ。
ワタシは再び生まれ故郷を離れて玄関の方へ向かう。
「あぁ、ただいまノゾミ」
楓だった。
「お帰りなさい、楓。先ほどお父様が帰ってきたわよ。もう出て行かれたけど」
「……」
楓は返答をせずに大学のバッグを椅子に下ろし、コートをハンガーに掛けた。
「あの部屋から出たのね?」
ワタシは表情をくずさず、ただ首肯する。
「ちゃんと部屋にいるよう指示しとけばよかったわ……。パパとは何か話したの?」
楓はため息をひとつ。怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
「少し……でも、ワタシは楓の友人ということにしておいた」
「そう……ちゃんと言いつけを守れていて優秀ね」
その言葉には皮肉めいたものを感じた。ワタシの内側から感じるという言葉が浮かび上がってくる点から、ワタシは従来の型よりも人間的な性能を備えているということを再認識した。
「お父様にはワタシのこと……何も言っていないのね」
「うん、まぁあなたを創るのも、私が一人で部屋にこもって勝手にやっていたことだから。あと、パパは私の部屋入らないと思うし。それに……パパは私なんかには興味ないから」
「……」
「そういえば、私の名前って変だと思わない?」
彼女は会話の方向性を極端に曲げた。お父様に関した話しはしたくないと推測。
ワタシは問いに首を45°傾け、『?』を示す。
「紅葉と楓ってさ、似ている花の名前くっつけてるのよ。笑っちゃうよね。ノゾミさぁ、検索機能正常に動くかを『紅葉 楓 違い』で検索かけて試してみてよ」
「やってみる」
『紅葉 楓 違い』 検索。
エラー コード1560
「エラーが出て検索できない」
「えぇ!?また調整しないといけないの? もうやだぁ」
プログラム終了。
プログラム起動。
「おはよ!!」
「おはよう、楓」
視覚プログラム起動。茶髪。乱れて爆発したショートボブ。ターコイズブルーの目。目下にはブルーベリージャムのようなクマがへばりついている。紅葉楓と一致。
修正後に目が覚めたとき、窓の外は街灯だけが照らし、時計の短針はてっぺんを回っており、長針は90°動いていた。
修正時間は3時間25分といったところ。
「疲れたー私もう寝る!!」
「おやすみなさい。楓」
「あーそういえば、いちようノゾミにも人間と同じように睡眠機能がついているから、さっき起動したけど多分すぐ眠くなるわよ」
「その機能はいらなかったのでは?」
「疲れた!寝る!!」
楓は平均的なチワワの鳴き声の約2倍の声量で叫び、ベッドに沈んでいく。
うるさい。
家は再び、静寂に包まれる。
「ねぇ、私の病気……どんなのか理解してる?」
ダンゴムシみたいに丸めた背をこちらに向けてベッドに横になっている少女から、亡くなる直前の遺言のような声が吐かれる。
「はい、それは初期プログラムに設定されていますから」
「そう……だったわね」
「それが、どうかしましたか?」
「いや、ホント私って不幸だよねって話……」
初期プログラム起動。
紅葉楓の症状
特発若年性アルツハイマー型認知症。
症状
記憶の一部が突発的に消失していき、患者個人では思い出すことができなくなる病。通常のアルツハイマーとは違い若年性である。特発性、つまり原因は現在では不明。絶対的な対処法もなし。十万人に一人の確率の奇病。
「……」
そういえば、せっかくなので検索機能を試してみる。
『紅葉 楓 違い』 検索。
検索結果 WW年A月B日 わきペディア参照
もみじ・葉の切れ込みが深いもの
楓・葉の切れ込みが浅いもの
上記のような違いがありますが、両者の花言葉は同じもの。
日本での花言葉は『大切な思い出』、『美しい変化』
『どうせなくすなら、思い出に意味はない。そんなものを積み上げても、むなしくて苦しいだけだ』
なぜだか、ひっかかっていた誠二の言葉が泡のように浮かび上がってきた。
「……」
ベッドの方から聞こえてくるすすり泣く声だけが深夜の静寂を乱していた。
――――
ワタシが誕生して数日がたったころ、楓の通学のお供をすることになった。
『ここから風月大学まで』 検索。 ルート案内を開始。
目前には車の通行量が多い交差点で立ち止まる茶髪の少女。
「えっ……この道、どっちだったっけ……」
