駄犬に躾は難しい
最近のわたしは朝食の前にポーションを飲んでいる。
何故ならば。
クロとシロがビッタリと寄り添って寝るから寝返りも打てないからだ。
「はいはーい!クロ、シロ!にいちゃんちにお泊まりしような〜!」
佐山くんに抱えられて行くクロとシロ。にいちゃんって。クロは慣れたものだが、シロは……
「キュゥーン!キュゥーン!」
こんな感じ。
「ねえ、わざわざ佐山くんに預けなくてもいいんじゃない?」
「子どもたちとの時間もかけがえのないものだが、夫婦の時間も大切だ。」
結婚した記憶がないんだけど。結婚はわたしのタイミングでいいって言ったの、どこのどいつだよ。本能なくても思考がぶっ飛んでるな。一家の家長としてうんたらかんたら、首都で閣下にも長ったらしい薫陶を受けてたし、その影響もあるかもしれない。
翌朝のシロはわたしたちに会えたことがうれしくてうれしくてうれしょんしていた。佐山くんが教えてくれた。犬は興奮すると喜びのあまり漏らすのだと。佐山家、大型犬も飼っていたらしい。セレブリティめ。
ていうか、ワーグの王であるフェンリルもうれしょんするのか。まだ子犬だから仕方ないけど、なんだか駄犬の道を進んでいる気がする。佐山くんには「フェンリルイコール駄犬はあるあるですよ」と言われた。それは避けたいのできちんと躾をしなければ。
「待て!」
クゥンクゥン切なげに鳴くな、シロ。これはシロにとっても大切なことなんだ。
「よし。」
「いや勝手によししないで。あ、ダメだよ、シロ!ママのよしじゃないとダメ!待て!」
バルトも甘い。先が不安になる。確かに可愛い。甘えた声で鳴かれると辛い。だがここは心を鬼にせねば。
「クロは偉いね。さすがお兄ちゃん。」
猫なのに待てが出来てる。知能は人間の五歳児相当。しかも従順で優秀。たまに先走ることもあるが、シディーゴ第一でもそこをバルトに矯正されていた。
この駄犬め、とでも言いたげなドヤ顔でクロはシロを見ている。
「や〜、シロ、すごいあざといですね。こうすれば許してくれるとか、そういうの知ってるみたいです。自分の可愛さを理解して活用してますよ。クロはそこが気に食わないみたいですけど。」
どこの猛禽女子?シロや、お前は男の子なんだよ。
「シロは無邪気なところが長所だ。」
いや、このままではダメだ。ダンジョンに連れて行けない。ついでにお留守番も出来ない。そしたらわたしは無収入。それでは困る。
佐山くんは躾に協力的で割としっかり言い聞かせてくれるけど、バルトがダメだ。ダンジョンでの戦闘訓練以外はクロにだって激甘。まあ、夫婦の時間とやらはいそいそと作り出すけれども。そっちは別になくてもいいんだけど、わたし。
寮の子たちは基本的にクロとシロに甘い。シャパリュとフェンリルだが、完全なる愛玩動物として愛でている。時には戦闘の訓練を施してくれることもあるが、普段はただのペット。モンスターを猫可愛がりしている。
ギルドも似たようなもの。まあ、冒険者は男性比率が高いので、寮にいるときほど甘やかされているわけではない。クロはシロが来て、フェンリルの名に食いついてくる男性冒険者たちに苛立っているようだが、躾には余り関係ないか?いや、あるのか?