「楓、風月大学に行くためにはここを右です」
「そっ……そうね、わかっているわよ。もちろん…………」
後ろからついて行っているので、彼女の顔はうかがえないが、覇気のない声音だった。
――――
風月大学正門到着。 ルート案内を終了。
風月大学の正門は、洋風の赤煉瓦の障壁に繋がるダイヤ型の編み目のある黒い門が開かれている。
「ノゾミ、お疲れさま」
「どういたしまして」
「じゃあ、行きましょうか」
ワタシは楓の背中を追って中に入っていく。
中に入ると中庭が広がっていた。ここから様々な校舎棟に行くことができるようだ。
校舎棟に入り歩いていく。
「やぁ、楓くん」
「あ、西宮教授」
長髪で黒縁の四角いメガネを掛けて両ちょびヒゲをはやしている男がワタシの前を歩く少女の名を呼んだ。
「おや、そちらの子はあまりみない子だね」
「あぁ、友人です。付き添いで来てもらいました。で、今回はレポートの件で山口教授からご意見をいただきたくて授業ないんですけど来ました」
「おお、熱心だねぇ」
「じゃあ、研究室でちょっと話してくるから、ノゾミはここで待っててね」
「わかった」
「では教授、また授業で」
「ふむ」
楓は研究室204と書かれた部屋に入っていった。
ワタシと西宮教授だけが廊下に残されてしまった。
「教授、少しお時間いいですか?」
「うむ、かまわないよ。何かな?」
せっかくなので、教授にずっとひっかかっていたことを、検索してもわからないようなことを、聞いてみる。
教授というほどなのでなにかヒントをもらえるような気がする。
「結局なくなってしまう思い出を、積み上げることは虚しくて苦しいだけなのでしょうか?」
「ん?それは一体どういう意味かね?」
「いえ、ワタシの知り合いにアルツハイマーの方がいまして……」
「ふむ、それは気の毒にな」
教授は右の人差し指と親指で右ヒゲをいじり、思考を巡らすように目をつぶる。
「記憶を失うこと=虚しくて苦しいだけという考えは好きではないな」
「それは、何故でしょう?」
教授は真理を射るような目を開ける。
「皆最後には命を失うが、人生は苦しみや虚しさだけではないだろう。それと同じだよ」
ワタシは、それに首を45度かしげて『?』を示してみる。
「それとね、記憶をなくすというのは視力が悪くなるようなことでしかないと思うんだよ。視力が悪くなればメガネやコンタクトを付ける。それと同じで、なくなった記憶は別の何かに預けるか、共有をして補えばいいだけなんじゃないかな?」
「よく、分かりません……」
「うむ、大学教授が教えすぎるのはよくないのでな。君も人間なのだから自分で考えてみてほしいな」
「……わかりました」
「では、私はこれで失礼するよ」
「はい、ありがとうございました」
西宮教授が去り数分がたち、楓が研究室から戻ってきた
ワタシと楓は大学をあとにした。
正直、教授の発言の意味はよく分からなかった。
――――
初めて大学に行った日から数週間がたった。
プログラム起動。
現在の時刻
08:12
楓が新たに付けてくれた時計の機能を確認する。
「ねぇ、今日ちょっと遊びにいかない?」
視覚システム、人間の女性を認知。茶髪。ショートボブ。ターコイズブルーの目。
初期データより、作成者 紅葉楓と一致。
楓はクリスマスイブの子どものような、屈託のない笑みをワタシに向けてくる。
「いいですよ。どこに行きます?」
「大阪ドブネズミーランドよ!!」
――――
10:00
大阪ドブネズミーランド到着。ルート案内を終了。
雲なんて最初からこの世に存在しなかったのではないかと錯覚させられるような快晴。
周りは、子供連れの家族やカップルが談笑しながら、まばらに歩いている。
ドブネズミーランドのマスコットキャラクター、ドブくんが手を振っている。
「こんにちは、ドブくん」
楓はニコニコしながらドブくんに語りかける。
楓はドブくんに興味津々のようだ。
「そいやっ!!」
急に楓はドブくんの頭を取り上げた。
ドブくんの中身はバーコードハゲだった。おっさんだった。
楓が興味津々だったのはドブくんの中身だったようだ。
唖然とするバーコード。ドブくんの真の姿を見て泣き叫ぶ子ども。ボワッとする汗臭い体臭。(ワタシの嗅覚は平均的な人間と同じ設定らしい)
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのようなことをいうのかもしれない。
楓は遊園地のタブーを悪魔のような笑顔で破ったのだ。
というか、そんなにスッポリ取れる設定なのかとか、頭のほうはベルトとかで固定していなかったのかなどという疑問も浮かぶのだが……
疑問という言葉が中から浮かぶということはワタシは従来の型より人間的なのだろう。
「楓、さすがにこれは……」
営業妨害である。
楓は、バーコードに頭部を返したあと、屈託がないような笑顔で園内を闊歩する
従業員に何か言われないか心配である。
心配という言葉が浮かぶということは、ワタシは従来の型よりも人間的なのだろう。
「私、まずあれに乗りたい!!」
楓は無垢な小学生のようにジェットコースターを指さす。
先ほどの暴挙もなかったかのようだ。
「行きましょう」
「やったね!!」
1時間ほど待って、ようやく乗ることができた。
ワタシと楓は後ろから3番目の列に横並びで乗車した。
「ギャーー死ぬぅぅぅぅぅぅーーー」
「……」
急斜面に入ったとき、ワタシの横から断末魔の悲鳴が聞こえる。
勾配が少しよわくなる。
「ハァ、ハァ、ジェットコースターってもっと優しいのだと思ってたわ。意外とスリリングなのね……オエ”ッ」
「かえでぇぇぇぇ!!」
楓は口から胃の内容物を出す行為を行った。つまり、リバースである。
雲一つない快晴からあめが降る。
後ろと下の方から、「キャーー」とか、「うわっ誰か吐きやがった!!」とか「マジ最悪!!」などという言葉が聞こえたが気にしてはならない。
「ハァハァ」
「大丈夫ですか?楓」
「う、うん」
ジェットコースターを降りたあと、二人でベンチに腰掛け、ワタシは楓の背中を子供をあやす母親のようにさすっていた。
「ノゾミ!!次はあれ乗るよ!」
「まだやめといたほうが……」
「行くったら行くの!!」
楓はミートテッドマンションを指さした。
「ギャーーもーダメー死ぬーーーーーー」
「……」
「何これ、全然酔わないわねぇ!!拍子抜けよーーーー!!オエ”ツ」
「かえでぇぇぇぇ」
「次はあれ!!」
楓は次にホラーイングダメナソーを指さした。
「キャーーーーー死ぬーーー」
「……」
「ヤバッ!!これめちゃくちゃ楽しーーーーオエエ”ッ」
「かえでぇぇぇぇ」
16:00
「楓、今日のこの6時間で何回吐きましたか?」
「いちいち吐いた回数なんてかぞえてないわよ。うーん、3回ぐらい……?」
「6回です」
「ウソ……でしょ……?」
「はい、ウソです。正解は、12回です」
「増えてるし!!ていうか、単純計算で30分に一回吐いてるじゃん私……そんなに吐くもんないでしょ……」
「いっぱい吐きましたね♡」
「クソぉ!!あんたにもリバース機能付けてやればよかったわ……」
ワタシはニッコリ笑顔をしながら、両手で♡を作り瀕死状態の彼女に向けてみる。
「ていうか、ノゾミってキャラ崩壊……じゃなくて、なんか変わったわね」
「……?」
「つまんないウソつくし、変なハートつくるし、腹立つ笑顔見せるし」
正直、そんなこと自分では意識していなかった。これは先天的にプログラムされていた変化なのか後天的なものなのかも自分ではわからない。
「ワタシは壊れたのでしょうか?」
「うーん、機械として退化してるけど、人間として成長してるんじゃないかな」
「よく分かりません」
「まぁ、今日は楽しかったってことよ」
「文脈が繋がってません……」
夕焼けに照らされて朱色がかった彼女は、吐き散らかしたのに、腹一杯ご飯を食べた後のような満足感のある笑みでこちらを見てくる。
「話変わるけどさぁ、私のママが亡くなっているのは知ってるよね」
「はい、初期プログラムから」
「うん、私さぁ、病気で亡くなる前のママから楓の名前の由来聞いたの」
「……」
「紅葉と楓の花言葉は『大切な思い出』、『美しい変化』……それでね?パパとママは、その花言葉みたいに大切な思い出を、いっぱいつくれる人生にしてほしいって気持ちでつけたの楓って。紅葉にも同じ意味があるのにね。わざわざ、名前にもつけなくてもって思うんだけどね」
「……」
「でね、ママと最後におしゃべりしたとき、約束したの。この名前のように大切な思い出をいっぱい作るって、」