しかしわたしは知っている。
わたしと関わる者の中で二人、シロが苦手としている人物がいることを。
一人目は……
「駄犬、待ても出来ないの?」
ジュンさんである。さすが年の功、と口に出したら何されるか分からないので控えておこう。
「アタシより先にご飯をもらおうなんて百年早いのよ。」
「アタシのつまみを狙うなんていい度胸じゃない。フェンリルもたまねぎは毒なのかしら。」
「そんな顔してアタシが絆されるとでも思ってんの?浅はかね、駄犬。」
躾というより虐待かもしれない。飴が大量過ぎるからこれくらい鞭で打たれてもめげないところがシロの最大の長所かもしれない。ジュンさんはシロが来てから前より更にとても聞き分けが良くなったクロに刺身の切れっ端をあげている。
シロを拾ったことでクロに負担をかけてるんじゃないかと不安だが、ジュンさん曰く、「たくさんの雑魚に可愛がられるより強者ひとりを味方につけようとする狡猾さはシャパリュらしくていい」とクロを前にも増して可愛がるようになった。こういう人がいるのはクロにとってもありがたいことだ。
「コートとの訓練、上手く行かなかったんだって?」
「そうなんです。クロのときみたいには行かなくて。」
まず、散歩……じゃないんだけど、散歩にならない。ぴょんぴょんとわたしに向かって飛びついて、シロは最早ホッピングで移動しているようなものだ。戦闘になると人の話を聞かずキャッキャキャッキャと虐殺を始める。モンスターの素材としての回収率が悪い。高層階しかまだ行ってないけど。わたしの言葉もコートさんの言葉も耳に届かない。反面、クロはこれまでの己の行いを大いに反省したようだ。人の振り見て我が振り直せとはこのことかもしれない。客観的に見るって大事だよね。
「それで、コーチをジンに交代。」
「はい。ギルマスに勧められて。」
ゴズさんでもいいんだけど、他の冒険者に漏れずゴズさん自身もフェンリルに対し憧れがあった。なので、ちと甘い。ジンさんはそういったものには一切興味がなく、実力も超一級。鍛えるならば幼体のうちにジンさんに預け、ダンジョンに潜らせた方がいいと言われた。成体になると力だけは互角か、もしくはシロのが上回ってしまうから、その前に。わたしは同行してはならないと言われた。甘えが出るから、と。
というようなわけで、翌日から三泊四日、シロはジンさんと二人きりてダンジョンでサバイバルキャンプである。わたしのスキルも使えない状態だ。大丈夫だろうか。
「心配しなくても狩り取りはしないよ。」
そっちかよ。
「あ、でも、見込みなかったら狩ってもいい?」
「それはやめてください。あと、コレ、お願いします。余った分は差し上げますので。」
ジンさんから用意しろと言われていたポーション類。飲用に小瓶と、佐山くんに出してもらったスプレーボトル入り。そして冒険者ギルド本部から送られて来たマンドレークの抽出液の乾燥粉末。ぱっと見は甜菜糖である。味もだけど。
それを各十個ずつ小分けにしておいた。
「ありがとう。これで足りるといいんだけど。」
何する気ですか?怖くて聞けない。頼むと決めたからには口を出さないと決めた。多くの若い冒険者は語る。「ジンさんの後進教育は優しい口調と強い圧で、どんな無茶振りでも命令は絶対」なのだ、と。ハンちゃん、何でジンさんのこと好きなの?
「じゃ、行こうか、シロ。」
「ク、クゥン、キュウン!」
「シロ?」
あーあ。シロは〝威圧〟スキル持ちなのに、ジンさんの威圧感に完全に押し負けてる。蛇に睨まれた蛙のようだ。行かなくてもいいよという言葉を呑み込んで、ジンさんによろしくお願いしますと頭を下げた。顔合わせで「鍛えがいがありそうだ」と笑っていたが、あの笑顔は若者にとって恐怖の対象であるのだと知った今、それを実感している。
「任せて。見違えるようにしっかりした護衛に鍛え上げてくるから。」
そう言うとジンさんは片手でひょいとシロを抱き上げ、冒険者ギルドコッティラーノ支部を去って行った。
可愛い子には旅をさせよと言うが、余りにも早い旅立ちである。
強くなるんだよ、シロ。精神的に。
シロ 生後一か月 見た目は生後六か月(大型犬と比較)
フェンリルの子狼
ダンジョンが祥子の思考を読み取り誕生した
末っ子らしい天真爛漫さが最大の長所であり欠点
ジュンのお気に入りのクッションをボロボロにした