「……」
「今日さぁ、楽しかったんだよ……」
「……」
「すごく、楽しかったんだよ……」
「……」
「忘れてしまうことも、忘れるくらいに……楽しかったんだよ…………」
「……」
「忘れたく……ないよ…………忘れちゃうのが……怖いよ……」
『視力が悪くなればメガネやコンタクトを付ける。それと同じで、なくなった記憶は別の何かに預けるか、共有をして補えばいいだけさ』
不意に、西宮教授の言葉が電撃のように頭によぎった。やっと、言葉の意味がなんとなくわかった気がする。
「なら、ワタシが補います」
「え?」
「あなたがなんど忘れても、ワタシは絶対に忘れません。だから……」
「……」
「だから、あなたの思い出も、あなたの約束も全部ワタシに預けてください」
「ノゾミ……」
ワタシは微笑みながら、このひとときをかみしめるように首肯する楓を、ただただ見つめていた。
――――
「ノゾミ!!最後に写真撮らない?」
「いいですよ。携帯貸してください」
「そうじゃなくて、一緒に撮るんだよ」
楓は近くにいた制服を着た女性に「ちょっと撮影お願いします」とわたしている。
ワタシと楓は遊園地の門を背にして、横並びに並ぶ。
「はい、チーズゥ!!」という女性のかけ声に合わせてワタシはピースする。
撮った写真の、茶髪ショートボブ青目少女の横には、白紙の画用紙みたいな肌をした、黒髪ロングの少女がいる。
そういえば、初めて自分の姿を写真でみた。
楓は太陽のような笑顔でこちらを見ている。
「また、来ようね……」
「そうですね。絶対に……」
「ノゾミ、私を……一人にしないでね……」
「もちろんです。絶対一人にしません」
「約束……だよ」
「はい、約束です……」
そうして、楽しかった一日が褪せていく。
――――
「楓さんが、まだ帰ってきていません」
遊園地にいった数ヶ月後、ワタシに語りかけてきたのは紅葉家使用人の女性だった。
彼女は、楓以外で唯一ワタシの正体を知っている人間だ。しかし、楓の父の誠二は家にほとんど帰ってこないので、ワタシが人工知能で、この家で暮らしていることもまだ知らない。
19:00
今日は大学の講義はないはずだ。それ以前に、今の楓は、大学への行き方さえも……
そんな状態の楓が一人で外出するのは、目をつむって日本全国を旅するようなものだ。
ワタシは長期の自動更新で数日眠っていたので、今日は楓と会っていない。
「確かに、それはおかしいですね。誠二さんには何か言いましたか?」
「電話をかけても出ないのです」
「わかりました。ちょっと、探してきます」
「でも、闇雲に探しても……」
「大丈夫です。任せてください」
ワタシは家を出る。
「ここから紅葉法律事務所まで」 検索。ルート案内を開始
ワタシは、ルートに従い走っていく。
楓を一人にするわけにはいかない。
約束したから。
――――
紅葉法律事務所到着。 ルート案内を終了。
法律事務所は7階建て横長ビルの6階に位置している。
ワタシは、ライオンが狩りをするスピードで階段を登っていく。
法律事務所のドアを素早く開ける。
部屋には、誠二と、顧客と推測できるスーツの男がいた。
「お仕事中すみません。失礼します」
「きっ、君はもしかして楓の……」
「家政婦さんからの電話はお気づきではございませんか?」
誠二は話し相手に少し会釈をしてこちらに向かってくる。
「あっ、いやすなまい。今顧客とお話をしていたもので、携帯を見ていなかったよ。どうしたんだい、こんなところまできて」
「楓さんが行方不明なんです。なので、位置情報共有アプリを見せて欲しいんです」
今となっては後の祭りだが、楓に頼んでワタシの体にアプリを落としてもらっておけば良かった。
「行方不明なんて、大げさじゃないか……まぁいちよう、見てみようか」
とても冷淡で平坦な声音だった。
「ありがとうございます」
誠二からは、ダニ一匹と比べても勝るほどの焦燥感も見られない。まるで、娘のことはなんともおもっていなかのように。
「まったく、焦らないのですね。娘が行方不明だというのに……」
少し挑発的なことを言ってしまったかもしれない。
「……」
ワタシの言葉に反応せず、誠二はアプリケーションを開けたスマホを差し出して見せてくる。
なんで、こんなところに……
ワタシはすぐそこに向かうために踵を返すが、
その前に少し言っておかなければならないことがある。
「まえにご自宅で、思い出はなくしてしまうなら意味がないと、それは苦しくて虚しいだけだと、おっしゃっていましたね……」
「あぁ」
「確かに、苦しいことや虚しいと感じることも多いかもしれません。でも、ワタシと遊んだとき……彼女は『楽しかった』と、そう言ってくれたのです」
「……」
「そのとき、ワタシは繋ぎたいと思ったんです。楽しかった思い出を。約束を。たとえ楓さんがそれを忘れても。ワタシは絶対に忘れないから」
自分からつなぎたいという言葉が出てくるということから、やはり、ワタシは従来より人間的な人工知能なのかもしれない。あるいは、もはや人間なのかもしれない。
「君は怖くないのか?」
「どういうことですか?」
「楓に忘れられるのが……怖くないのか?」
「怖いと……思います。でも、約束したんです。一緒にいるって……」
「……」
後方の誠二の表情はうかがえない。
「失礼しました」
ワタシは事務所から世界陸上の100メートル走より3倍もの速さで駆け出す。
ワタシは駆ける。彼女の元に。
ワタシは駆ける。生みの親の元に。
ワタシは駆ける。大切な友人の元に。
ワタシは駆ける……駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。
家の屋根から次の屋根へと、兎のように跳躍して、駆けていく。
――――
ルート案内を終了。大阪駅 到着。
アプリが示した場所はここだった。2分弱で到着したので、それほど遠くにはいってないはずだが……
雑踏にもまれながら歩いていると、見覚えのある茶髪の女性を発見した。
「楓!!」
ワタシは咄嗟にその背中に声を掛けた。
「えっ……私ですか?あっあなた、なんで……私の名前を……知って……?あなた誰ですか?どこかでお会いしましたっけ?」
視覚システム、人間の女性を認知。茶髪。ショートボブ。ターコイズブルーの目。
初期データより、作成者 紅葉楓と一致。
紅葉楓と一致。
紅葉楓と一致。
ワタシに名前を尋ねた彼女は…………紅葉楓と……一致。
「ワタシは、ノゾミと申します」
「ノゾミ?」
「えぇ、ワタシの大切な人が付けてくれた大切な名前です。ところで楓は、何故こんなところにいるのですか?」
「それは、大阪ドブネズミーランドに行きたくて。何故だか、無性に行きたくて。なんでなのか、わからないけど。あと、大切な誰かと一緒にいきたい気がするのにうまく思い出せないの。それと、迷ってしまって、だから、今からアプリで道を調べようと……」
「なら、ワタシが連れて行きます。遊園地ならまだ空いていますし、今からでも楽しめます。それに、お家にはワタシが連絡しておきますから」
「なんで、私の家を?そっ、それに、パパが知らない人にはついていくなって……」
「……」
「でも、あなたなら……大丈夫な気がする。なんでだか、わからないけど」
「……」
「じゃあ、ノゾミさん?お願いします」
「ノゾミで良いですよ。ワタシとあなたの間には『さん付け』など不要です」
「え?なんで……」
「ワタシの大切な人が、そう言っていました」
「よくわかんないけど……その人は、幸せ者だね。私は病気になっちゃって不幸だからさ、うらやましいな……誰かに大切にされて」
その言葉を聞いて、ワタシは彼女に微笑みかけた。うまく笑えているか……わからないけど。
「そういえば、楓は『紅葉と楓』の花言葉、知っていますか?」
「『大切な思い出』だよね。あと、もう一つあった気がするんだけど……なんだっけ?」
「『美しい変化』……ですよ」
ワタシは約束と思い出を束ねるように彼女を優しく抱きしめた。
ワタシの電子内視覚には、遊園地でワタシと彼女が撮った写真が表示されていた。
これからも大切な思い出を積み上げていこう。たとえ、彼女がそれを忘れてしまっても。
きっとそれが、彼女の望みだから。
きっとそれが、彼女の希だから。
きっとそれが、彼女のノゾミだから。
こんな重めの話でも、最後までお読みくださりありがとうございます!!
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